ヒーローは画面の中に



最近、彼氏がとあるゲームにハマっている。思いのほか長く遊んでいるようで、ちょくちょくその話題が出てくる。
といはいえ、そんなにゲームをしない私はあまり話についていけず、それもなんだかつまらない。シューティングゲーム?っていうんだろうか、素人があまり手を出せそうにないような気がするけれど……
彼氏が遊んでいるものはやっぱり気になってしまう。いまだって友達と通話して楽しそうにしてるのを見るのもいいけれど、やっぱちょっと寂しいし。

「ねー恭平ー」
『ん?』
「そのゲームさあ、私でもできる?」

友達との通話を終え、スマホに目線を落としていた彼がこちらを向く。ちょっと驚いたような、楽しそうな、そんな表情。

『名前さん、あんまゲームせんっていうとったんに』
「んー、恭平が楽しそうだから気になって」
『そっすか』

時折抜けない敬語も、頬が緩んでいるのも、かわいい。恭平はのそりと私が座っているベッドに上がってくると、スマホを手に取ってアプリをインストールし始めた。

『操作慣れたらそんな難しくないと思うからできるんちゃうかな』
「ほんと?」
『おん、大丈夫やって、教えたるし』
「よかったー、ありがとーっ」

軽く腕に手を回すと、ちょっと照れくさそうに笑った。そろそろ慣れてくれてもいいと思うんだけどな。きっかけだってその……だったのに、というか女の子と付き合った経験はあるはずなのに?スキンシップをとると時々照れる。そもそも、昨日だってこのベッドで……って、それはまあ、いいとして。
インストールが終わり、アプリが鮮やかに色づくと、恭平は私の代わりに操作を始める。

『名前とかどうしたいん』
「えーっと……適当?」
『てーきーとーうっと』
「違うってば」

ふざけて入力しようとするのを止めながら画面をのぞき込む。うん、全然わからない。でも恭平は慣れた手つきでにぎやかな画面をタップしている。

『キャラどれがええ?』
「えっとー……ごめん、ぜんぜんわかんない」
『あー……銃ぶっぱしたいか、後ろからサポしたいか』
「うーん……あんま死なないほう?」
『どっちも死ぬときは死ぬわ、名前さんサポのが向いてそうやしこれにすっか』
「これってあとからキャラ変えられる?」
『おん、いろいろ使えたほうが楽しいで』

あれ、こんなのでこのゲームできるのかな。ちょっと不安。そんな私をよそに、恭平はすいすいと操作すると、ほい、とスマホを返してきた。

「これがゲーム画面?」
『ちゃうで、簡単に言うと練習モードや。銃の撃ち方とか練習できるん』
「へえ……?」
『ここで銃選ぶんやけど……』

これがおすすめ、と言われるがままに選ぶ。だって全部おなじに見える。ここで撃つんやで、と教えられたところをタップすると、効果音が鳴って弾丸が画面の中を飛んで行った。

『じゃあそこ狙って撃ってみ?』
『そうそう、上手いで』
『もうちょっと上向けてみるといいかもなあ』
『ええやんええやん、その調子やって』

恭平からみたら拙い動きなんだろうけど、たくさん褒めてくれるものだからなんだか上手くなったような錯覚に陥る。動きながら撃ったりもできるようになったし、そろそろプレイできるんじゃないかなーなんて恭平のほうを見る。……思いのほか近くにいて、ちょっとびっくりした。そうなると、途端に体温を意識してしまって――

「あっ、ねえ、恭平3限目あるでしょ」
『えぐ、忘れとった』

ようやく電池を入れたナン時計を見ると、そろそろ家を出たほうがいい時間。だるそうにトートバッグに教科書を詰める恭平をみながら、私も準備しなきゃなあとスマホの画面を切った。

『名前さんは今日は?』
「4限にゼミだけ」
『ほんなら食堂で待っとってええ?あとで続きしよや』
「わかった、終わったら行くね」

鏡を見て髪を整える恭平を尻目にマグカップを洗って、一緒に恭平の部屋を出る。なんだかんだ真面目に授業出てるんだよな。チャラくてちょっとアホで、でも優しい。っていう印象は、付き合う前から変わらないけれど。実は結構努力してるんだよなーっていうのは、付き合い始めてから知った。

『どした?俺の顔なんかついとる?』
「ん−ん、今日もかっこいいねって」
『……あざっす』

腐るほど言われてるはずで、さらに自分でも時々言ってるというのに。顔赤いよって揶揄うと、予鈴の鐘がとかなんとかいいながら講義棟に消えていった。年下ってこんなものなのかな、もうその頃が思い出せないけれど。





《へー、名前ちゃん、見えたけどそのゲームやるんや》
「ああ、今日始めたばっかりなんだ」
《名前ちゃんがゲームやるイメージなかったから意外やわ》
「彼氏がやっててさ。なんか面白そうだったから」

ゼミ室を出て食堂に向かいながら、同期の西畑くんに話しかけられた。メッセージアプリを開くための少しの時間でよく分かったな、と思うけれど、このアプリアイコン有名なのかな。『隅っこの席おるよー』ていうメッセージにOKのスタンプを返信する。そういえばこのゲーム2人でできるのかな、それも知らなかったや。対戦ぽいのは知ってるけど。

《彼氏と待ち合わせなん?》
「うん、このあとこのゲームやろって言われて」
《そうなんー?俺も行ってええ?》
「え?西畑くんも?」
《おん、3人のチーム戦やしさ。名前ちゃんの彼氏も見たいし》
「私の彼氏は珍獣じゃないんだけどなあ」

珍獣て、って笑っているけど。3人でやるゲームなのか。食堂の扉を開けて隅っこのほうに視線をやると、ちょうど目があった恭平……なんかびっくりしてる?彼の動きが止まった。

「恭平、おまたせ……」
『あれ、大吾くんやん』
《名前ちゃんの彼氏て恭平やってん?》
「――二人とも、知り合いだったの?」
《おん、同じ高校の後輩やんな。体育祭でおんなじ組やってん》
『めっちゃ久しぶりやないっすか』

勝手に会話を始めていて、こっちが疎外感を感じる。二人とも関西弁だなとは思ってたけど、世間って狭い。

《――――て話で、ほんで、名前ちゃんについてきてん》
『ほんじゃ一緒にやりましょか、ランクどこっすか』
《えっとな〜》

そして二人でよくわからない会話。ランク?恭平がなんか言ってたっけ…またちゃんと覚えないとなぁ。

『名前さんこっち座り』
「あ、うん、わかったー」
『そんでさっきのな、さっきの画面やなくて…』

恭平のとなりに座らされて、スマホを操作される。昼前の練習用画面じゃなくて、なにかグループを組んだらしい。西畑くんのキャラも含めて3人が画面の中にいる。

《名前ちゃん初めてなんよな》
「うん、練習モードだけ」
『大丈夫やって、俺らで守ったるから』
「う、うん、よろしく」

画面の中で、キャラクターが落下していく。さっき恭平に教えられたことしかできないけど、どうにかなる……かな?

「敵ってどこからでてくるの?」
『近くにおると思うけど、名前さんはまだ心配せんでええで。
 とりあえず物あさっとって』
《ええもんあるとええなあ》
「漁っていいんだ……」
『大事やで〜?』

箱?の中からアイテムがあれこれ出てくるのをとりあえず拾う。恭平たちはもう外に出て、偵察でもはじめたんだろうか。近くのものは一通り開けた気がするし…あれ、二人はどこだろう?

「恭平〜…どこにいるの…」
『ここやでー、アイテム拾えたん?』
「たぶん」
『おん、上出来やん。ほしたらそこに隠れとってな?』
《恭平過保護やな〜》
『大吾くんうっさい』

口元を緩ませた恭平が、さっそくとばかりに銃で、現れた敵を倒していく。なんだかヒーローみたいだなぁ。

「なんか壁?赤いの迫ってきてる?」
『もう来たんか、じゃあ逃げるで』
《あの光の外にいるとダメージ食らうんよ》
「なにそれ怖い」

キャラクターを操作しながら、落ちてるアイテムを拾いつつ、恭平たちを追いかけ…、人影が見えた気がして、思わず逃げ出した。

『名前さんどこいくん』
「あっちに誰かいるっぽくて?」
《あ、おるなー、倒しとこ》

そうか、倒さなきゃいけないのか……、と思う間もなく二人によって倒されていく敵。私も倒してみたいな…と思うけれど、足手まといになってしまうだろうし…というかこの状況がすでにそうなのかな、

『名前さん〜、さっきアイテム拾ってたやろ、何ひろったん?』
「えーっと……」
『ええもんもっとるやん、それ頂戴?』

所持アイテムを見た恭平が欲しいというものを渡していく。
効果もわからないものが二人の手に渡っていって、あ、体力回復?のアイテムなのかな?ゲージが復活している…ような気がする。

《名前ちゃんがひろっといてくれて助かったわ〜》
『ほんまそれですわ』
「ど、どういたしまして?」

拾えと言われたものを拾っただけだけど。感謝されるとそれはそれで嬉しい。誘導されるがままにキャラクターを動かす。マップを見ると中心部に向かっているみたいだ。二人に隠れるように移動していたから、なんとかここまできたけれど……、

『あっ、見つかったぽいな』
《ほんまや、そこにおったんか》

恭平が見つけた人影を撃っていると、ほかの人まで出てきて。やばい、どうしよう、逃げられない、助けてって言いたいけど恭平も西畑くんも別の敵倒してるし、

『名前さん、そこ撃って、いけるって』
「え、」
『さっき練習したときは上手にできとったし、大丈夫やって』

言われるがまま反射的に画面をタップすると打ち出される銃弾。それが敵に向かっていって、しばらくするとばたりと倒れていった。

「恭平、これ倒した?」
『偉いやん〜、ちゃんと倒せたんな』

途端に襲ってくる高揚感。これはまた味わいたくなる。恭平がハマっているのもなんとなく分かった気がした。
もう流石に周りにはいないかな、キャラクターの視点を動かしていると、画面の中に浮かび出てくるCHAMPIONの文字列。…チャンピオン?何が?

『初めてでチャンピオンとかすごいやん』
《おー、センスあるんとちゃう?》
「いやー……わたし何もできなかったし……」

画面の中に出てくるリザルト画面、明らかに二人の数字と桁が違う。というかお荷物一人連れてこれって、相当、二人って強いんだろうな…。

『そんなことあーへんって。名前さんがアイテム拾っといてくれたお陰で俺ら撃つ方集中できたし』
《そやで〜、撃つばっかやったらあかんもんな〜》

二人の優しさが沁みる。ここで下手やな〜とから言われたら即座にアプリ消してたと思う。

《もう一回くらいやる?》
『俺はええっすよ』
「私も今日はバイトないし…次は頑張るね」
『守ったるから安心し?』

恭平はあくまでゲームの中で、っていうつもりなんだろうけど。それだけかな?と視線を上げて恭平の方を見ると、一瞬視線が交わって、すぐに逸らされた。次の一戦は流石にチャンピオンというわけにはいかなかったけれど、最初よりは数値も上がって、恭平も西畑くんも自分のことのように喜んでくれた。やっぱり二人とも優しいな。

《ほな、俺彼女迎えにいってくるわ》
「ありがとね、また来週」
『また連絡しますわ』

結局あのあともう一戦を終えると、ちょうど5限目が終わるチャイムが鳴った。暗くなった窓の外、西畑くんが駆けていくのを見る。そういえば付き合いの長い彼女いたなーとぼんやり思い出した。

「私たちも帰ろうか、どっかでご飯食べてく?」
『お、ん』
「どうした?このまま恭平は帰る?明日一限だっけ」
『そうやないんけど。名前さんち行ってええ?』
「いいけど、荷物大丈夫?」
『前行ったとき置いてったし大丈夫』


自分から行きたいなんて珍しいなぁ。駅まで歩いて、電車に乗っている間も、心なしか恭平との距離が近い。普段、外ではそんなにべたべたするタイプでもないのに、変な感じ。

一人暮らしの部屋の鍵を開けて、「手洗ってきなー?」なんて声をかけてからお茶を淹れようとキッチンに向かおうとして

『名前さん』
「今日はどうしたの、恭平?」
『……なんかうまく言えん』
「うん、聞くから、ちゃんと聞くから、座ろうか」

まあ、座るようなところなんてそんなにないんだけど。ローテーブルとベッドの間に腰を下ろした私は、後ろから抱きしめられた。香水と恭平の混ざった匂いが、ふわりと鼻先を掠める。

「ゲーム、楽しかったねえ」
『おん』
「西畑くんと恭平が知り合いなんてびっくりしたよー、聞いたことなかったし」
『……それなんけど、大吾くんと仲ええん』
「普通だよ、ゼミ一緒になってえーっと…3年目か。西畑くんみんなにあんな感じだしねぇ」
『ちゃん付けでよばれとったやん』
「ゼミの女の子はみんなそう呼ばれてるよ、私だけじゃない」

なんかイヤ、なんだろう。言いたいことはちゃんと言うわりに、言いたいことが固まるまで時間がかかる。言葉を探して悩む恭平が、小さく口を開いた。

『名前さんが大吾くんと仲良くしてるん、なんか嫌んなって。でもそんなこと言えんし。大吾くん、しっかりしとるし。名前さんそのほうがええんかなって』
「友達としては楽しいけど西畑くんはそういう対象じゃないなあ」

顔はいいし優しいしモテるけど、アイドルか何かを見てるような感覚だからか。付き合いたいと思ったこともないし、それ以前にずっと彼女がいるからそんな隙もたぶんない。

「何、西畑くんに嫉妬?」
『ちゃんすよ、そういうことやなくて』
「……じゃあ私が西畑くんと二人でゲームしてたら?」
『絶対いやや』
「うん、そういうことじゃないかな」

認めたくないのかなんなのかわからないけれど。高校の時になんかあったんだろうか。でもいっしょにゲームできるくらいには仲いいんだよなあ、なんて考えていると

『なぁあのゲームするとき、絶対俺呼んでな』
「ん?うん、わかった」
『絶対やからな、大吾くんと二人でとか、他の人とかせんでな?』
「はいはい」
『はいは一回ーって名前さんいつも言うとるやん』

そんなことをいうものだから、なんだか可愛く思えてきて一旦考えるのをやめて笑いあった。大丈夫だよ、わたしのヒーローは画面の中も外も恭平だけだからさ。






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