「こちらが報告書です。」
「おう、ご苦労。」

音柱こと宇髄天元に潜入調査の報告書を渡す。普段の派手な額当ては外されて、いつもは纏められている髪が降りている。服装も隊服ではなく着流しだ。そういえば化粧もしていない。

「今日は非番なんですか?」
「おー、嫁達がお前が帰って来るからもてなしてやりたいっつうからついでにな。」

そう言うか言い終わる前にスパンと小気味の良い音で障子が開く。そこには宇髄の嫁である美人くノ一達が立っていた。

「名前ちゃーん、お茶が入ったよー。」
「わーい、皆さんお久しぶりーっ」
「須磨!任務帰りで名前は疲れてるんだよ、離れな!!」
「うえーん、まきをさんが殴ったあー!」
「こら、二人ともみっともない。名前、このお団子とても美味しいの。たくさん食べてね。」

名前を中心に須磨とまきをが喧嘩を始め、その二人を雛鶴が嗜める。
自身を可愛がってくれるこの三人が名前は大好きだ。だからこそとんでもない現場に潜入調査を指示されても耐えられる。少しだけ。あとはかなり上司である宇髄を恨んでいる。

「食事も召し上がって行って。」

雛鶴がにこりと微笑む。天女のような柔らかい笑みに同じ女性である名前も胸がときめく。

「では、ご相伴に預かります。でも寄りたい所があるので長居は…、」
「えぇえー!!泊まっていって下さいよーっ」

ぎゅうぅと須磨がべそをかきながら抱きつく。う、胸で窒息する。苦しいという意味を込めてペシペシと回る腕を叩くが気付いてもらえない。

「煉獄のとこか?」
「…っぷは!……はい、そうです。」

宇髄が事もなげに須磨を引き剥がして問いかけた。にやりと意地の悪い笑みを浮かべて。

「何?お前、煉獄が好きなのか?」
「好きですけど、何か?」

間髪入れずの返事に当たり前だという事が言外に伝わってくる。慌てふためく姿が見たかった宇髄は舌打ちをした。

「つまんねえな。照れたり、恥ずかしがったりの一つもできねえのかよ。」
「ご期待の反応でなくてすみませんね。」
「でも、私も名前にいい人がいたなんて知らなかったわ。」
「そういうのではないかなあ。」
「あ?出来てねえの?煉獄はお前にベタ惚れだろ。」
「小さい頃から面倒見てくれてるからそう見えるんじゃない。」

パクリと雛鶴が寄越した団子を口にする。絶妙な餅の柔らかさと甘さ。適度な焦げが香ばしくて更に美味い。宇髄も一つ団子を口に運び、その串で名前を指す。

「じゃあお前の言う“好き”ってのは何なんだよ。」
「私の“好き”はそういう恋愛感情の好きじゃない。もっと、こう、なんていうか複雑なの。」

うーん、説明が難しいなあと腕を組んで唸りながらぽつぽつ話し出した。

「私も他の誰も煉獄さんの一番にはなれない。」

彼の一番大切な事は弱き人を助ける事。自分の事ではない。それが悲しいと名前は言う。

「私は煉獄さんが大好きだよ。だからあの人にあの人の為だけに生きて欲しい。自分の為に愛してその人の所に帰りたい、その人の為に死にたくないって思える人に早く出会って欲しい。」

お日様のように優しいあの人には暖かい布団の上で、子供や孫達に囲まれて、天寿を全うして死んで欲しい。

嘘のない心の底から願いだ。

確かにそうだな、と宇髄は思った。
あれは誰が自分を待っていようと、何かあれば自分以外の為に命を捨てる男だ。俺のように自分の大切なものを優先しない。それが良いとも悪いとも言えた立場ではないが、なんと悲しいことだろう。

鬼殺隊としての責務か、それとも煉獄家の嫡男としての義務か。

「でも好きなんでしょ?好きなら一緒になっちゃえば?」
「そうよ、それから変わっていく事もあるんじゃないかしら?」

嫁達の言葉に首を振る。そして泣きたい位優しい眼差しで笑った。

「添い遂げる事だけが愛情ではないの。」

だから言ったでしょ、複雑だって。

本当に哀れだと宇髄は煉獄に同情を禁じ得ない。あれ程愛しくて堪らないといった視線を送っているのに。何も言わないのは彼方も名前の一番にはなれないと気付いているからだろう。これも煉獄と同じ他者の為に命を差し出す子だ。自分よりも他の人を大事にする人間だ。

「お前ら似た者同士なのになあ。」

我儘になればいい。欲しいものを欲しいと、好きなものに好きだと子供のように。そう願わずにはいられない。

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