「名前、おはよう。朝餉は食べたか?」
「名前、走り込みに行くが君も行くか?」
「名前、疲れないか?腹は空かないか?」
名前が煉獄宅に預けられてからというもの、杏寿郎は名前、名前とまるで妹のように可愛がっていた。
あれからも口をきく事は無かったが杏寿郎の問いに頷いたり、首を振ったり意思表示をし、後を付いて歩く様は親鳥を追う雛鳥のようで微笑ましい。
「君は口がきけないのか?」
稽古の休憩中にそういえば、とまるで世間話をするように問いかける。名前は顔を曇らせて俯いた。
「まあ、大した事ではないしな!」
その言葉に驚愕の表情を浮かべて杏寿郎を凝視する。
『それは、どういう意味?』
「おお!頭の中に声がする!!」
なんと不思議だな、と気味悪がる事もなく明朗に笑う様に名前は更に混乱したといった表情を浮かべる。
「話せなければ他の方法で意思疎通をすれば良い。今のやっているようにだったり、筆を取ったり。君が健やかに生きるのに話せない事は些細な事だろう。」
『すこ、やか?』
「む、難しい言葉だったか。簡単に言うと生きていくのにはもっと大事な事がたくさんある。」
キラキラと陽の光のように光る瞳に目が離せない。
「他人は自分の心の鏡だ。優しくすれば優しく映してくれるし、反対に意地の悪い事をすればそのまま自分に返ってくる。周りの人を大切にし、自分より弱い者を助けるんだ。」
『うん』
杏寿郎と同じように手を握り締めてこくりと素直に頷く。じっと自身を見つめる瞳にこんなに視線が合うのは初めてだな、と思った。
『私も、そうなりたい。』