■ ■ ■

三段飛ばし

 あの人の名前を知ったのは中学生の頃。初めて顔を合わせたのはつい昨日。まともに喋ったことは未だに無い。

「好きです」
「……は?」
「好き」
「いや聞こえてますけど」

 好きって一体何が。私の持ってる牛乳パンのことか、それとも私が飲んでいるぐんぐんヨーグルのことか。
 突然背後から名前を呼ばれたかと思えば、そこに立っていた見目麗しい男子生徒はほとんど初対面の相手で息が詰まった。文化祭の余興でミスター青葉を2年連続で勝ち取ったイケメン中のイケメン、その上強豪として名を馳せる我が校バレー部の主将。同じ学年って言うだけで接点といえるような接点もない、私とは立場が180度違う人。

 数分前。名前を呼ばれ振り返ってしまったのが運の突きだった。体育館と校舎を繋いだ渡り廊下は意外と目に付きやすいし、校舎の中からもよく見える。じろじろと無遠慮に寄越される視線は私に向けられているわけじゃないんだろうけど、それでもこの目立ち過ぎる男と一緒にいる所を第三者に見られるのはあまりよろしくない。
 にっこりと人当たりの良い笑みを浮かべる顔を一瞥してから、早く話を終わらせようと向き直る。昨日今日知り合った相手に言いたいことなんてないだろうから、もしかしたら見かけたから呼んでみただけー、みたいなイケメン故の所行だったりするのかもしれない。知り合いを見かけたら声を掛けずにはいられない、みたいな。そうだ、きっとそれだ。

 そう納得して数秒。降って落とされた言葉に耳を疑った。

「え?」
「だーかーらー、好きです」
「何が?」
「みょうじちゃんが」

 普段通りの笑顔。恥じらいとか、調子の違う声とか、そんな変化は一切見られない。そもそも事務的な事以外で喋ったことの無い相手の”普通”がよく分からないけれど、実質初対面は初対面なりに相手の雰囲気くらいはある程度推し量れるつもりだ。たぶん、本気じゃない。って言うか、何の接点も無い、おまけに何の取り柄も無い私に、あの及川くんが告白なんてするわけがないじゃないか。天地がひっくり返ったってありえない。
 反射でカッと熱くなった頬を慌てて冷たい手で隠し、出来るだけ無表情を心がけてから視線を上げる。

「からかわないで下さい」
「え、本気だよ?!」
「失礼します」

 これ以上この人といるのは不愉快だ。早く人目を避けたい一心で、軽く頭を下げてから足早にその場を後にする。ちょっ、みょうじちゃん! と私を呼ぶ声には気付かないフリをして、走り出した私の熱い頬を冷たい風が強かに叩いていった。


2016.11.24
2016.03.22 修正
ALICE+