虚偽の愛を受け止めてよ

ずっとエリナになりたいと思っていた。

聡明で美しく、思いやりがあって、献身的で心優しい少女に。ただ、誰からも無条件に愛されたかったわけではない。私が彼女に憧れる理由はいつも一つだった。

「ジョナサンはエリナしか見えていないぞ」

頭上から降ってきた冷ややかな声で意識を取り戻す。毎日のように会って話しているはずなのに、今窓の外で笑い合う二人は私には到底手の届かない位置にいた。
背後に立った男は惨めで孤独な私を嘲笑うように言った。

「いい加減無駄な期待はやめた方がいい」
「言われなくてもわかってるわ」

握りしめた手に体温の低い手が重なる。
震える手を隠すように力を込めれば、その手は全てを優しく包み込むように動いた。
期待も希望も恋心も、跡形も無く壊すくせに、その手は不安も恐怖も嫉妬も全てを包み込んでしまうほどに優しく慈悲に満ちている。

「俺はお前だけを愛してやるぞ、ナマエ」

ディオ・ブランドーという男は卑怯だった。
私の淡い恋心をぼろぼろに引き裂くくせに、それ以上に甘い言葉で私を惑わせる。
彼の傍にいて感じるのは、奈落の底に落ちていくような恐怖だった。

「お前がジョナサンを想うように、俺はお前だけを愛しく感じている」
「…嘘よ」

なけなしの理性が悲鳴をあげる。

「貴方は、私なんて見ちゃいないわ。哀れんで同情しているに過ぎない」

なぜこの男が私に固執するのか、皆目見当がつかない。ただ自信を持って言えるのは、この男の言うことは決して事実ではない、ということだ。笑みを深める男に唇を固く結ぶ。

「心外だな。もっとも、誰よりあの男の側にいがら見向きもされない女に同情がないというのは嘘になるが、俺はいつだってナマエを想っているさ。他の誰でもない…勿論あのエリナではない、お前を」

まるで最初から用意されていた舞台の台詞を淡々と読み上げているように見えて、どこか熱を孕んだ彼の目に息を飲む。
私は、この男がわからない。

「何が望みなの…?」

我が家も貴族の端くれ。そこそこ裕福な家庭とはいえ、ジョースター家のように莫大な資産を有しているわけでは無い。その一人娘である私だって、顔が良いわけでも、器量が良いわけでもない。容姿も性格も人並みである。そんな女に、彼は一体何を求めるというのか。
ふむ、と小さく呟いた男は、私の密かな期待を裏切るような笑みを口元に浮かべた。

「俺の退屈を紛らわすため、とでも言っておこうか」

その言葉を聞いた瞬間、身体中の熱が一瞬で顔に集まった。あまりの羞恥に思わず唇を噛み締める。

「っ私は貴方の玩具じゃないわ!」

思わず手が出るが、それはディオの頬に届く前に呆気なく捕えられる。
力が抜けた手に節だった指がゆっくりと重なった瞬間、羞恥とは違う熱が込み上げるのがわかった。一本一本、ゆっくりと私の指を絡め取る仕草に、身体が震える。

「だがそれも、一つの愛だろう?」

ディオ・ブランドーという男は実に卑怯だった。
掴まれた手首は骨が軋むほど痛いのに、私を見る目は酷く優しいのだ。
矛盾する彼の行動は私を困惑させ、僅かな期待すら生み出してしまう。
そして私は、恐らくもう二度とこの地獄から抜け出すことはできない。

「…貴方は、悪魔のような人ね」

そう呟いて縋るように彼の背に腕を回せば、予想に反して暖かな熱が降り注いだ。

私はただ、彼に愛されたかっただけだ。