孤独な愛を受け取ってよ

ジョナサン・ジョースターという男は、この世に生まれ落ちた瞬間から輝かしい未来を約束されているような男だった。穏やかで優しい両親のもとに生まれ、何一つ不自由のない環境の中で育ち、友人からは慕われ、心から愛するという恋人がいた。そして、奴を想う女もいた。

女の名前はナマエといった。
幼い頃から共に育った姉弟のような関係だとジョナサンが紹介したとき、隣にいた女の顔が見えない何かに引き裂かれたように歪んだのは気のせいではなかった。
あの女がどれほどの愛情を抱いているのか、愚かなジョナサンは気付いていない。

女はいつもジョナサンを見ていた。
そしてその日も例に漏れず、女は窓の外に広がる残酷な光景をただ黙って見つめていた。

「ジョナサンはエリナしか見えていないぞ」

呆然と立ち尽くす女を現実に引き戻す声は静かな屋敷によく響いた。
受け入れたくない現実を拒むかのように手を握りしめる女に近付き、耳元に唇を寄せる。

「いい加減無駄な期待はやめた方がいい」
「言われなくてもわかってるわ」

悪魔の囁きにも女は動じず、その目は窓の外に向けられたままだった。どう足掻いてもジョナサンの心は手に入らない。女はそれを誰よりも理解しているだろうに、僅かな可能性に期待する姿は哀れと形容する他ない。
背後から重ねた白雪のような手は小さく震えていて、思わず笑みを深める。
その胸に渦巻くのは絶望か、俺に対する恐怖か、それとも淡い期待か。

「俺はお前だけを愛してやるぞ、ナマエ」

甘言で惑わせば、重ねた手がぴくりと動いた。
誰よりも熱烈に愛を追い求めているくせに、この女は酷く愛に飢えている。しかしそれでも、この女が望んだ愛は手に入らない。これほど哀れで虚しく残酷なことがあろうか。

「お前がジョナサンを想うように、俺はお前だけを愛しく感じている」
「…嘘よ」

嘲笑うように呟かれた言葉は吐息のように微かなものだった。

「あなたは、私なんて見ちゃいないわ。哀れんで同情しているに過ぎない」

女は聡明だった。実らない恋心を持て余しているくせに、他者の感情には敏感であった。
これは面白いと益々笑みを深める。

「心外だな。もっとも、誰よりあの男の側にいがら見向きもされない女に同情がないというのは嘘になるが、俺はいつだってナマエを想っているさ。他の誰でもない…勿論あのエリナではない、お前を」

畳み掛けるように囁けば女が息を飲んだ。

「何が望みなの…?」

困惑と恐怖の中に、僅かな喜色を滲ませた瞳が振り返る。初めてその目に、悪魔のような男の姿が映った。

女は美しかった。
無垢で穢れがなく、世間を知らず、貴族たちの駒であるには勿体ないほどに。
そして同時にジョナサンに向ける愛情は酷く美しく、それでいて残酷なものだった。
そんな女は自分を犠牲にし、友人たちの幸せを願った。
なんと慈悲深く、友人想いで、哀れで惨めな女だろうか。

「俺の退屈を紛らわすため、とでも言っておこうか」
「っ私は貴方の玩具じゃないわ!」

恋心を弄ばれた怒りに頬を赤く染め、華奢な腕を振り上げる。しかし男の力でもって捕えられば、行き場をなくした羞恥心と怒りはだらりと垂れ下がった。
体温を失った冷たい指を絡めとれば、その顔に隠せない期待が滲む。

「だがそれも、一つの愛だろう?」

女は確かにジョナサンを愛していた。まるで麻薬に依存するかのように、女はただ一人からの愛情を切望していた。その姿に同情を覚えた悪魔に魅入られなければ、この先もずっと虚しい恋心を持ち続けていたことだろう。
細い手首に力を入れ、熱を宿した瞳で見つめれば、女の瞳が確かに揺れるのを見た。
女の瞳に映った悪魔は、まるで悲願を達成したかのように満足気に微笑んでいる。

「…貴方は、悪魔のような人ね」

そう呟いた女が縋るように背に腕を回した瞬間、生まれて初めて感じるような満足感が全身を支配した。

女は愛に飢えていた。
そしてそんな女を、哀れで、惨めで、可哀相な存在だと思った。
ただ、それだけだった。