冬のある日の暗殺者

北部に位置するミラノやベネツィアに比べればまだマシな方だが、ネアポリスといえど冬真っ盛りの一月は寒い。リゾットは冷たくなった手をコートのポケットに仕舞った。革靴の裏からタイルの冷たさが伝わってくるのが不快で、思わず早歩きになっていたのだろうか。アジトを出てからずっと後ろをついてきていた足音が途絶えたことに気付いて振り返ると、シルビアは立ち止まって向かい側の歩道を見つめていた。リゾットも同じように視線を向ければ、その先にいたのは母親と手を繋ぐ小さな少女だった。シルビアと同じくらいの歳だろう。遠ざかる後ろ姿をじっと眺めるシルビアに何と声をかけようか迷っていると、慌てた様子で駆け寄ってきた。

「ごめんなさい、お待たせしちゃ…っくしゅ!」

小さくくしゃみをする鼻先は少し赤くなっている。

「シルビア」

コートに仕舞っていた片手をシルビアの前に差し出せば不思議そうに首を傾げる。

「手を出せ」

おずおずと重ねられた小さな手はまるで氷のように冷え切っていた。冷えた指先を包み込むように握り、そのまま再び歩みを進める。

「暖かい」
「お前が冷たすぎるんだ」
「そうかな」
「ああ」
「…Grazie.」

隣を見下ろしたリゾットが見下ろせば嬉しそうに頬を緩めている。
それはシルビアが暗殺チームに来て初めて迎える冬の日だった。


***


「うう、さむ…っ!」

買い出しを終えてマーケットの外に出たシルビアは澄んだ空気が頬に当たる感覚に震えながらマフラーに顔を埋めた。後から出てきたリゾットが隣に並ぶ。

「持てるか?」
「うん、軽いから平気。リゾットこそ大丈夫?」
「ああ」
「忙しいのにわざわざ着いてきてもらってごめんね」
「いや、さすがにこの量を一人で持つのは無理だろう」
「おかげで助かったよ」

二袋とも自分が持つと言い出したのを制して一袋だけ譲ってもらったが、シルビアが持っている荷物は本当に中身が入っているのかと疑うほどに軽い。対してリゾットの方は水やら野菜やらが入っているのでかなり重そうだ。いつもはアジトにいる誰かが買い出しを手伝ってくれるのだが、今日は全員出払っていたうえに車も使われており、珍しくリゾットと二人で歩いて近場のマーケットまで来たというわけだ。

「ねぇ見てリゾット。吐息が真っ白」

はあ、と息を吐いて無邪気に笑うシルビアは厚手のコートとマフラーを身に着けていたが、袋を持つ手は無防備だった。

「手袋はどうした?」
「出てくるときリビングに忘れちゃって…」

恥ずかしそうにシルビアが笑う。すると二人の前から親子がやってきた。小さな少女の手を母親が引いている。シルビアが親子を避けてリゾットに寄れば、近付いた互いの手がこつんと当たった。どちらからともなく手を握る。

「お前の手は相変わらず冷たいな」
「リゾットは相変わらず暖かいね」

そう言って笑うシルビアの顔が、いつかの少女と重なった。