崩壊


 はぐれてしまった。キョロキョロと周りを見る。何処にも頭目の姿は無い。やってしまった、と自己嫌悪。お荷物にしかならないのだから、せめて迷惑はかけないようにしようと思った矢先にこれだ。鳥でも飛ばして、上空から現在地を確認しようかと、人気の無い所に行こうとした。
「小田詩音ちゃん?」
「っ、え……」
 大通りから路地に入ろうとした時、背後からの声。振り返ると、何度か見た事のある制服。警察官だと認識するのと、反応してしまった事を後悔するのはほぼ同時。
「小田詩音ちゃんだよね?」
「……っ」
 答えを必要としない問いかけ。きっと反応から分かっている。けど、何で警察が。警察の目に止まるような事なんて、させられた事は無い筈なのに。
「御免ね、驚かせちゃったかな」
 何も言わないのをどう捉えたか。声が更に柔らかくなる。腰を屈めて目線を合わせてくる。
「おじさん、お巡りさんなんだけどね。お母さんが、君の事、捜してるよ」
「お、母さん、が……?」
「無事で良かった。今この街は色々危険だから、此処に居ると危ないし、一旦おじさんと安全な場所に行こうか」
 何で?何で、お母さんが。有り得ない。でも、じゃあ、この状況は何だ。けど、お母さんが私を捜す筈がない。理由が無い。
 目を逸らした先に、お馴染みの警察車両。話しかけてくる警察官の他に、車両の無線機を使って、何処かに連絡をしているのが一人。背筋を氷塊が滑り落ちるような感覚。不味い。手が肩に伸びてくるのを払い除ける。そのまま踵を返して、全力で走る。
「待──」
「ひ、っ!?」
 制止の声は、爆発音に掻き消された。かなり近くで聞こえたそれに、思わず足を止め、振り返る。警察官はこちらではなく、何処かを見ている。遠くに聞こえる雷鳴の音につられて、視線を動かす。ビルが、大きくなってきている。やけにゆっくりと大きくなる影を見つめる視界の隅で、動くもの。数歩後退ると、腕を引かれる。視界が何かで覆われる。地震みたいな音と振動。
「無事ですか?」
「と、う、もく……?」
 闇の中、頭上からくぐもった声が降ってくる。一気に視界が開けて、それが闇でなく、外套の中であった事を理解する。
「怪我はありませんね」
 答える事が出来ず、ただ呆然と、積み上がった瓦礫を眺める。そこにあった筈の警察官も、警察車両も、見えない。運が悪ければ、私も今頃あれの下敷きだった。否、違う、それよりも、そんなことよりも、思考を支配する、この恐怖は。
「頭、目」
「怖かったですね。もう大丈夫ですから」
 振り向いて、縋り付く。違う、そうじゃない、それじゃない。押し付けた頭を横に振った。
「違う、違うの、頭目、帰ろ。此処、嫌だ、帰ろう?」
「大丈夫です。少し落ち着きなさい」
「と、う、頭目、違う、お母さ、お母さんが」
 浮かんだ単語が、理解する前に口から出ていく。呼吸と同じペースで、短く、矢継ぎ早に。
「どうしよう、お母さん、捜して、私、どうでもいいのに、警察なんか、今更、どうして、どうしよう、どうすれば」
「詩音!」
 叱責するような厳しい声で我に返る。意識の外にあった心臓が、ここぞとばかりに激しく脈打って存在を主張する。
「先ずは、落ち着いて呼吸をしてください。大丈夫ですから」
「でも」
「手は打ってあります。安心なさい」
 宥めるように、背を叩く手に促されて、ゆっくり深呼吸を繰り返す。外套を握る力が緩んで、指先がじわりと熱を持つ。かなりきつく握りしめていたらしい。それに気づいて、手と体を離す。
「一度戻りましょう」
「うん……」
 とにかく、この場を離れたい。瓦礫の山に背を向けて、時々ふらつきそうになるのを支えられながら歩いた。


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