一石投じて


 ヨコハマで大規模な抗争を起こす。それを聞いて、まず、不可能なのではと思った。事前に教えられた事を思い出す。非合法な組織の多さもそうだが、ただでさえ混沌としている魔都だ。抗争なんて日常茶飯事に近いだろう。
「蟻の一穴天下の破れという言葉があります」
「よくそんな言葉知ってるね」
「要は、切っ掛けさえあれば良いのです」
 どんなに強固なものでも、ほんの些細な綻びが致命傷になる。確かそんな言葉だった筈。私も最近知った。
「では、蟻の一穴を穿つ為に、何が必要でしょうか?」
 凪いでいる水面に、投じる一石として相応しいもの。
「情報、ですよ」
 笑みを浮かべる。では、どんな情報が相応しいか。
「起爆剤には、一つの情報があれば十分です。多少の仕込みは必要でしょうが」
「仕込み」
「根回しとも言いますね」
「私は何をすればいい?」
 当然、手伝う事があるのだろうと思った。しかし予想に反して、頭目は首を振る。
「貴女に任せる事は何もありません」
「じゃあ何で連れて来たの……」
「連れて行けと強請ったのは貴女でしょう?」
「留守番って言われたら待ってたよ」
 ただの我儘。少し、一人で待つのが嫌だっただけ。上司命令には逆らえない。無理に連れて来る必要は無い。寧ろ、やる事が無いのであれば尚更、足手まといになる。
「切っ掛けさえ作ってしまえば、あとは澁澤君が勝手にやってくれます。しかし撒いた種がどう育つかを見守る以外、ぼくもやる事は殆どありませんから」
「……つまり?」
「ぼくの暇潰し相手です」


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