盃兄弟、誕生


ルフィ達三人がゴア王国の中心街へ出かけている中、シアンは鍛錬に勤しんでいた。
勿論「鍛錬するから行けない」などと、馬鹿正直に言えば止められるのは目に見えていたから、そこは誤魔化しておいたが。

「シアン!」
「あ、ルフィ、エース、サボ! おかえり」

ぶんぶんと手を振ってくるルフィに、シアンは側に立て掛けていた刀を持って駆け寄る。そろそろ帰って来る頃だろうと予想していたシアンは、10分程前くらいにミホークから渡されていた鍛錬ブックを終わらせていたのだ。
三人はどこか険悪な雰囲気を醸し出している。んん? とシアンは首を小さく傾けると、エースが口を開いた。

「サボが隠し事をしてるんだ」
「んん? 隠しごと?」
「さっきサボの知り合いが中心街にいたんだよ!」
「…えぇぇ!?」

意外な事実に目をぱちくりと瞬かせるシアン。これでシアンも味方には出来ないだろうと、エースは今度こそルフィと二人でサボに詰め寄った。

「何だよ、何も隠してねェよ!!」
「あ…、そうなのか?」
そうなわけねェだろ!!! 話せサボ!!

盛大にルフィにツッコむエース。言いたくなさそうなサボを見て、シアンはぎゅうっと拳を握りしめた。
自分だって言いたくない秘密ごとがあるのだ。誰よりもその気持ちが分かるシアンだからこそ、サボを責められない。

「「おれ達の間に秘密があっていいのか? 話せ」」

ずんっと二人顔と声を揃えてサボに迫る。その表情は怖く、シアンはそっと顔を逸らした。それでも口を割らないサボに、エースとルフィはサボの首を絞めるという強行手段に出た。
そこまでされれば言わないわけにはいかない。サボは半ば強制的に「話す」と口にしてしまった。

「貴族の息子!!?」
「誰が!?」
「………おれだよ……!!」
「「で?」」
お前らが質問したんだろ!!!

相変わらず馬鹿なルフィとエースに、シアンは無意識に強張っていた肩の力をスッと抜いた。
サボもそれに安心したのか、ポツリポツリと自分の家庭事情を話し始めた。

「………――本当は親は二人共いるし…、孤児でもなければゴミ山で生まれたわけでもねェ。今日おれを呼び止めたのはおれの父親だ。お前らにはウソをついてた。ゴメンな」

木の根元に座り込み、素直に謝るサボ。

「謝ったからいいよな!! 許す」
「コトによっちゃおれはショックだ。貴族の家に生まれて…――何でわざわざゴミ山に」
「………………」

エースの言葉にサボはまるで思い出すかのように視線を下に向ける。その表情は決して明るいものではなかった。

「“あいつら”が好きなのは「地位」と「財産」を守っていく“誰か”で、おれじゃない!!」

強く言い切ったサボの言葉は、いつしかシアンがどこかで聞いたものだった。
どこで聞いたのか、それはもう記憶の彼方へと消えてしまっている。

「王族の女と結婚できなきゃおれはクズ。その為に毎日勉強と習い事。おれの出来の悪さに両親は毎日ケンカ。あの家におれはジャマなんだ」

貴族には貴族のルールがある。そのルールが守れない者は“異端者”として世間の晒し者になってしまう。

「お前らには悪いけど――おれは親がいても“一人”だった」

その言葉にルフィは目に見えて驚いた。親がいても一人。それは一体どんな孤独なのか、親がいないルフィやエース、シアンにしてみれば想像すら出来ない。

「貴族の奴らはゴミ山を蔑むけど…あの息が詰まりそうな“高町”で、何十年先まで決められた人生を送るよりいい…」

父親から何十回、何百回と言われ続けてきた。「ゴミ山には近づくな」「あそこに住んでるのは人間じゃない」。もう、ウンザリだった。

「………――そうだったのか……」

やっとエースも納得したのか、ほんの少し驚いたような顔を見せた。

「エース、ルフィ、シアン…!!! おれ達は必ず海へ出よう!! この国を飛び出して、自由になろう!!!

座り込んでいた体制から立ち上がり、サボは三人を見つめる。そんなサボをシアン達も真っ直ぐに見つめ返した。

「広い世界を見て、おれはそれを伝える本を書きたい!! 航海の勉強ならなんの苦でもないんだ!! もっと強くなって海賊になろう!!!」

両の掌をぎゅっと握りしめ、キラキラした目で自分の夢を語ったサボ。エースは嬉しそうにひひ、と笑ってサボ達に背を向け、海を見つめる。

「そんなもんお前に言われなくてもなるさ!! おれは海賊になって勝って勝って勝ちまくって、最高の“名声”を手に入れる!! それだけがおれの生きた証になる!!! 世界中の奴らがおれの存在を認めなくても、どれ程嫌われても!!! 大海賊になって見返してやんのさ!!!
おれは誰からも逃げねェ!!! 誰にも敗けねェ!!! 恐怖でも何でもいい!! おれの名を世界に知らしめてやるんだ!!!」

そんなエースの言葉に、ルフィは歯を見せて笑う。ルフィも一歩前へ出て、エースとサボに負けないくらいの大声を張り上げた。

「おれはなァ!!!」





「「は??」」
「なっはっはっはっはっはっ」
「……お前は…何を言いだすかと思えば…」
「あははは、面白ェなルフィは!! おれ、お前の未来が楽しみだ!!」
「ルフィらしいと言えばルフィらしいけどね」

しかし、そこでみんなは気づく。ルフィもサボもエースも、三人とも船長になりたいのだということに。
シアンはもう既にシャンクスの船に乗ることが決まっているため、三人の船に乗ることもないのだが…、それを伝えるのはまた今度でも遅くはないだろう。

「…私は、三人が自分の夢を叶えた瞬間の姿が見たいな」

ワイワイと盛り上がっている三人を見て、ぼそりと呟く。そのシアンの顔には、笑みが浮かんでいた。
そして、とりあえずはその話を横に置いておくことになったらしく、森の中にある切り株の上にお猪口とお酒を置いたエースに、シアンとルフィ、サボは顔をきょとんとさせる。

「お前ら知ってるか?」

キュッと音を鳴らしながらダダンのお酒の蓋を躊躇いなく開ける。

「盃を交わすと“兄弟”になれるんだ」
「兄弟〜!? ホントかよー!!」

トクトクトク、と4つのお猪口にお酒を注いでいく。並々と注がれるそれを、シアンはルフィと共に興味津々に眺めていた。

「海賊になる時、同じ船の仲間にはなれねェかも知れねェけど、おれ達4人の絆は“兄弟”としてつなぐ!! どこで何をやろうと、この絆は切れねェ ……!!」

注がれたお猪口を一人一つずつ手に持つ。そして――……。

「これでおれ達は今日から、兄弟だ!!」
「「「おう!!!」」」

ガシャァ…ン!! と、お猪口とお猪口を合わせた音が大きく森に響いた。
――この日から、エース、サボ、ルフィ、シアンは切っても切れない絆で結ばれたのだった。





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