ホームシック


“ゴムゴムの〜〜〜ピストル”!!!
「だからおめェは、何がしてェんだよ!!!」
「どへ!!」

ぐるんぐるんと腕を回したルフィはその勢いのままエースへ殴りかかろうとするが、拳は地面へと突っ込み跳ね返って自分の顔に直撃した。
そんなルフィにエースは容赦なく両足で飛び蹴りを食らわせる。

「一本だ。エースの勝ち!!」
「おお! ルフィ頑張ってよー!」
「お前その能力意味あんのか?」
「くっそー、うまくいかねェ。おれの考える通りになれば、お前らなんかケチョン×2ケチョン×2だからな!!」

痛そうに悶えるルフィだが、がーっ! と怒ったように飛び上がり、もう一回と強請る。だがエースは「一人一日100戦まで」とバッサリ切り捨てた。
ルフィはサボとエースに50敗。サボとエースは24対26。どうやら今日の1番はエースのようだ。
ちなみに言うと、シアンはこれには参加していない。所謂観客役だ。別にシアンは戦いたいわけでもないのだが、やれと言われればやっていた。むしろそう言われるだろうと思っていたのだが、

「シアンは参加させねェからな!」
「盛り上げ役も必要だろ? シアンなら最適だ!」
「なんでだ? シアン強ェぞ? おれはシアンともやりてェ!!」
「「お前は黙ってろ!!!」」


こう言われてしまえばできるはずもなく。それに修行はこっそりやっているのだし、無理にする必要もないな、というのがシアンの見解だ。
毎朝早朝に行われているシアンの鍛錬。毎朝するように言ったのはシャンクス、それから元ロジャー海賊団の船員だった男、ギャバンだ。

「シアン! 夕飯の調達行くぞ!」
「あ…ごめん! 今日行けない!」
「えェ!? なんでた!?」
「用事! それともルフィは着いてくるなんて言わないよね?」
「うっ」
「ちゃんと帰るから。三人とも気をつけてね!」

元気いっぱいの笑顔を見せた後、そそくさといなくなってしまったシアン。ポカンとした顔をする三人だが、すぐにハッとなり口元に手をあてて慌てだした。

「どどど、どうしよう! アイツどこ行ったんだ!?」
「わわわ、わかんねェ! でも追いかけたら怒られる!」
「…飯の時にそれとなく聞こう。とりあえずは飯の調達だ」
「「おうっ!!」」

そして一人別行動をしたシアンは、電伝虫を取り出してある人へ電話をかけた。プルプルプルプル、と鳴る音を聞いているとガチャ、という音がした。

《…もしもし?シアン?》
「っ……」

懐かしい、大好きな声が聞こえる。たった数ヶ月、されど数ヶ月。

「シャンクス…」
《どどどど、どうした!? いじめられたか!?》
《お頭吃りすぎだろ!!》
《よォシアン!! 元気にしてるかァ!》

ギャーギャー煩い声に、相変わらずだとシアンは笑った。電伝虫から聞こえてきた笑い声に、シャンクスはホッと安心したような息を零した。
心配していたのだ、シャンクスは。あの村がいくら平和だからと言って危険がないとは限らない。それにガープからルフィと共に二人をコルボ山に住む山賊に預けたと聞いたときは今すぐにでも引き返してシアンを迎えに行こうとしたぐらいだ。
けれど、ガープに言われてしまったのだ。

「シアンがこれから強く生きていくためには最適な場所じゃ。…それに、ロジャーの息子もおる。この出会いは、必然じゃ」

そう言われてしまえばもう何も言えない。シャンクスとてわかっていた。自分たちといても出会いは広がらない。自立するとも限らない。
この果てしない広い海で生きていくためには、強く、強くならなくてはならないのだ。

《…エースと、ルフィと、仲良くしてるか?》
「エースのこと知ってたの?」
《そりゃあな! ロジャー船長の息子だからな!!》
「あ、やっぱり!」
《やっぱり?》

シアンはクスクスと可笑しそうに笑ったあと、元気よく頷く。思い出すのは、ポルシェーミ達と戦ったときのこと。

「あのね、エースもね、よくシャンクスが言ってたロジャー船長にそっくりなの!」
《そっくり?》
「うん。…敵を目の前にしても、絶対に逃げなかったの、エース」
《……そうか》

電伝虫の顔が嬉しそうに笑う。それを見てシアンもまた笑った。
それから今までの数ヶ月を埋めるかのように話し込んでいると、もうすっかり空は真っ暗になってしまった。慌ててシアンはお酒が入って陽気になってしまったシャンクスの話を中断させる。

「ごめん、もう外まっくらだから帰らないと! また今度かけるね」
《えェ〜? まだいいじゃねェかよォ〜!》
《お頭! それおれの酒!!》
《うっせェ! ケチケチすんな!!》
「もうっシャンクス!! 早く帰らないとダダンがおこるの!! またね!」

電伝虫でシアンが本当に慌てていることに気づき、シャンクスはニヤニヤしていた顔を引き締める。様子の変わったシャンクスにシアンも真剣に電伝虫を見つめた。

《…絶対に迎えに行く。それまで待ってろ、可愛い娘よ》
「…わかってるよ。パパ」

たまにしか言われない娘呼びに、どこかくすぐったくなる。そして自分もたまにしか言わない“パパ”呼びに、シャンクスはデレェ〜っとした表情を見せた。
そんなシャンクスが可笑しくて、大切で、大好きで。

「じゃあね! お酒はあんまり飲まないでね」
《はいはい、ちゃんと飯食うんだぞ?》
「ん……じゃあ、またね」
《おう、……またな》
《シアン〜!! またなァ!!》
《強くなれよォ〜!!》
《ルフィにもよろしく言っといてくれなァ!》
《バカ! ルフィには秘密にしてんだよ!》
《あ、そっか!!》

くるくる変わる電伝虫の表情にシアンはしんみりしていた想いから一転、満面の笑みを浮かべた。

「みんな、またね」

そして今度こそ電伝虫を切った。森の中だからか、先ほどまでの明るさが嘘みたいにシン…と静まり返っている。
ぶるり、とほんの少し怖くなったシアンは早く帰ろうと電伝虫を仕舞って置いていた刀を持ち、足早に森を翔けた。
結局その日、ダダンの小屋へ帰ったのは夜遅くで、ルフィ達も寝てしまっていた。けれどダダンからほんの5分前まで起きていたと聞き、普段はこんな時間にまでおきてなくせに、とほかほかと暖かい気持ちになった。
ルフィとエースの間の布団に潜り込む。まだ耳から離れないレッド・フォース号の宴の騒音に身を委ねるように、シアンは眠りについたのだった。





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