「…あんなのが海賊だなんて、やだ」
先日のブルージャムを思い浮かべ、怒りを露わにするシアンがいる場所は、この間一人で修行していた場所よりも遥か奥。
広大な森を抜けて、海が見える崖にシアンはいた。
「あんなのがシャンクスと一緒だなんて、やだっ」
ふぐうう、と頬を膨らましながら潤む目をキッと細める。なんとも不細工な顔になってしまったが、それを指摘する者は誰もいない。
「なによ、ゴミクズって! そんな考えしてる方がゴミクズだ!」
側にあった小石を掴んで海に向かって投げる。子供の腕力ではそこまで飛ばず、ほとんど真下に飛んで行った。
そうして一頻り怒りを発散させ、シアンはこっそりこっそりとダダンの小屋へ誰にも気づかれずに戻った。
その10分後、ルフィとエースも無事に帰ってきた。泥だらけな二人の姿にシアンは頭にハテナを浮かべるが、どうせ尋ねてもはぐらかされて終わる事が分かっているため、それを口にせずに放っておいた。
その次の日も、ルフィとエースの二人は早くから出かけた。自分だけ仲間外れというのはなんとも苛立つが、どうせ二人のことだ。何か理由があるんだろうと追いかけることをせず、シアンも今日は愛刀を持って小屋から出て行った。
「なんか、変……」
疼く胸を服の上からギュッと握りしめ、いち早く異変を感じ取ったシアン。昔から、嫌なことがあればすぐに感じ取る事ができたシアンだからこそ、その胸の疼きを無視する事ができない。
「…気のせいだといいけど……」
嫌な予感が拭えないまま、夕暮れ時に小屋へと帰ったシアンだが、いつまでたっても帰ってこない兄二人にだんだんと焦りが募る。
「ダダン! ルフィとエースが帰ってこない!」
「…いつか帰ってくるさ。それまでアンタは大人しくしとくんだよ!」
「でもっ!」
「ガキはさっさと寝てな!!」
取りつく島もないダダンの様子にシアンもしょんぼりしながら寝床に向かう。いつもは騒がしくしながら眠りにつくのに、今日は一人で布団に入ることに寂しく感じてしまう。
「どこ行ってるのさ…」
ポツリと呟かれたそれが虚しく消えていった、そのときだった。
「シアン!!! 起きてるかい!!?」
「わっ、ダダン…? いきなり何…」
「“
「“不確かな物の終着駅”が…!? そんな、うそっ…ルフィとエースは!? まだ二人とも帰ってきてない!」
シアンはダダンに詰め寄ると、ダダンも顔を強張らせる。じわり、じわりと目に浮かぶシアンの涙を見たダダンは、仕方がないとでも言うようにため息を吐いた。
「しっかり掴まりな。振り落とされんじゃないよ!!」
「うん!!」
コルボ山からゴミ山へと向かうダダン達。シアンは不安からくる震えをぎゅっと拳を握り締めることで紛らわせ、まだ見えない兄達の姿を必死に探した。
暫くすると、シアンも大っ嫌いな海賊であるブルージャムの姿が見えた。そのすぐ側にはエースが。
ブルージャムがエースに向かって銃を向けているのをいち早く発見したシアンは、ダダンの耳元で声を張り上げた。
「ダダン! あそこにエースが! ブルージャムと!!」
ダダンはシアンの指差す方向を見やり、先程よりも速く走る。そして――。
「やめねェか海坊主〜〜〜!!!! エースを放しなァ〜〜〜!!!」
持っていた斧を思い切りブルージャムに振り下ろす。ブルージャムも流石に耐え切れず、小さく呻き声を漏らしながらエースから離れた。
「…………!!? ダダン……!!! シアン……!!? 何でお前らここに!!!」
ルフィの驚いた声が聞こえる。シアンはダダンの背中から降りて真っ先にそんな傷だらけのルフィの元へ。頭から血を流すルフィを見て、一層震えが増す。
「ルフィ! っばか…こんなっ、こんな傷だらけで何やってんのさ…っ! ばか、ばか…!」
「シアン…っ、ごめんな、」
笑う気力もないはずなのに、それでもにししっと笑うルフィにシアンはキリキリと胸が痛む。
「さァて…、逃げるぞ!!!」
「ハイお頭!!!」
「エース急げ!!!」
ダダンらしいその逃げ腰に手下達も付いていく。声をかけられたエースもすぐに来るだろうと思っていたのに、
「おれは、逃げない!!!」
傷だらけなその体を奮い立たせてブルージャムを睨むエース。そんなエースにドグラが吠えるが、それを止めたのはダダンだった。
ダダンは今までシアンやルフィに見せていた、だらしのない体たらくではなく、まるで一端の親のような台詞を言ってのけた。
「まっ…やだ! 私も残る!」
「ガキは先に帰ってな!」
「いやだ!」
シアンは持ってきていた桜桃を鞘から抜いて構える。本物の海賊を相手に戦ったことは一度もないため、シアンの足はガクガクと震えている。
それでも、もう泣いて逃げるなんてしたくなかった。
「(…だいじょうぶ。目の前の海賊達は、シャンクス達よりも弱い…。ギャバンにだって全然敵わない…、いけ、る…!)」
シアンは目に力を入れて地を蹴り上げた。後ろからエースとダダンの焦ったような、怒ったような声が聞こえてくるがそれよりももう体は動き始めてしまったんだ。今さら止められない。
いつの間にかルフィはドグラ達によって帰されたみたいだ。よかったとホッと息をついて、シアンはブルージャムに向かって刀を振り上げた。
――キィン!!
ブルージャムの大刀と、シアンの桜桃が交わった。しかし、やはり子どもの力は大人の男の力には敵わず、力負けして後ろへ弾かれた。
「ッく……!」
「シアン!!」
地面に叩きつけられる前にエースが体を滑り込ませてシアンを抱きとめた。その温もりにシアンは安心したように微笑んだ。
「…エース、ごめんね……」
「は、」
「もっと強くなるからっ…置いていかないで…!」
シアンの消えそうな声で紡がれた台詞に、エースはくしゃりと顔を歪めた。
ここ最近はブルージャム達の命令に従うので忙しく、それにシアンを巻き込みたくないという思いもあり、なかなか話せてなかった。
「馬鹿野郎…っ、置いていくわけねェだろ!!」
燃え盛る炎の中、ありったけの声で叫ぶエースに、シアンはふはっと笑った。
そして、傷だらけな体に鞭を打って、エースの腕の中から自分の足でちゃんと立ち上がる。ダダンの横に並んだその足は、もう震えてはいなかった。
「いけんのかい?」
「…うん、やる…」
「無茶だけはすんじゃねェぞ」
「エースもね…!」
三人は一斉にブルージャム達へ各々の武器を構え、走り出した…―――。
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