―――ドスン!!
――ドゴォン!!!
響く鈍い音に、眠っていたフランキーの鼻ちょうちんはパン!! と破れて、フランキーは目覚めた。
フランキー以外のナミ、サンジ、チョッパー、シアンは既に目覚めていて、起きたフランキーに状況を説明した。
「推測だけど、誰かが船に“催眠ガス”を撃ち込んで、眠ってる間に私達攫われちゃったみたいなの」
「ガスが船に充満してたのは間違いねェ。面目ねェ、もう少し早く気づいていれば……」
「おれ達売られちまうのかなー!! 人攫いかなーっ!」
「人攫いの可能性はなさそうだけど…それより刀盗られたことに果てしなく苛立ちを感じる。幸い銃には気づかれなかったみたいだけどさ」
大事な刀を盗られてイライラするシアンは、チョッパーの言う“人攫い”の可能性を否定した。よくて人質、悪くて殺されるだろう。
「――だが、ふねにいたはメンバーならブルックはどうした?」
「わかんない。ここにいたのは5人だけ」
「
「おめェも人とは言えねェだろ」
「お前もだよ!! もういいよ!!!」
始まったいつものコントに耳を傾けながら終始イライラしているシアンは、とりあえず銃を一丁手に持ってくるくると弄び出した。こうでもしないと落ち着かないらしい。
「刀、絶対探し出すわよ!」
「ナミ……」
「ありがとう」と笑ったシアン。するとその時、この場にいる一味の誰のものでもない声が突如として聞こえてきた。
「おぬし達、『判じ物』は好きか? 異国語で“パズル”!!」
あまり聞きなれない話し方に、まず反応したのはナミだった。
「え? 誰か喋った?」
「いや…おれ達じゃねェ……」
「たぶんコレだ!!」
「これとは何だ!!!」
「わーーー!!」
「うわっ!!」
喋ったのは新種の電伝虫や虫ではなく、バラバラにされた顔のパーツだった。サンジ達がそろって顔を近づけ、まるでパズルのように組み立てていく。遊び半分で組み立てた結果、アゴと頭に少し違和感を感じる様に。
「できた!! こうだ!!! 人の顔になった〜〜!!!」
「少々頭とアゴに違和感を感じるが…まあいいでござる…!! かたじけないっ!!!」
「「「生首が喋ってる〜〜!!!」」」
「遅いわ!!!」
アホ丸出しな会話に、シアンは笑いながらも生首男をじっと観察する。聞きなれない口調、違和感でしかない頭とアゴ。考えれば考えるほどドツボにはまってしまう。
「何で生きてんだ!!? 悪霊か!?」
「拙者にもわからん!! 好きで首だけでおるのではない!!! 名も知らぬある者に斬られたのでござる!! 死んだと思いきやこのあり様!! 敵に斬られて生かされるなど“武士の恥”!!!」
――“武士”。
この一つの言葉に、シアンは深く息を吐いた。なるほど。ならばあの頭とアゴは反対で、そして生首男の髪型は――。
するとサンジがいきなり生首男を蹴り飛ばした。どうやらナミに色目を向けたらしい。さすがサンジ、生首でも容赦はないようだ。
そして生首男も、目の前にいる人物達が海賊だとわかるやいなや顔を鬼の形相のようにムスッとさせて、怒りを露わにした。
「海賊かおぬしら、道理で野蛮!!! 拙者、吐く程に海賊が大嫌いでござる!!!」
「!?」
「時同じく
生首男の台詞にフランキーは待ったをかけた。なぜならば自分たちが見てきたのは火の海やら火の島。氷など欠片も見なかったからである。
だが、これで合点がいった。ナミが見た「冬の空」も、電伝虫の緊急信号の「寒い」も、どちらも同じこのパンクハザードのことだったのだ。つまり、火の島も氷の島も、両方パンクハザードだったということだ。
「ルフィ達が入ってった『燃える島』は裏から見れば『氷の島』で、つまり私達島の反対側へ連れて来られたんだ!! 誰が何の為にかはこの部屋を出て確認するしかないけど…」
「サンジがあれだけ蹴っても開かなかったもんね、扉」
「ああ。扉堅くて……」
「どいてろ、コーラは満タンだ!!」
「! おいおいちょっと待て!!」
「“フランキ〜〜〜ィ”!!」
手のひらを前に突き出して今にも攻撃しようとするフランキー。扉の前にいたシアン、ナミ、サンジは大慌てで端へ寄る。
「“ラディカルビ〜〜ム”!!!!」
――ズゥン!!!
鈍い音を立てながら、扉があった筈のそこは大きな穴が空いていた。チョッパーは泣いて喜んでいる。それは扉が開いたからではない。目の前でビームが見れたからだ。
一味は談笑しながら部屋を出て行くが、サンジは顔だけ振り返り、生首男を見やる。
「………。お前どうすんだ。おれ達が海賊じゃなきゃ、一緒に逃げたかったんじゃねェのか?」
「黙れ!! 行け海賊!」
「一人で首だけ逃げられる見込みはねェだろう?」
「――!! 何をする!!」
プイッとそっぽを向く生首男の頭とアゴをサンジはスポン! と取る。
「なァ、『ワノ国』の…“侍”!!!」
「えェ!!? サムライィ!!? そいつが〜〜〜!!?」
ガポッと組み立てられた頭とアゴは見事にぴったりと収まり、生首男の本来の姿があった。
「――この
「じゃあ…!! 電伝虫の人斬り、コイツなのか!!? コエ〜〜〜〜〜!!!」
そんな言い合いをしていると、先ほどのフランキーのビームの音で人が集まりだした。もうここでごちゃごちゃと言っている暇はない。
「サンジ! チョッパー! もう行くよ!! ここに長居していたらそれこそまた捕まる!!」
シアンの言葉にサンジは頷き、また生首男に話しかけた。チョッパーとしては早く逃げたいが、サンジがまだいるのに放っておけないらしい。
「おれ達は、お前に斬られた奴らからの緊急信号を受けて、ここに来るハメになったんだ…!! “侍”!!」
「サンジ!! 急ごう!! コエー侍置いてってくれよ!!」
「拙者、己を恥じる様な人斬りはせぬ!!!」
「!?」
突然声を張り上げた生首男、もとい侍は、顔いっぱいに冷や汗を流しながらも己がここにいる理由を口にした。
「この島に!!! 息子を助けた来た!!!! 邪魔する者は何万人でも斬る!!!!」
必死のその形相は、とても嘘を言っているようには見えない。サンジは考えに考えた結果、その侍を連れて行くことに。
「シアン? どうしたんだ?」
「…ううん、なんでもない!」
チョッパーに尋ねられ、シアンは緩やかに首を横に振った。憶測の範囲で物を言うつもりもないし、何より確証がない。下手に言ってチョッパーの不安を増やすわけにはいかなかった。
――この島は、とても厄介なものと繋がっているかもしれない。
そんなこと、到底言えるはずもなかった。
「扉だ!!」
先頭を走っていたサンジが扉を蹴り開けると、そこには大きさが様々な子供が何人もいた。困ったように見下げる子ども達は、とても敵には見えない。
「でけェ…子供!??」
「子供っ!?」
「
巨人族を思わせるその大きさに、シアン達は思わず立ち止まってしまった。けれど子供達はそんなことなど御構い無しに、フランキーを見て目を輝かせている。
「ロボがいる!!」
「“氷った人たち”!? 逃げてきたの!?」
「氷った人?」
「ロボだー!!」
「クワガタロボ〜〜〜!! きゅうきょくだ!!」
「「ローボ!! ローボ!!」
男子から絶大な人気を得たフランキーロボ。そのおかげか、子供達の不安そうな目は少しおさまった。だが、それでも気になることは山ほどある。
「“氷った人”ってなに?」
「それも“人たち”だからたくさんいるってこと…だよね?」
「巨人族のガキ共か!? 巨人の島か!? ここは…!!」
考えがまとまらず、更にはそれほど大きくない子供もいて、もう何が何だか分からずじまいだ。
未だにロボやらタヌキのぬいぐるみやらでキャーキャーと騒ぐ子供達。それも侍が声を出したことで一変してしまう。
「『モモの助』という子を知らぬか!? 男子でござる!!!」
楽しそうな雰囲気は一瞬にして終わりを告げ、途端に泣き出して逃げ惑う始末。それに加えて追っ手が来たことによって事態は更に最悪だ。
「ガス弾の使用は最小限に!! 『ビスケットルーム』の扉が開いてる!!!」
「銃や爆発物は禁止だ!!!」
「子供に当たると“
追っ手がそんな話をしているなぞ露知らず、サンジ達は逃げながら子供に必死に話しかけた。だが、侍が恐ろしい顔で「モモの助」と言うものだから、子供達は余計怖がり、挙げ句の果てにはナミに引っ叩かれる羽目に。
「待てー!! 脱走者達ィ!!!」
「逃がすな!!」
「わーーーー!!」
そんな中、一番最初にフランキーを見つけて目を輝かせていた男の子が、走りながらフランキーに話しかけた。
「ねえ、ロボットさんっ!! 島の外から来たの!?」
「! ああ、勿論だ!! だが少年、おれはサイボーグ――」
「船持ってるの!?」
「そりゃおめェ、ウチのサニー号は世界で…」
「助けて!!!」
「あ!?」
「え…」
「は…?」
「何だよ…!! 助けてって…」
「ここ、保育園じゃねェのか!?」
並々ならない言葉に、シアン達は驚いて声を上げるが決して足は止めない。すると他の子供達も皆口々に「助けて」と言い始めたのだ。
「ねえ!! お姉ちゃん!! 私達を助けて!!!」
「!!」
「ナミさん、止まるな!!」
思わず止まってしまったナミを叱咤するのはサンジだ。普段からは到底考えられない物言いだが、それほど必死なのだ。
「ぼく達もう病気治ったよ、みんな元気だよ!!!」
「病気……!!? 何のだ……??」
「おうちに帰りたいよー!! ねえ、助けて!!!」
「……………!?」
「(病気……本当に…? 無理やり連れてこられたとかじゃなくて?)」
嫌な予感だけがシアンを襲う。追っ手が来てしまったことでそれも中断されるが、それでもしこりのようなものがずっとシアンの胸の中に居座った。
「ゴメン…今…追われてるから!!」
「………」
そう言って逃げ出したナミだが、子供達はそんなナミの後ろ姿を眺め、泣きながら懇願した。
「じゃあ…あとで助けにきて!!! 知ってるよ、この建物から出た事ないけど!! この島何もないんでしょ? 町もない、誰もいない!! ――……だから助けも来ない!! お父さんとお母さんに会いたいよ!! お姉ちゃん、戻ってきてね!! あとで助けにきてね!!」
鼻水まで垂らして泣き叫ぶ子供に、シアンの足はもう動かなかった。それはナミも同じだったようで、
「助けよう!!! 子供達!!」
声を張ってそう言った。しかしサンジは納得いかないらしく、何よりもナミやシアンがこれ以上危険にさらされることが嫌なのだ。
「何言ってんだナミさん!! シアンちゃんも!! 理由がねェよ!! 病気とも言ってたし、ここは病院かも知れねェ!! たった今会ったばっかで何の事情もわからねェ!! 人助け家業じゃあるめェし!!」
「それは私もわかってるけど――」
いつになく強気なサンジの発言にナミも思わずタジタジになってしまうが、それでも、ナミにも曲げられなかった。
「
もう何を言っても無駄だと思ったのか、サンジはタバコを加えた。そのすぐ後に追っ手がやって来て、もう我慢ならないのか子供もろとも銃で撃とうとしている。
けれど、銃を構えた瞬間サンジが飛躍した。
「“
サンジの振りかぶった脚が燃える。それは敵目掛けて振り落とされた。
「“
「!!!」
――ドッゴォン!!!
その攻撃が合図だったかのようで、その後チョッパーもフランキーも追っ手を一網打尽にした。
「――まったく、子供に(だけ)優しいナミさんも素敵だ。またホレちまうぜ!!!」
タバコの煙をハート型にしてそう言ったサンジは、チョッパーにナミとシアンのお供をしろと指示した。チョッパーは“
「私は別行動していい? 刀を見つけないと…!」
「でも今は無理よ!!」
「分かってる、けど、けど…! あの刀だけはダメなの!!」
泣きそうに叫ぶシアンは、いくらナミが引っ張っても動かない。せめて誰か一緒に、と提案したがサンジがすぐに却下する。
「駄目だ、もうここに長居は出来ねェ! シアンちゃん、刀はまた後で探しに来よう!!」
「っ、っ……わ、かった…」
ぐしゃりと顔を歪ませて、それでも頷いたシアンはテンガロンハットを深く被ってナミとチョッパーに着いて行く。
今、腰にない刀を思い出しながら、シアンはこみ上げる涙を乱暴に拭った。
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