宝物のご帰還


泣いて少し潤む目に喝を入れ、頭で考えるよりも早く“ROOM”の中から出る。瞬間、ローは何もない空間にビュビュッ! と、刀を突き刺した。

“シャンブルズ”

ローがそう呟いた。サンジ達は一瞬の違和感に戸惑ったが、とりわけおかしいところはないとまた走る。が、その違和感にシアンは目を見開いた。

「え……みんな…?」
「太刀筋に入るな、お前ら!!!」

呆然と自分の仲間を見つめるシアンを他所に、スモーカーは部下達に怒鳴る。けれどそれも遅く、部下達は身体を真っ二つにされても生きていた。

「お前ら邪魔だ!!! サークル・・・・から出てろ!!!」
「!!?」
「ローの作った円内にいる間は、手術台にのせられた患者だと思え!! ここは“手術室”、奴はこの空間を完全に支配執刀する――“死の外科医”だ!!!」

能力の細かいところまでは知らなかったシアンは、間一髪だったことに気づきホッと息を吐くが、仲間達の魂だけが入れ替わった姿になんとも言えず、取り合えずと自分も研究所の裏へと続いた。
やっと追いついたサンジ達に何て声をかけよう、と悩みながら辿り着いたそこは、一言で言えば『カオス』だった。

「死ぬ程の寒さ!? どうでもいい!! 侍もガキ共ももうどうでもいいっ!!」
「え〜〜〜!!?」
「とになく、どこかにカメラはねェか!!? 戻っちまう前に、何とか写真を!!!」
「何を撮る気よ!!! それに人の体で鼻血ばっかり吹かないで!!」
「そんな事よりナミ!! おれの姿でアロハのボタン止めんじゃねェ!!」

ナミが目をハートにして鼻血を流し、涎を垂らしている。
まず視認したその姿にシアンは思わず頭を抱えたくなった。よりによって一番最悪な入れ替わりじゃないか。

「みんな大丈夫!?」
「シアン! あんたは無事だったのね!」
「フラ、え、ナミ…さん…?」
「そうよ、私がナミよ。それよりどうして無事だったの?」
「あーっと…逃げたから?」
「……!! ………!!! アンタねェ…!!!」
「わー!!! ごめん、ごめんってナミ!!!」

フランキーの顔で凄まれると怖さが倍以上だ。シアンは咄嗟に土下座でもする勢いで謝った。ナミもシアンが無事だったことについては安心していたらしく、それ以上怒ることもなかった。
その後、侍が悪魔の実の力で暖かいコートを出して寒さから逃れ、やっと一息ついたところで、懐かしい声が聞こえてきた。

「いた〜〜!!! お前ら〜〜〜!!!」
「みなさんご無事ですか〜〜ヨホホ〜〜〜!!」
「あ!! どうしてここに!!?」

茶ひげに乗ってやって来たルフィ達の姿に、チョッパーは物凄く喜んだ。

「ルフィ達だ〜〜!! ゾロ〜〜ウソップ、ロビン、ブルック〜〜!! 会えてよかったぞ、コンニャロ〜〜!!!」
「みんなー!! よかった無事で!!!」

わーい! と喜ぶチョッパーとシアンだが、サンジはここぞとばかりにナミの体を舐め回すように見ていた。それを後ろで見ていたナミは鬼のような形相でサンジを、詳しく言うならばサンジの魂が入った己の体を問答無用で殴りつけたのだった。
その様子を見ていたルフィは、目が飛び出るほど驚く。それもそうだ、端から見ればフランキーがナミを殴ったようにしか見えないのだから。
とりあえず今まであったことを説明し、状況を確認する。

「…ルフィ」
「ん? なんだ?」
「私、ちょっと中に入って来るね」
「何でだ?」
「刀、盗られちゃって」

幼少の頃から持っている刀。それが何よりも大事なのはルフィも良く知っている。だからこそルフィに言うのだ。
シャンクスから預かっている麦わら帽子を大事に持っているルフィが、同じシャンクスからもらった刀を大事にするシアンの頼みを断るわけがないから。

「ん、いいぞ!」
「っし! ありがと、ルフィ!」
「ちょ、ちょっと! ルフィ何許してるのよ! 今がどういう状況か分かってるの!?」
「フランキーうっせェぞー」
私はナミよ!!

未だにフランキー=ナミの構図が理解できていないルフィは、女口調のフランキーに「うるさい」というが、中身はナミ。それはもう容赦なくボッコボコにされていた。
その光景を端から見ていたシアンは、その矛先が自分に来ないようにそろ〜っと後ずさる。

「じゃ、じゃあゾロ。私、ちょっと刀取り返して来るから、ナミ達に報告よろしくね」
「あ? ……あぁ、分かった」

刀を扱う者同士、通じあうものがあるのだろう。ゾロは無闇に引き止めず、ひらひらと手を振ってシアンを見送った。走りながら来た道を戻るシアンは、今頃はゾロもナミに怒られてるんだろうなと、他人事のように思いながら中へと入って行く。

「…まずはどこに刀があるかを知らないと……」

だがしかし、刀の居場所なんて皆目見当もつかないシアンは困り果てる。ここの黒幕がどんな奴かさえ知らないのだ。中に侵入できたとは言え、考えなしに進むのはただの馬鹿だ。

「何としてでも見つけないと…」

再び氷漬けの部屋を涙目になりながら通り抜け、ガスマスクを付けた人間達に気づかれないように進む。扉を見つけては開けて中を見る、という作業を繰り返しながら。

「………ここ、は……」

ガチャ、と何度目か分からないほど聞いた音を、また聞きながら扉を開ける。そろっと中に入ってみると、小さなデスクの上に数枚の手配書が無造作に置かれてあった。でかでかと満面の笑みで映るルフィの手配書が見え、シアンはくすりと笑うが、その下に随分と見慣れた手配書があり、その額を見て目を見開いた。

「は……!? どうなって…なんでこんな……」

ギラリと目に鈍い光を宿し、刀を構えて何処かを見ている手配書の人物。それは、誰よりもシアンが知っている人物だった。

ロイナール・D・シアン
6億3000万ベリー
(但し、生け捕りの場合は7億ベリーとする)


――訳が分からない。
どうしてこんなに額が上がったの? 一体私が何をした? たった2年でこの上がり方はおかしすぎる。
シアンは額に手を当てて考え込むが、平衡感覚を失ってぐらりと身体が傾く。そのまま床にどさっと座り込むが、唐突に気分が悪くなりぐったりと俯く。

「……ゆすらうめ…」

不意に刀の名前を呼んだシアンは、顔を上げてぼんやりと部屋を見渡す。この部屋の何処かにある。ただの勘でそう思ったシアンはだる重い身体を起こして立ち上がり、部屋唯一のクローゼットへと手を伸ばした。
カチャ、と軽い音が鳴る。ギィィ…と古びた音を立てながらクローゼットの扉を開けば、そこには桜桃が立て掛けてあった。

「桜桃……!」

衝動的に手を伸ばし、刀をぎゅうっと両腕で掻き抱く。ちゃんとある刀の感触にシアンはぽたぽたと涙を落とした。

「よかっ、よかったぁ…! 見つかってよかった……!」

安堵からくる涙は早々止まることはなく、そのまま流れ続ける。それほどまでに不安定だったのだ。この刀はシャンクスとシアンを繋ぐ唯一のものであり、宝物。それが無くなるなどあってはならないことで――。

「おかえり、桜桃」

愛おしそうに刀に向かって呟けば、桜桃も一層の輝きを持って応えた気がした。





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