想いは一つ、いざ行かん


《おい!! 今の爆音と銃声何だ!? トラ男がどうしたって!?》
《そっちで何が起きてんだ!!?》

電伝虫からウソップとサンジの心配そうな声が、悲鳴の中響いた。
突然起きた争いに戸惑う国民を、王であるドフラミンゴは眉間に皺を寄せたまま笑みを浮かべる。

「騒がしくしてすまなかったな!!」
「!!」
「“七武海”海賊トラファルガー・ロー!! こいつが今朝の『王位放棄誤報事件』犯人だ!! おれを引きずり下ろそうとしていたが、安心しろ!! …今、退治した!!

これを犯人退治だと宣ったドフラミンゴに、国民の悲鳴は安心の歓声へと変わってゆく。両手を上げて喜びを露わにする姿に、ルフィは黙っていられなかった。

――おい!!! ミンゴォーー!!!
「!」
お前、よくもトラ男を!!!

格子越しなのに迫力あるルフィの表情を、ドフラミンゴはただ一瞥した。

「“麦わら”ァ、てめェにとやかく言われる筋合いはねェ…!! ローは元々おれの部下!! ケジメ・・・はおれがつける!!!」

何もできないルフィに変わり、飛び出したのがゾロ、シアン、錦えもんだ。三人とも腰に携えた刀に手を伸ばし、ドフラミンゴに向かって一斉に駆け出した。

「キン!! トラ男を運べ!! シアンはおれとドフラミンゴを!!!」
「!」
「承知した!!」
「了解!!」

錦えもんの腰にある電伝虫から、チョッパーの戸惑う声が錦えもんの耳に入る。映像電伝虫ではないため、現状がまったく分からないのだ。

《おい!! 説明してくれ、何が起きてんだー!?》
「我らの目の前でロー殿がやられた!!!」
!!?
「ドフラミンゴに!!!」
《えェ!!?》

冷や汗を流しながら簡潔に伝えた錦えもんは、それきり口を閉じて目の前の敵に集中する。
近くなるドフラミンゴとの距離に、シアンは桜桃を抜いた。

「“海賊狩り”に……“狐火の錦えもん”、“剣聖”だな!? “モモの助”らしきガキをさっき船で見たぞ。」

錦えもんの油断を煽るためか、ドフラミンゴは錦えもんの息子である“モモの助”の名前を出す。しかし、そこは冷静なゾロが「のるな!! 渡しゃしねェ!!!」としっかり否定した。

「フッフッフ…」

横を向いて余裕な笑い声をあげるドフラミンゴに、ゾロがギラリと刀を構えた。刃がドフラミンゴに届く――が、その刀を受け止めたのは海軍大将の羽織りをはためかせた盲目の藤虎だった。
ギリギリと拮抗する中、ゾロは己にかかる重力がズシッと重みを増していくのに気づく。パリンと変装用のサングラスは割れ、ビリリ…! と覇気がのしかかる。
必死に足を踏ん張らせたゾロだが、地面が耐えられなかった。ゾロを中心に大きな穴が開き、彼はなす術なく落ちてゆく。

「は!!? ゾロ殿!!?」

ローを任された錦えもんだが、穴に落ちてしまったゾロを見て、手が止まってしまう。その動揺が、戦場では命取りだ。
バサッ…とピンクの羽根羽織を翻したドフラミンゴか、まさに錦えもんを狙って空を舞ったのだから。
足を大きく振り上げて、錦えもんに振り下ろそうとするドフラミンゴ。そんな二人の間にするりと入り込んできたシアンは、両手で桜桃をしっかり持ってドフラミンゴの足を刀で受け止めた。
――ガキィィン…!!

「シアン殿……!!」
「くっ……!」
「邪魔するなよ…シアン……!!」

ニヤ、と悪どい笑みを浮かべ、ドフラミンゴは素早い動きで錦えもんに再び近づき、能力で斬りつけた。血を流して倒れた錦えもんに、シアンはカァァ…! と頭に血がのぼる。
すぐに背後を振り返り、シアンはドフラミンゴに斬りかかった。それすらもわかっていたかのように、ドフラミンゴは能力を操って糸で応戦する。

「キンえもん!!! シアン!!! ゾロォーー!!!」

格子越しで見ていたルフィは、目の前の柵を両手で掴むが、海楼石でできたそれは能力者であるルフィの力を奪ってしまう。結果的にルフィは、意気込んだはいいもののふにゃ…とへたってしまった。

「…うっ…く、っ……槍雷閃そうらいせん!!」

無数の斬撃が雷のように、空からドフラミンゴを襲う。まるで槍が降ってくるかのような攻撃に、さすがのドフラミンゴも余裕の笑みを消した。
ドガガガッ!! と地面に降り注ぐ。そこは抉れ、スッパリと深い裂け目が跡を残した。

「おいおい…人の国を荒らしてんじゃねェよ…」
「その国を率先して荒らしてる奴がよく言う……!!」
「フッフッフ…おれァいいんだよ」

何重にも重なり、太くなった糸がシアンを襲う。素早い攻撃だったが、シアンはサッと避けてドフラミンゴの懐に飛び込んだ。途端に険しい顔つきになるドフラミンゴに、シアンは強い眼差しを向け続ける。刀を水平に構えた瞬間、ドフラミンゴはニヤァ…と、何かを企んでいる表情を見せた。

「!!」
「フフフッ、フフッ…。知ってるか、シアン…」
「な、に…、」
「ロイナール・D・ヘリオス…。聞いたことのある名だろ?」
!!!

聞いたこともあるもなにも、その名前はシアンの父親の名だった。
明らかに目を見開いて反応したシアンに、ドフラミンゴはさらに動揺を誘う。

「そいつをヒューマンショップに売りつけたのは…おれだ」

頭が真っ白になる。男がなにを言っているのかわからない。ゾロや錦えもん、ルフィが必死にシアンの名前を呼ぶが、彼女にはもう聞こえていなかった。
刀を握る手が震え、目に見えて動揺している。この時を待っていたとばかり、ドフラミンゴはシアンの鳩尾に拳をめり込ませた。

「ガハッ……ッ…!」
「どれだけ懸賞金が上がろうと…ガキはガキだなァ? シアン…! 父親の名前を出されただけでこのザマ…!!」

霞む視界の中、シアンは必死に目を開けてドフラミンゴを睨む。けれど、そんなシアンの最後の余力を奪おうとドフラミンゴは指を動かした。

五色糸ゴシキート!!!

鋭い糸がシアンの身体を斬り刻む。至近距離からの容赦のない攻撃に、シアンは最後の意識を奪われてしまった。
抉れた地面にドサリと倒れたシアン。このままではまずいとゾロが動くが、遅かった。ドフラミンゴがローとシアンを抱えて空を飛んでしまったのだ。その横には、地面の瓦礫に乗って浮かぶ大将“藤虎”の姿も。

「話は『王宮』でだ、藤トラ!! おれに協力すりゃ、小僧共の首はくれてやる。」
「…話ァ聞きやすが天夜叉のォ…。判断はそれからで」

追いかけようにも、空を飛ばれてしまえばなす術はない。それどころか傍観一方だった海軍がここぞとばかりに向かってきたのだ。

「ロロノア・ゾロを捕らえろ!!」
「!!」
「――こちら錦えもん。ロー殿とシアン殿を連れ去られたァ!!」
《えェ〜〜〜!!?》

ローだけでなくシアンまで。状況は最悪だ。なぜドフラミンゴがシアンを連れ去ったのかがわからずじまいだが、考える時間など与えてくれるわけがない。それぞれの得物を手に、もうすぐそこまで海軍が迫っているのだから。

「……!! バレてんな…!!」
「どわァアア!!!」
「ひとまず逃げろ!!」

容赦なくぶっ放してくる銃撃から逃れようと、ゾロと錦えもんは傷の痛みを堪え、走る。

トラ男〜〜〜!!! シアン〜〜〜!!!

コロシアムの格子から出られず、ルフィはただ仲間が連れ去られるのを見ているしかできない。それがひどく歯がゆく、もどかしい。

「おいルフィ!! 早く出口を探せ!! シアンも連れ去られてんだぞ!! ぼーっとしてんな!! おれ達ァこの辺り逃げ回って待ってる!!」
「わかった!! 急ごう、トラ男の“声”まだ消えてなかった!! シアンも心配だ…ミンゴめェ〜〜!!!」

一気に雲行きが怪しくなった戦い。ついに動き出したドフラミンゴに猛烈な怒りを覚えたルフィだが、それを遮るように錦えもんの持つ電伝虫からブルック達の悲鳴が飛び出した。

ギィヤァァ〜〜!!!
「今度は何だ!!? ブルック達だ!!」
「サニー号!! どうした!!?」

映像がないのがこんなにもどかしく思ったのは初めてだ。しかし、次の台詞にそんなことを言ってる場合ではなくなる。

“ビッグ・マム”の!! 海賊船だァ!!!
『四皇』の船が何でこんな所にィ〜〜!!?
船首が歌ってねェか!?
え〜〜〜〜っ!!?

「フーネーフーネー♪」と陽気な歌を歌うのは、可愛らしい船首。だが可愛らしいのはそこだけ。船はサニー号の何倍も大きいため、より恐怖が浮き彫りになる。
ケーキやポッキーといった巨大なお菓子は、ビッグ・マムのお菓子好きを強調していた。

「ホントか!!? “ビッグ・マム”の船ェ!!?」
ギャー!! しぬー!!!
「どういう事だ!!? “ビッグ・マム”ものってんのか!!?」
「わからねェが、魚人島で会ったあの二人組ものってる!!」
《!!》

あの二人組とは、〈ビッグ・マム海賊団〉戦闘員の二人のこと。一人は足長族のタマゴ男爵、一人は人語を話すライオンのペコムズだ。

「ママ!! シーザーを確認したガオー!!」
「やはりアイツらの手中にあったのだボン!! 一旦船を沈めて、シーザーだけ引き上げるでソワール!!

どうやら狙いは、サニー号に乗っているシーザーのようだ。けれどそのせいで船が沈められるのは御免被りたい。

「えらい人気者だなオイ、悪の科学者!! あれもお前の助け舟か!!?」
「……………!!?」

怒りからバシッ! とシーザーを本気で叩くサンジ。当の本人はといえば、あんぐりと口を開いて冷や汗をたっぷり流していた。

「助けてくれ〜〜〜っ!!!」
「あァ!?」
「“ビッグ・マム”には捕まるわけにいかねェ!! おれァあいつらから…!! “研究費”をダマし取ってたんだ…!!」
「……!! 何だと!?」

海楼石の錠で塞がれた両手を上げ、泣き叫ぶシーザーはとてもじゃないがパンクハザードでのシーザーと同一人物とは思えない。
そんなシーザーから飛び出た台詞に、サンジも険しい顔を隠せずにいた。

「ま…まァ、細けェ話はいいとして……!! とにかく、捕まったらウソがバレて殺されちま…」
知るか!! お前の命なんざ!! どっちにしろ渡すわけにゃいかねェんだ!! 黙ってろ!!

情けないシーザーの口をギリギリと引っ張るサンジは、怒りで口調が荒くなる。だが、そんなことは“ビッグ・マム”サイドとしてはどうでもいい。ギゴゴ…と船の大砲をサニー号へと向けてきた。

「撃ってきますよーーー!!」

ブルックが大声で船中に知らせる。その直後、海を荒らすかのように砲弾はサニー号へと降り注いだ。

「くそォ、こんな時に!!」
「ドレスローザから遠ざかって行く!! うまくマけるか!?」

ドレスローザに戻ろうとしたはずが、予想だにしていなかったビッグ・マムの攻撃でどんどん後退してしまう。
そんな状況が、フランキーサイドとルフィサイドには声だけ入り込んできた。

「大丈夫か!!? サンジ!! ――だがオイ、『四皇』なんてこの国へ引っぱって来んなよ!? 国中パニックになって、兵隊達の作戦が狂っちまう!!!」

綿密に練られた作戦が狂ってしまうことだけは避けなくてはならない。仲間の命も大事だが、フランキーの今の優先事項は小さな戦士達の勝利だった。
それを差し置いても、サンジ達の実力は折り紙つき。フランキーはサンジならと信頼を寄せている。

「ん!!? そういや、何でシーザーが船にいるんだ!!?」
「交渉が決裂したらしい!! でなきゃトラ男があんな目にあうか!!」
《ローがシーザーを次の島・・・へ運べというからのせたんだ!!!》

上陸してからほとんどの時間をコロシアムで過ごしていたルフィにとって、作戦の進行状況はまったく知らない。シーザーがサニー号にいること自体初耳だったのだ。
必死にドレスローザへ戻ろうとするサンジ。だがそれに待ったをかけたのが、まさかのナミだった。

「サンジ君!! 私達戻らない方がいいと思う!! 戻るのが怖くて言うんじゃないの!! ルフィ聞いて!!」
《!?》

今まで黙っていたナミは、自身が立てた仮説を口にする。

「ドフラミンゴと奪い合うカードは三つよ!! 『シーザー』『SMILE工場』、そしてなぜか『モモの助』。
『SMILE工場』はまだ破壊できてないから向こうの物。だけど残り二つのカードは、ここにいる二人よ!!」
《!》

側にいるモモの助を引き寄せ、シーザーの口を強い力で引っ張る。

「トラ男がドフラミンゴと戦ってたのは、この『カード』を敵から遠ざけるための“囮”!! もしかしたら『工場破壊』の“時間稼ぎ”でもあったかも知れない!!」
《!!》
「そこまでしてトラ男が守った『カード』!! 私達が差し出しに行く様なマネしたら……!! あいつ、報われないじゃない!!!」
《!》

決死の思いで告げたナミの言葉は、それぞれの胸に突き刺さる。ローの行動の数々には、やはり意味があったのだ。

「……そうだな、わかった!! トラ男もシアンも、おれ達が必ず奪い返す!!!」

コロシアムの中を走りながら、ルフィは力強く返事をした。

「次の島何つった?」
「『ゾウ』でござる!!」
「サンジ!! ナミ!! チョッパー!! ブルック!! モモ!! お前ら先に『ゾウ』に向かってくれ!!!」
《……そういう事なら。わかった船長キャプテン!! じゃあ…一つ許可をくれ!!》
「!?」

船長、などと畏まった呼び方でルフィを呼んだサンジ。

「“ビッグ・マム”の艦に、“反撃”する許可を!!」
え〜〜〜〜!!?

何の相談もなしにサンジの口から飛び出た台詞に、ブルックは驚きの声をあげる。けれどルフィは「ああ、いいぞ!!」と即答した。

「じゃあお前ら!! 『ゾウ』で待ってる!!」

荒れる海上で、サンジは強気に言い切った。

「おーし!! 『工場破壊』はこっちに任せろ!!!」

三つ編みを揺らして雄叫びをあげるフランキーに、ロビンは微笑み、ウソップは頭を抱えた涙を流す。

「みんな、無事でな!!! おれ達は『王宮』へ行く!!」

バラバラになっていた作戦が、再構築されてゆく。それぞれ離れ離れになってしまっているが、想いは一つだった。

ドフラミンゴをぶっ飛ばしに!!!

瞳に鈍い光を宿らせたルフィは、ギリリ…ッと拳を痛いくらいに握りしめた。





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