息切れしながらあらゆる場所を探すが、それらしき所へは一向に出ない。どんどん焦りが募ってゆく中、傷だらけのベラミーを抱えたバルトロメオがやって来た。
「おお!! トサカの奴〜〜!! いいトコであった!!」
「おわあ〜〜〜!! ル…ル…ル、ルヒィイ先輩ィ〜〜〜…!!!」
「ひいいいい!!!」と白目をむいて泡を吹き、後ろに倒れそうになるのを必死に踏ん張るバルトロメオは、その場にへたり込み、ルフィから顔を背ける形でなんとか意識を保った。ルフィが眩しすぎて目を合わせられないらしい。
「ハァ…ハァ、ル…ルフィ先輩、さっきァ、ゾ…ゾロ先輩とお会いになら…なられ…」
「ああ、会えた。ありがとな!!」
「(めっそうもねェべ〜〜!!)」
バルトロメオの支えがなくなったベラミーもその場に座り込み、そんな彼をルフィは「あ!」と見つけた。まさかこんなところで会えるとは思ってなかったようだ。
「ほんで、おれ急用ができて外に出てェんだけどよ!! 出口がなくて……」
「――…このコロシアムに……出口なんかねェよ…!!」
「え!? あれ? お前キズひどくなってねェか?」
先ほどデリンジャーにやられた傷から、未だしとどに血を流しているベラミーだが、ルフィの些細な疑問を無視して、荒い息で言葉を紡ぐ。
「選手は…一度入っちまえば二度と出られねェ…!! 探すだけ無駄だ…!!」
「何だ!!? どういう事だ!!? 絶対に!? 絶対ねェのか!!?」
焦るルフィは何度も同じ言葉を繰り返す。なにせ目の前でローとシアンをドフラミンゴに連れて行かれたのだ。こんなにも歯がゆいことはない。
「お前…ドフラミンゴの部下だろ!? じゃあ何か知ってんじゃねェか!? 頼む、仲間がヤベェんだ!!」
「(部下…!? ……おれァ、部下にもなれなかった…!!)」
悔しげに俯くベラミーは、「おれは今から外へ出る」と口にした。どうしても確かめたいことがあったのだ。こんなコロシアムにいつまでも居ては、また同じ目に遭ってしまう。
「そうか、ありがとう!! 連れてってくれんだな!!!」
「お前が勝手につけて来りゃ…偶然そうなるって話だ…!!! ………おれにボスを裏切れってのか…!?」
血まみれだからだろうか、ベラミーは鬼気迫る表情でルフィを睨み上げる。
「……おれは、ドフラミンゴを裏切れねェ…!!! ……あの人を尊敬してる…」
「おいおい、おめェさっき…――」
「ダマってろ!!! おれにも通すべき筋はある…!!」
デリンジャーに散々痛めつけられていたのを知っているバルトロメオは、「えェ〜…」みたいな目でベラミーを見る。
しかし、ルフィにはそこらへんは関係ないのだ。「わかった!! じゃあつけてく」と素直に了承した。
「――だがしかしルフィ先輩、“メラメラの実”は…」
「渡したくねェ奴もいるけど…仕方ねェ。仲間の命にゃかえられねェ…!! はやくシアンとトラ男を取り返さねェと!!!」
それを聞いてこの男、バルトロメオはいち早くチャンスとでも言いたげに拳をぎゅっと握った。
「んだば!! おれに
「え!? くれんのか!?」
「
「お前、どんどんナマってくんなァ」
なんとも予想外の展開に、ルフィも一安心したかのように笑う。意気込むバルトロメオは興奮のあまり、どんどん訛りがひどくなってゆく。
「メラメラの実はおれが必ず手に入れっから、安心して外さ出でくんろ!!!」
「あっちに言えよ」
「そうか! それなら助かる!!」
けれど、それでもやっぱりルフィの方を見て言えないバルトロメオは、なぜかベラミーに意気込んでいた。目の前でこちらを向いて熱弁するバルトロメオに、ベラミーも呆れたように小さく呟く。
そんな和気藹々ムードの中、カツン… と靴音がその場に響いた。
「“メラメラの実”はお前には渡さねェぞ。“麦わらのルフィ”!!」
「!?」
聞いたことのない声だった。どうやらルーシーの正体をルフィだと見破っている大会出場者のようだが、この場にいる人間は誰も知らなかった。
一番に難癖をつけに行ったのは、もちろんこの男、バルトロメオ。ヤンキー張りの表情で相手を威嚇するように声色を低くさせる。
「んだ!? てめェ…何モンだァ!!? ルフィ先輩に気安く声ェかけやがって!!! あのお方はかの伝説の海賊“火拳のエース”様の弟にして、未来の『海賊王』であらせられんだっぺ、このバカ!!!」
ものすごい剣幕で罵倒するバルトロメオだが、男は微動だにしなかった。
「――そんな事、昔から知ってる」
喧嘩腰だったバルトロメオをトン、と軽く押して退け、男はまた靴音を鳴らしてルフィに近づく。まだ顔がはっきり見えない男に、ルフィも首を傾げるばかり。
「何だべ、あの野郎。ルフィ先輩に馴れ馴れしく…ホラ、先輩怒ってんべー!!」
男と対面したルフィは、エースのメラメラの実を渡さないなどと言われて穏やかでいられる筈もなく。前のめりになって男に怒っていた。
――なのに、だんだんとその目には涙が浮かんでゆく。やがては大粒の涙を流していたのだった。
・
・
――コロシアム前広場。
「出てきたと思ったら…お前何で泣いてんだよ!!」
「うおえ〜〜〜〜〜ん!!! えんっ…えんっ…」
コロシアムから脱出できたルフィは、無事にゾロと錦えもんの二人と合流できた。しかし、合流した時からこのようにエンエン泣いていては、さすがのゾロもお手上げである。
コロシアムの外は海軍が張り巡らされているため、錦えもんの能力でルフィはコイ、ゾロはネコ、錦えもんはカエルといった着ぐるみを着ていた。
「うええ〜〜ん、ゲホ、エホッ…ぐすっ……」
「――で、うるせェよお前っ!! トラ男とシアンを救う気あんのか!?」
「え゛〜〜〜ん…」
スパン!! とコイの着ぐるみを叩くゾロ。叩かれたルフィはそれでも泣き止む気配を見せず、さらに泣いてしまう。
ゾロの脳裏には、いつかの日にシアンが言った「ルフィは泣き虫」という言葉がふと頭に過ぎり、ため息を吐いた。
「トラ男もシアンも助げる…!! ミンゴもブッ飛ばす!! “メラメラの実”も…もう大丈夫だ!」
「大丈夫!?」
そこまで言って、またルフィはエンエンと泣きじゃくってしまった。
「生ぎてると思わ゛ながっだんだ…!!」
「だから誰がだよ!!」
ゾロの強烈なツッコミが炸裂するにもかかわらず、ルフィは「うえ〜〜〜ん…!!」と泣き声を上げる。
「あ…あのとぎ死んだと…!!! 死んだど思っでだんだ!!!」
コロシアムでは、ルーシーの格好をした男があの靴音を鳴らしてバルトロメオと共に歩いているのだった。
・
・
――ドレスローザ『王宮』。
その一室では、ある柱に手を後ろで縛られ、ドフラミンゴの吐く台詞に眉を顰める男が一人。かつてはここ、ドレスローザの王を担っていたリク王だ。つい先ほどまでコロシアムで戦っていたため、その身体はボロボロだ。
鉛玉を何発も撃たれたトラファルガー・ローは、皮肉にもハートの席に座らされている。両腕にしっかり海楼石の手錠をつけられて。
そしてもう一人、ローと共に連れてこられたシアンは、ローから離された椅子で座り、同じく錠で手を繋がれていた。ローと違うのは、その錠が普通の錠だということ。能力者でもないシアンに海楼石は意味がないのだ。
「どうだ、シアン…。そろそろおれの物になる気はなったか?」
ジャラ… と鎖の音を響かせたシアンは、大きな窓の前からこちらを向いて不敵に笑むドフラミンゴを睨んだ。
「誰が! お前の物になるくらいなら…ここで舌を噛み切って死んでやる!!」
「フフフッ、つれねェなァ。お前の父親も奴隷を体験したんだ…。お前も父親の気持ちを理解したいだろ?」
「っ…父さんを、お前が語るな!!」
――いつか、この想い出がシアンに必要となる日まで…これは鍵をかけてしまっておこう。
知らない――いや、もう数度聞いた声が、頭の中を駆け巡る。ドフラミンゴの話を一つ一つ聞いていくたびに、まるで鍵が開いていくかのように声が増えてゆく。
ひどい鈍痛に耐えるかのように、シアンは奥歯を噛み締めた。
「あの時も今のお前のように必死に抵抗していたぞ、ヘリオスは…」
「っ、だからっ……!」
「おれに逆らうからああなったんだ。“幻”だなんて今では持て囃されているが、実際はただの天竜人の奴隷だった……フッフッフ…実に滑稽だと思わねェか?」
悔しい、悔しい、悔しい…!!
シアンは涙を堪えながらギリリッと歯を噛み締める。加減せず噛んだからか、口の端から血がツー…と流れた。
赤い血がシアンの白い肌を汚す。その様にドフラミンゴはひどく興奮した。
「…やっぱり、痛めつけねェと頷かねェか…?」
スッと手に取ったのは、シアンの愛刀――桜桃。鞘から抜かれた刀身はキラリと輝き、ドフラミンゴの下卑た表情をよく映した。
「その刀に、お前が触るな!! 離せ…っ返して…!!」
「フッフッフッフッフ…!! そう焦るな」
ニタリ、とドフラミンゴが笑った瞬間――グサッ!! と桜桃の刃がシアンの腹を貫いた。
「あ゛ァァア゛ア゛ア゛ァ゛ッッ!!」
貫いたそこから血が噴き出し、シアンは堪らず叫んだ。耐えていた涙も頬を伝って流れ落ち、痛みがいきなり襲ってきたからか首を左右に振っている。
それでもドフラミンゴは残虐な笑みを崩さず、突き刺したままの刀身をグチュ… と身を抉るように動かす。
「ア゛、ッウグッ…っ…ッ……!!」
「たった一言だ、シアン。おれのファミリーに来い、歓迎してやる…!!」
ぎゅっと閉じていた視界をぼんやりと開ける。そこには相変わらず下衆な男がいた。
この痛みから逃れたい。この苦痛から逃れたい。頭の中はそれだけが占める。――それでも、シアンは決してその首を縦には振らなかった。
「その刀に誓え。決して屈しはせぬと」
「この刀は、お前だけの刀だ」
「いつか、“パパ”を思い出せ。――そのとき、お前は本当の力を思い出すから」
時は、満ちた。
カチン…、鍵は開き、宝箱の蓋はゆっくりと上へ上へと開いていく。
「――ゆすらうめ」
呟くように刀の名を呼ぶ。するとシアンの腹を抉っていた刀の刀身はふわっと消え、やがてドフラミンゴの手からも消えてゆく。
「!?」
驚くドフラミンゴに構わず、シアンは繋がれたままの右手を差し出すように広げた。すると光の粒子を伴って桜桃が現れ、シアンの手の中に収まる。
しっかりと刀を握ったシアンは、ガキィン!! と両手を縛っていた手錠を刀で斬った。
「ぁ、…ッ……ふ、……フー…ッ、」
ぼたぼたと床に落ちる血。無意識にそこに手をあてるが、その手はみるみるうちに血で染まってしまう。
だが、シアンはドフラミンゴを睨むことをやめなかった。
「なぜそこまで抗う…?」
ここへ来て、ようやくドフラミンゴはあの下卑た笑みを消した。品定めするような目つきで、シアンをサングラス越しに見つめる。
「…諦めるなんて、私は一度も学んでこなかった…!」
「あァ?」
刀を構え、シアンは片足を半歩後ろへずらし、とうとう隠し続けてきたことを口にした。
「私は! “七武海”が一人、ジュラキュール・ミホークの弟子! ロイナール・D・シアン!!」
「!!? あの野郎の…弟子だと…?」
プッと血を吐いて、シアンは荒い息をそのままに低く呟いた。
「――行くよ、桜桃」
“剣聖”の反撃が、始まった。
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