「はじめまして」

「さて、次は……」

 店前でリストを広げようと立ち止まると、トンッと軽く人にぶつかってしまった。「すみません」と咄嗟に謝る。

「フン、これからは気をつけ………っ!」

 こちらを見てきた相手の少年は、フィーを見て目を見開いた。ぶつかった衝撃でフードが外れたのだ。露わになった銀の髪は、太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。その光景を直視した少年は暫く惚けていた。

「あの、本当にすみません」
「あ、っいや……ゴホン。――僕はドラコ・マルフォイだ。きっ…君の名前を伺っても?」
「! マルフォイ家のご子息でございましたか。失礼致しました。わたくし、フィー・ディオネルと申します。この度は私の不注意でぶつかってしまい、申し訳ありませんでした」
「かしこまらなくていい」

 少し大人ぶるドラコに、フィーは内心微笑ましく思いながらも返答した。子どもと言えど貴族。彼が自分の家名を聞いても何の反応もないということは、彼は父親・・から何も話を聞いていないということだ。自分でも無意識のうちに強張っていた肩の力を抜き、フィーは話を続けた。

「貴方も、今年からホグワーツに入学?」
「ドラコで構わない。――あぁ、そうだ。君も?」
「うん――」
「ドラコ」

 二人の会話に、突然大人の声が割って入ってきた。目の前のドラコはピッと背中を伸ばし、フィーの後ろを見やる。フィーも『もしかして』という思いでそっと振り返った。そこにはドラコに似た――否、記憶よりも遥かに歳をとった、自分の友人が居た。
 思わず彼の名を口にしそうになるが、咄嗟のところで飲み込む。彼の知り合いだなんて息子に知られたら、それこそ大問題だ。せっかく彼が話していないのだ。その行為を無下にしてはいけない。

「ちっ父上!」
「……そちらは?」

 ステッキを持ったドラコの父、ルシウス・マルフォイは、フィーを冷ややかに見下ろす。その冷めた眼差しに苦笑すると、ルシウスはハッと何かに気づいたような表情を見せた。どうやら、フィーが誰だか解ったみたいだ。

「お初にお目にかかります。わたくし、フィー・ディオネルと申します」

 一瞬、何と言おうか迷ったルシウスだが、『初めて』を装ったフィーに合わせようと「そうか」とだけ返事をして踵を返す。ドラコは慌てて父親の背中を追いかけた。そんな二人をその場で見送っていると、ふとルシウスがこちらを振り返った。ドラコはショーウィンドウを見ることに必死で気づいていない。

『また君に会えて良かった』

 音は出ていないが、確かにそう口が動いた。最後に穏やかに微笑んだルシウスは、未だ目移りする息子を窘め、妻が待つ喫茶店へ急いだ。今度こそ去っていった二人に、フィーもフードを深く被って歩き始める。

「……相変わらず、気障なんだから」

 変わらない友の姿に知らずうちに微笑んでいたフィーは、店の端で立ち止まり、今度こそリストを広げる。ざっと目を通すと、もう買い揃えるものはないことを確認し、やっとショッピングを楽しめると嬉々としてショーウィンドウを眺める。すると、前方に先ほど再会した男・ ハグリッドの姿を見つけ、フィーはどうせなら一緒にと追いかける。

「ハグリッドー!」
「お、フィー! さっきぶりだな」
「もう買い物終わっちゃった?」
「おう、今終わったところだ」
「あーそっか……」

 がくりと項垂れたフィーに、ハグリッドはそうだと自分の後ろにいた男の子の背をドンっと押した。少年は突然のことでつんのめり、ゲホゲホと噎せながらも、なんとか落ち着いたのかハグリッドの前に立った。フィーは向き合う形になった少年と目を合わせる。そのハシバミ色の瞳は、フィーの思考を奪うには充分すぎた。

「この子はハリー、ハリー・ポッターだ。お前さんも知っとるだろう」

 ハグリッドが紹介する声で、フィーは危うく言いそうになった名前をぐっと飲み込む。ハグリッドがあと少し遅ければ、フィーは大切な友人の名前を口にするところだった。ギュッと拳を握りしめ、爪先が食い込む痛みを感じながら、フィーは愛しいものを見つめるように眼差しを和らげた。

「初めまして、ハリー。私はフィー・ディオネル。今年ホグワーツに入学するの、よろしくね!」
「あの、えっと……よろしく、フィー。僕もホグワーツに入学するんだ」
「ふふ、じゃあ一緒の寮になれるといいね」
「(寮って、さっきの…マルフォイ? も言ってたやつだ…)」

 横から割って入ってきたハグリッドは、そのままフィーと話し続ける。その会話を流し聞きしながら、ハリーは『寮』について様々な思考を巡らせる。マルフォイ、もといドラコは『スリザリンがいい』と言っていた。それではフィーは……?

「あれ、ハリーが持ってるその梟……かわいい……」
「あ、これ……さっきハグリッドが買ってくれたんだ。その、誕生日プレゼントにって」
「………誕生日?」
「う、うん」
「……待って。…ハリー、今日誕生日なの?」

 恐る恐る尋ねると、ハリーは戸惑いがちに頷いた。こんなの、プレゼントを催促しているみたいで嫌だからだ。そして予想通り、フィーは「プレゼント! 何にもない!」と頭を抱えた。

「いいよ! 今初めて会ったんだから!」とハリーは慌てて言うが、「会った時間なんて関係ないよ! ああもう……あっ! じゃあ、ホグワーツで会った時に渡すね、約束っ」

 指切りして離せば、ハリーは顔を赤くして何度も首を縦に振った。

「よし、それじゃあプレゼント選びに行ってくる。それじゃあね、ハリー、ハグリッド。またホグワーツで会いましょう」

 フードの隙間から覗く深い青の瞳。鈍く光るそれをしかと見たハリーは、ドクンと何かに心臓が掴まれたようにきゅうっと痛くなった。しかしそれも一瞬で、すぐに消えた痛みに首を傾げる。「じゃあ、俺たちも行くぞ」ハグリッドがまた人混みを押しのけるように歩き始めた。慌てて着いて行くハリーの頭の中には、いつまでも深い青が残っていた。
 先ほどよりも真剣な眼差しでショーウィンドウを眺めるフィーは、何かに惹かれるようにふらーっととある店に入る。どうやら新しい店らしい。店内は綺麗で、内装も落ち着いていて良い雰囲気だ。コツ、と靴音が小さく響く中、フィーは陳列する商品を一つ一つ眺めていく。

「あ………」

 足を止め、ある一つの小物入れを手に取った。シルバーの素材で出来たそれは、大きさを自由に変えられる魔法がかかっている。デフォルメは小物入れだが、どうやら大きな物でも入れられるらしい。しかも鍵開けの魔法では開かないところも手が込んでいる。しばらく何の魔法がかかっているのかを確認し、フィーはやっと購入した。
 どうやら長居しすぎたらしい。空はすっかり茜色に染まっていて、うっすらと雲がかかっている。思わずほう、と感嘆の息を吐くと、フィーは漏れ鍋に向かった。

「どうもー……」
「いらっしゃい……って、お前さん…フィーか……?」

 漏れ鍋の店主・トム。彼とは古い付き合いで、ダイアゴン横丁で唯一フィーの家の暖炉と煙突飛行ネットワークを繋いでいる。ダイアゴン横丁へ来た時は必ずと言っていいほど、ここから家へ帰るのがフィーの常だった。しかし、それも数十年前の話。暫く俗世から離れていたフィーは、マダム・マルキンは勿論この漏れ鍋の店主とも会うのは久しぶりだった。

「ふふ、久しぶり。ちょっと老けた?」
「フィーは変わらないなあ。そうだ、ちょうどいい酒が入ってる……飲んでいくか?」
「ごめん、用事があるの。…また今度、ゆっくりお願いするわ」
「ああ、お前はそんな奴だった」

 「今度はこれよりも良い酒を仕入れるとしよう」と笑うトムにフィーも笑い返し、暖炉の前に立つ。スッと取り出した杖でディオネル邸に煙突飛行ネットワークを繋げると、側に置いてある煙突飛行粉を適量取り、深呼吸した。「失敗しませんように……」その台詞に、トムは今度は大笑いした。いつだって彼女は、そうやって祈ってから帰って行くことを思い出したのだ。
 煙突飛行粉を暖炉に投げる。すると炎はエメラルドグリーンに変色し、ゴーッと激しい音を立て始めた。ああ嫌だ。ゴクリと生唾を飲み込み、フィーは覚悟を決めた。

ディオネル邸!!

 ギュッと目を瞑る。それでも視界がぐるぐると回る感覚が、途端に頭の中を支配してゆく。その様を、トムは懐かしげに見守った。
 こうして、数十年振りのダイアゴン横丁での買い物は、無事に終了したのだった。