あれから一ヶ月。フィーは仕事を片付けつつ街に降りて地元の人たちと交流を深め、長閑な風景に癒されていた。暑さはここぞとばかりにフィーの体力を奪ったが、そこは魔法を惜しみもなく使いなんとか今日を迎えることができた。
9月1日。今日は待ちに待ったホグワーツの入学の日だ。
「ご仕度が整いました、フィー様!」
「オーケー。それじゃあ行きましょうか」
普通の旅行サイズのボストンバッグと家族であり今回ともにホグワーツへ行く梟のチェイルが入ったゲージを持ち、レイテルの差し出す手に触れる。瞬間、バシッと音を立てて二人の姿はディオネル邸から消えた。
次に視界に映ったのは、カートを押した人がたくさんいるキングス・クロス駅の9と4分の3番線。目の前には長く連なる列車・ホグワーツ特急が大きく存在感を放っている。数十年ぶりに見たそれにほう…と息を吐いたフィーは、自分の一歩後ろにいるハウスエルフに向き合った。
「ここまでありがとう、レイテル」
「滅相もございません! これがレイテルのお仕事でございます!」
ブンブンと取れそうなくらい首を横に振るレイテルにくすりと笑い、フィーは膝を折ってレイテルの視界までしゃがんだ。ぎょっとびっくりする屋敷しもべ妖精が可笑しかったが、フィーは自然な動作でレイテルの手を取り、柔らかく笑いかけた。
「私がいない間、家をお願いね。それと…サリン、白蛇のサリンのことも。今回あの子を連れていけないから、きっと拗ねてる……というか、もう拗ねていたから」
この一ヶ月、一緒にホグワーツへ行こうとしていた白蛇のサリンに「一緒には行けない」と伝えた直後、態度は一変した。それまでどんな時でもくっ付いて来ていたのに、わざと近寄らずツンとそっぽを向いてフィーを避けたのだ。その後何度も話しかけてみたのだが捕まらず、結局謝ることも出来ないまま今日を迎えてしまった。
そのことを知っているレイテルは「もちろんでございます!」と気持ちの良い返事をする。ホッと息を吐いたフィーに、ゲージの中でその様子を眺めていた梟のチェイルは「ホー」と鳴いた。それはまるで、この場にいない白蛇に聴かせるようだった。
「また休暇には帰ってくるわ」
「はい! このレイテル、全身全霊を持ってお屋敷をお護りいたします!」
「……ありがとう。やっぱり、私の屋敷しもべ妖精は貴方だけよ」
優しくレイテルの頭を撫でると、フィーはボストンバッグとゲージを持ってホグワーツ特急に乗り込んだ。後ろから啜り泣く声が聞こえてきて、少しだけ振り返り、笑顔で手を振った。
どうやらまだ時間が早かったようで、コンパートメントは空室が目立った。窓の外では家族との別れを惜しむ子どもや、早く列車に乗りたいとせがむ子どもなど、様々な光景が広がっている。それらに無意識に笑い、まずは荷物を置こうと外から視線を外した。割と高い位置にある物置き棚に、踵を浮かせて荷物を押し込む。グイグイと無理やり押していると、サイドポケットに入れていた中ぐらいの小荷物がポロッと落ちてきた。あっと思った瞬間、それは誰かの手によって受け止められた。
「ふー、危ない危ない」
「おっ、やるじゃん相棒」
「クィディッチで鍛えてるからな……っと、はいこれ」
「あっ…ありがとうございます!」
燃えるような赤毛。同じ顔が二つ並ぶそっくりさん。荷物のことなんてそっちのけで、フィーは暫し見とれていた。なかなか双子に会う確率は高くないのだ。しかもあんな田舎暮らしをしていれば、尚更。
礼を言って受け取れば、「いいってことよ」と彼は得意げに胸を張った。
「そんで、見慣れないお嬢さん?」
「新入りさんかね?」
「はい」
「新入生! 俺はフレッド・ウィーズリー」
「俺はジョージ・ウィーズリーだ。見ての通り双子。どうぞよろしく?」
やはり双子だったのか。そんな思いともう一つ、フィーは聞き覚えのあるファミリーネームに笑ってしまいそうになった。さすがに初対面の人を相手に笑わないが、それでも友人の子どもに会うとは微塵も思っていなかったのだ。不意打ちだが、これはかなり嬉しい。
「(でも……そっか、ホグワーツに行ったらみんなの子どもに会うんだ…。…もう、そんなに経ったのか……)」
しみじみと懐かしさを噛み締めるが、まだ自己紹介は終わっていない。フィーはにこりと笑って、「フィー・ディオネルです。よろしくお願いします、ウィーズリー先輩」と口にした。途端にブスッと顔を歪めるフレッドとジョージ。なんだと首を傾げれば、
「“センパイ”なんてつけなくていーって。センパイ呼ばわりされるほど偉くないし? な、相棒」
「ああ、そうだとも」
「「出逢った証に名前で呼ぶことを許可して差し上げよう!」」
畏まった言い方に、フィーはクスクスと笑ってしまった。こんなお調子者がホグワーツにいるのなら、今回も楽しい学校生活になりそうだ。
「じゃあ、フレッドとジョージって呼ばせてもらうね!」
「「ありがたき幸せ」」
スッと綺麗な一礼をしてみせた二人に、また笑った。
「もう少し一緒に居たいけど……俺たちは今から、とあることを考えなければならない」
「とあること?」
「とびっきり楽しいことだ」
「とびっきり……楽しい?」
頭にハテナを浮かべるフィーに、フレッドとジョージはニンマリと悪戯な笑みを浮かべた。何だか既視感を覚えるそれに瞬きをすると、コソッと耳元で教えてくれた。
「俺たちは、悪戯仕掛け人なんだ」
「え……」
「いろんな奴らに悪戯を仕掛けるんだ」
二人に目を合わせると、パチリと綺麗なウィンクを返された。呆然とそれを受け止めながらも、内心は喜びやら感動やらが渦巻いて混乱状態だった。――まさか、悪戯仕掛け人が居たとは。夢にも思わなかった。
無意識にフィーの目が輝いているのを、フレッドは確かに見た。そして隣にいるジョージを肘で突き、二人で目を合わせてコクリと頷く。ぺろりと唇を舐めてしまったが、幸いなことに二人の捕食せんとする仕草はフィーには見られていなかったようだ。
「……とまあ、実際は俺ら二人だけなんだけど」
「そこで、だ。俺たちはもう一人、メンバーを探している」
「もう一人?」
「そ」
どくんと胸が高鳴る。フィーはキュッと拳を握りしめて、口を開けたり閉じたりを繰り返した。その様子を確と見た二人はニンマリと笑い、スッと手を差し伸べた。
「よかったら、俺たちの仲間にならないか!」
「今なら誰も知らないホグワーツの秘密の抜け穴を教えてあげよう!」
「あ………」
二人の手が自分に向かって伸びている。こんな風に誰かに求められるのも久方ぶりのことだったフィーは、考えるよりも先にその二つの手に己の手を重ねていた。じんわりと伝わる人の温もり。思わずフレッドとジョージの顔を見上げれば、ブルーの瞳が嬉しそうに細まった。
「「ようこそ! 悪戯仕掛け人へ!」」
まだ少ない列車の中に響く、歓迎の声。もうその名を聞くことは無いと思っていたのに、まさかまた自分がその名を名乗ることになるとは、かけらほども予想していなかった。
「っ……よ、よろしくお願いしますっ!」
バッと頭を下げたフィーの表情は、喜びに満ちていた。
「んじゃ、そうと決まれば一緒に行くか! あ、荷物荷物っと」
「あ、ごめん。私の持つよ」
「ここは俺らに任せとけってー」
「そーそ。なんせ俺ら紳士だし?」
なんて、紳士には程遠い表情を向けられ、フィーは「じゃあお言葉に甘えて」と吹き出した。どうにもこの双子、かなりイイ性格らしい。狭い通路の中、グイッと梟ゲージを片手に持ったフレッドに腕を引かれ、後ろからはフィーのボストンバッグを持ったジョージに手を繋がれる。――つまり、二人の間。長らく異性と接して来なかった(街の人達は別)フィーにとって、これはかなり恥ずかしい。しかも見た目的には問題ないだろうが、年齢的には完全アウトだ。こんな場面を知り合いにでも見られてみろ、確実に揶揄いの対象だ。そんな想像をしてほんのり頬を赤くしたフィーだが、幸いフレッドもジョージもフィーを間に挟んで会話をしている為、気づくことはなかった。
漸くとあるコンパートメントに着く。フレッドは足を止めて、此方を振り返った。
「ここが俺たちのコンパートメントさ」
「あともう一人、仕掛け人ではないけど一緒に連んでるヤツがいる。いざという時のお助けマンだ」
「(お、お助けマン……)」
「さ、入ろうぜ」
フレッドが扉をガラッと開けた。彼に続いて中に入ると、ドレッドヘアーの男の子が椅子に座ってヒラヒラと手を振っていた。ぺこりとお辞儀をすると、彼も頭を軽く下げ、「おいおい、早速ナンパか?」と双子を揶揄った。ジョージはフィーを窓際に座らせ、フレッドは荷物を棚に置くと改めてリーの台詞に言及した。
「ナンパ? 人聞き悪いぞリー」
「そうだ。悪戯仕掛け人の新メンバーに失礼だぞ」
「……ちょっと待て、俺の聞き間違いか?」
ほけっと口を開けて尋ねたリーに、フレッドは「いーや、記念すべき三人目の仕掛け人だ」と彼の肩を叩いた。
「アンタ、本当にいいのか? 言っちゃあなんだが、コイツら結構ひどいぞ?」
「ひどいとはなんだ!」
「れっきとした慈善事業だ!」
「じ、慈善……。二人の口からそんな言葉が出るとは思わなかったな」
心底びっくりしたようにそう言えば、フレッドとジョージは「・・・」と一瞬口を閉じ、鞄の中をガサゴソと探しながら「どれがいい?」「リーの知らないやつだろ」「ならこれは?」と、どうやら彼に仕掛ける悪戯グッズを手に取っていく。これまで彼らの悪戯グッズを間近で見てきたリーは、目の前でそんなことをされれば口を閉ざすしかない。やれやれと肩を竦めてみせれば、双子は満足そうにハイタッチした。
「俺はリー・ジョーダン。まあ、二人の悪友みたいなもんだ。よろしくな」
「(悪友……)私はフィー・ディオネルです。よろしくお願いします!」
「あー、敬語じゃなくていい。堅っ苦しいのは苦手なんだよ」
心底嫌そうにそう言ったリーに、ディオネルは笑って「了解」と頷いた。
「そういやあ、リー、アレは?」
「手紙で書いてたろ? 捕まえたって!」
「あぁ、捕まえたけど……フィーは大丈夫なのか?」
「私?」
なぜフィーなのか。首を傾げると、フレッドとジョージは「「しまった!」」と頭を抱えた。その仕草に更に首を傾げる。
「本当だ、フィーどうしよう!」
「俺たちは見たい! でもフィーを一人にする訳にもいかないし……」
「「どうしよう!」」
「……ね、一体何?」
とうとう気になって聞いてみれば、二人はビクッと反応した。
「……フィーは生き物……というか、蜘蛛は苦手?」
「クモ?」
「リーがでっかいタランチュラを捕まえたんだよ。でもフィーが苦手なら――」
「タランチュラ!?」
前に座るフレッドに身を乗り出し、目をキラキラと輝かせるフィー。一気に近くなった距離にフレッドは一瞬タジタジになったが、すぐにニヤリと笑って「さすが!」と頭を撫でた。
「へえ、蜘蛛が好きなのか?」
「蜘蛛はもちろん、生き物は大好きだよ! 特に梟と蛇!」
「「蛇ィ!?」」
驚く双子に目もくれず、フィーはリーに「早く早く!」とせがんだ。タランチュラはなかなか見ることのできない、希少な生き物なのだ。リーは歯を見せながら笑い、タランチュラを出そうとする。その間にと、クイクイと隣の人から服を引っ張られた。
「ん? なに、ジョージ」
「蛇ってどんな……って、え、」
「「今………」」
「?? 蛇がなに?」
途中で聞くことをやめたジョージ。フィーは頭にハテナを浮かべるが、ガシッといきなりフレッドに前から肩を掴まれ、「ヒィッ!?」とまるでお化けに会ったかのような反応を見せた。それに構わず、二人は顔を至近距離に近づけてくる。
「な、なっなに――」
「「今、なんて言った!?」」
「は!? え、えっと……え?」
“何”とはなにか。さっぱり分からない。フィーは半笑いになりながら何とかやり過ごそうとした。(タランチュラ……リー早く…!)と念じながら。しかし頼みの綱であるリーは「うわ、今機嫌悪いな…。ほら出てこーい」と呑気に蜘蛛と会話している。
「俺は? 俺は誰?」
「ちょっと、だ、大丈夫? ジョージ、頭打った?」
「やっぱり! マグレじゃない!」
「は? あ、あぁ……」
どうやら名前を当てたことを言いたかったらしい。しかも二度も合ったとなれば、偶然ではない。二人とも嬉しそうに笑ったが、すぐにどこか悔しげに唇を尖らせた。
「あーあ、なんで直ぐ見分けられたんだ?」
「パパやママにも分からないのに」
「んー? まあまあ、いいじゃないそんなことは!」
(モリーもアーサーも、きっと二人を見分けてるはずだけどな)と、彼らの両親に向かって苦笑する。この二人はそっくりなことをいいことに、今まで散々ゲームやら何やらをしていたに違いない。『見分けてくれない』と嘆くのではなく、それを楽しみにしている。モリーもアーサーもその事に気付いているから、わざと間違えたりするのである。
フィーがサラッと流したからか、フレッドとジョージは互いに顔を見合わせてぎゅうぎゅうとフィーを抱きしめた。フレッドがフィーの隣、つまり窓側に座った事によって座席は満員状態だ。「キツい! 狭い!」「「もーちょっと!」」フィーは照れるとかそういう次元を通り越して、もはや疲れ始めている。長く長閑な暮らしをしていたせいか、こういうノリについていけないのは致命的だ。そこへやっとリーがタランチュラを見せてくれたことで双子サンドウィッチは終わりを迎え、フィーは死んだ目をタランチュラに向けた。
「あ、車内販売!」
「なんか買うのか?」
「うん!」
ニコニコとボストンバッグから金の入った袋を取り出して、車内販売を待つ。扉が開いて何かいるかと尋ねてきた店員に「蛙チョコ5箱お願いします!」と注文すると、店員もフレッド達も一瞬言葉を失った。しかし店員はすぐに覚醒し、5箱用意して金を受け取り、コンパートメントから立ち去った。両手に箱を抱えるフィーはほくほく顔を浮かべている。どうやらご満悦のようだ。
「それ、全部食べるのか……?」
「やだなぁリー、何言ってるの」
ニコッと笑いかけると、リーは安心したように息を吐いた。しかし、そんな彼に追い打ちをかけるように、その笑顔のまま衝撃な台詞を吐いた。
「これは、私の一日分のお菓子だよ! 家でケーキを食べずにここまで来ちゃったからね、甘味補給しないと」
ペリペリとお菓子の外装を破き、中の蛙型チョコレートが飛び出さないように素早く口の中に入れる。もぎゅもぎゅと食べる姿は、側から見ているには可愛いが膝の上に乗っている物を一日で食べきるとなれば話は別だ。ドン引きする三人を尻目に、フィーは次々とチョコレートを食べ勧めた。