その星に詰まる想い出
深い眠りから覚めたのは、電子音だった。ベッドからは届かない位置に置いてあり、千紗は「ん゛んっ……」とくぐもった声を出しながら布団から出て目覚まし時計を止めた。しばらくの間ぼうっと部屋を見ていたが、やっと覚醒したらしく「そっか、」と呟いた。

「私、戻ってきたんだった…」

未だその実感が湧かないが、それでも自分は確かにこの場所へ帰ってきた。他の誰でもない、自分の意志で。
クローゼットを開けて制服を取り出す。まだパリッとしたそれに袖を通し、スカートに足を入れる。鏡を見れば己の襟にキラリと光る星が光った。

「……行かないと」

パタンと響く扉の音を背に、千紗は歩き出した。
食堂には既に朝食を食べに来ているたくさんの生徒が集まっていた。テーブルに並ぶ朝食はバラバラだが、何もバイキング形式というわけではない。これはアリス学園において当たり前の光景であり、悪しき風習とも言えるだろう。

――星階級制度、というものがこの学園にはある。それは能力や生活態度によって決まり、階級により小遣いや日常生活に影響が出る。階級は全部で5つあり、上からスペシャル、トリプル、ダブル、シングル、ナッシングとなっており、スペシャルは無条件でプリンシパルと呼ばれる、いわゆる生徒会のような役職に無条件で就くことになり、一般生徒の憧れの的なのだ。

「あっ、おはよー千紗!」
「蜜柑、おはよう」
「寝坊せーへんかってんな」
「さすがに初日から寝坊はしないよ!」
「そっ…そうやんな〜〜あはは〜!」

この反応はしたんだな。千紗は冷や汗を流しながら前を歩く蜜柑の背中を、笑いながら追いかける。トレーに乗った朝食を受け取ると、ここで初めて千紗は蜜柑の階級がシングルだと気がついた。

「蜜柑、シングルだったんだね」
「そうやねんっ!」

とても嬉しそうにニコニコと笑う蜜柑は、席に着いてからシングルになったとある事件を話し始めた。

「あんな、うちこの間まで星なしやってん」
「…星なし? 星なしって、え、本当に存在してたの…?」
「うちやって好きで星なしなったんちゃうもーーん! やけどジンジンが!」

ジンジン――あぁ、神野か。
まだ彼が教師としてここに居たことにさほど驚きはしなかったが、蜜柑からその名前が出てきたことで心底彼女に同情した。大方神野のお眼鏡に叶わなかったのだろう。けれどその程度で神野が星なしを言い渡すかと言われれば、答えはNO。彼は教職に誇りを持っているし、そんな私情を挟んで生徒の階級を決めるなんてことしないはずだ。
だが彼女の生まれを知る者からすれば、納得してしまうのもまた事実。本当なら何をしてるんだと詰め寄らなければならないのかもしれないが、あの事件を知っているからこそ無責任にそんな事は出来ない。

「じゃあ、どうやってシングルに上がったの?」

マイナスの評価から上がるためには、相当な努力が必要なはず。蜜柑はその質問に待ってましたとばかりに不敵に笑った。

「やっぱ気になる?」
「そりゃあ……まぁ」
「ふっふっふ……そんなに言うなら教えてあげよう」

テーブルの上に朝食を置き、所謂ドヤ顔をしてみせた蜜柑の口から語られたものは、千紗の想像を軽く超えていた。

「あの玲生に拉致されて? しかもアリスを使って命からがら学園に帰ってきたぁ!?」
「せやねん……。しかも玲生ってなんか――」
「おはよう、千紗」
「あっ、おはよ蛍」
「もー! 蛍ぅ! うちの言葉遮らんとって!」
「まだ喋る気?」
「え?」
「もうすぐ授業始まるけど」

蛍の台詞を理解するまでに3秒。その後蜜柑と千紗は大慌てでご飯を食べ、教室に向かった。何とか1時間目に間に合ってホッとするが、席に着いて考えるのは授業とは全く関係のないもので。

「(まさかあの玲生が蜜柑を誘拐するなんて……。いや、さっき蜜柑が言ってたのは『棗が誘拐されるところを見て、追いかけたら自分達も誘拐された』。ということは、蜜柑を誘拐するつもりなんてもともと無かった。でも玲生は見逃さなかったはず――蜜柑の母親が、誰なのかを)」

気がつけば黒板に書かれた文字は結構な量で、千紗は思考をそのままに手早く板書していく。教師の声は先程から全く聞こえず、ただ考えることのみ没頭していた。

「(しかもきっと蜜柑はアリスを使ったはず。だとすれば確実に玲生にはバレた……だろうなぁ。あー、どうしよ、玲生が敵だと動きにくいな)」

思わず頭を抱えたくなったが、寸でのところで今が授業中だと思い出し、鉛筆をグッと握りしめるだけに留めた。
その後授業が終わると、鳴海が扉を開け、少しだけ顔を出しながら「はーい、今から能力別クラスだよ〜〜!」と声を掛けてきた。

「あ、千紗ちゃんのクラスは特力だよ〜〜。蜜柑ちゃんと一緒だね」
「えっ、ほんま!? やったー!」
「蜜柑ちゃん、しっかり案内をよろしくね!」
「はーいっ!」
「うふふ、張り切ってるねぇ。それじゃあ千紗ちゃん、初めての能力別クラス楽しんでね〜〜。体質系の子達はまた後で!」

ぱちんとウィンクをすると、鳴海はいい香りを残してさっさと退散してしまった。千紗は嵐のような人だなと改めて昔の彼との違いを噛み締めつつ、行こうと腕を引っ張る蜜柑に頷いて教室から出て、クラス先まで案内してもらう。別に案内などして貰わなくても、数年前まではここで過ごしていたのだから迷わず行けるのだが、鳴海の言う通り今の自分にとっては『初めての能力別クラス授業』だ。そんな生徒が場所を知っていたら可笑しいだろう。

「そういえば、蜜柑のアリスってなんだったっけ?」
「あれ、言ってへんかった?」
「今のところ、蛍のアリスしか知らないかも」
「そっか! うちのアリスは“無効化のアリス”って言って、他のアリスを無効化するアリスですっ」
「む、無効化!? すごい、聞いたことないアリスだ」
「へっへー、やろー?」

ごめん、超知ってるなんて口が裂けても言えない千紗は、渾身の演技を披露しながらその後も説明を受ける。

「蛍……は知ってるんか。委員長は“幻覚のアリス”で、幻を見せれるねんて!」
「じゃあ委員長は潜在系かぁ。蛍は技術系だよね」
「そうそう! あとは……ルカぴょんって分かる?」
「るか……ぴょん? 可愛いあだ名だね、女の子?」
「男の子! 棗と一緒におった金髪の!」
「あ……あー! 分かった! 昨日蜜柑の言ってた“なつめ”っていう男子を教室から連れ出した!」

棗と並ぶ金髪の男の子。まるで天使のようだと思ったが、どうやら可愛いあだ名をつけられているらしい。

「乃木流架って言うねんけど、ルカぴょんは“動物フェロモンのアリス”やねん! もうめっちゃ可愛いねんで!」
「フェロモンってことは、体質系?」
「うん! 千紗にも見せてあげたいわぁ……」
「ふふ、機会があればまた見せてもらおうかな」

なかなかクールな感じだったから、果たして見せてもらえるかどうかは難しいが。

「で、最後は棗!」
「昨日怒ってたやつだ」
「日向棗って言って、棗は“炎のアリス”を持ってるねん」
「へー! 使い方次第では強そう! 炎ってことは……潜在系?」
「ううん。……棗は、危険能力系やねん」
「え…………」

危険能力系とは、昔でいうところの“特別生徒”。呼称が変わっただけで、中身はほとんど変わっていないはずだ。つまり棗は、昔の特別生徒と同じように“任務”を受けているに違いない。

「でな、棗はな、……四つ目のタイプやねんて」
「四つ目?」
「えっと……命が、奪われる……?」
「!」

予想していなかった。まさか棗のアリスの形が“自らの寿命を縮めてしまうタイプ”だったなんて。
一瞬、驚いて声が出なかったが、なんとか喉から絞り出して少しだけ落ち込む蜜柑を慰めるように声を掛けた。

「所詮は大人が決めたことでしょう? 日向くんの良さは蜜柑や乃木くんが分かってるだろうし、それに……アリスは使い方次第で毒にも薬にもなる。日向くんの未来を変えることができるのは、日向くん自身なんだよ。
蜜柑はそれを傍で見て、時に手を貸してあげたらいいんじゃないかな!」
「千紗………」

なんて、受け売りだけれど。それでも私は、この言葉に救われた。
千紗は「そうやな! 今の言葉、棗に聞かせてやりたいわぁ」と太陽のように笑う蜜柑にまた引っ張られながら、今頃暗いところにいる棗の手を引っ張るのは、もしかしたら蜜柑かもしれないと思いながら彼女と繋がれている自分の手を見つめ、苦笑した。

――わたしは、救い出せなかったなあ。


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