堀川国広が行灯を消し戻ってきた。ゆらゆら揺れる明かりはたった一つ。隣の者の姿が薄ぼんやりと見えるか見えないか程度である。そんな中、この本丸にいる全四十四振りの刀剣男士が一斉に審神者の方へと視線を集めた。目を瞑り唇を真一文字に結んでいた少女はすらりと立ち上がる。それから口角を目いっぱいまで吊り上げると一人一人の顔を覗き込むように見つめ返した。くすくす、笑い声が漏れる。
「さて……みんな、ご苦労様。九十九話の物語、本当に面白かった」
「ああ、とっておきの物も語りつくしてしまったからね」
 また集めるのに大変だよとにっかり青江はぼやく。そんな彼に「大丈夫だよ、もう」そう返すと彼女は輪の真ん中に踊るように飛び出た。鮮やかな赤が闇を縫う。まるで女が燃えているかのように見えてしまい、薬研藤四郎は少しばかり眉を顰める。そんな彼に気付いているのか否か。
「さて、じゃあ最後の一話を話そうか」
 鈴の音のような声は暗闇に落ちる。

第百話 ???「百物語の怪」

「なあに、よくある話なんだよ。百物語を語り終えた後に怪異が起こる、誰でも一度は耳にしたことがあるでしょう。本来こういう会をする時は、九十八話目で止めるのがいいとされている。何故かって? 九十九話で止めたとして、誰かが『あれ、さっきまでそこに誰かがいなかった?』とか『さっきから気味の悪い声が聞こえなかった?』だなんて言い出してしまえばそれが怪談となり百話目となり、怪異が引き起こされてしまうから。うんうん、もうみんなは九十九話語り終えてしまったから、こんな今更な事を言ってしまっても、ね。さて、では百話をきっかり語り終え起るものは何か。諸説ある。話をしているうちに寄り集まってきたものが災いを引き起こすとか、有名なところでは青行燈が現れるとか。青行燈っていうのはねえ、まあ簡単に言うと鬼女かな。青い嫉妬の炎にかられる鬼……ハハハ、みんなは普段鬼みたいな形相をした歴史修正主義者と戦ってるもんね、こわやこわや。うん、まあ、それでさ……青行燈でなくとも思うわけさ。百物語により生み出される霊力の大きさについて。みんなが思っているよりそれは強大なものなの。うーん、例えばね、一介の異形がこの場にいる九十九の妖怪を騙すという危険を理解しつつも行うくらいには」
 ゆらりと影が揺れた。ぬるくなった風がぴたりとやんだ。
「ねえ」
 低い声で彼女は呼び掛ける。
「気付いていた? 私が私でないってこと」
 赤い目が暗闇の中で光っている。長い髪の毛を逆立たせるそれの表情を見ることは誰も叶わなかった。瞬間、少年が立ちあがり畳を蹴る。
「なあ」
 強烈な痛みが腹部からじわじわと女の頭のてっぺんから爪先まで伝わる。ぽたりぽたり、赤色が畳を濡らしていた。少女は信じられないとでも言いたげな表情を作り、背後にいる彼の名をゆっくりと紡ぐ「やげん?」。少年は冷淡な顔を彼女に向けた。
「気安く俺っちの名前を呼んでくれるなよ」
「なんで……」
「気付いてたか? 怪談が始まってから一度だって俺たちがあんたを大将と呼んでいないことを」
 話の中でその音を紡ぐことはあっても、あんた自身に呼び掛けたこと、なかったろ。彼女はぐるぐると回る思考を辿りだす。その間も少年は柄まで通してしまおうと、肉を容赦なく抉ってくるのだから堪ったものでない。漏れる呻き声は女の出すか細いものではなかった。「ひぃ……!」一期一振の背からこちらを伺う五虎退から悲鳴が漏れた。百物語の怪はぎらぎらとした殺意を全方向へ放つ。しかし薬研藤四郎が怯むことはなかった。彼の周りに堀川や和泉守、へし切長谷部が駆けより刀を抜き構える。いつでも叩き切ってやる、そんな力強い瞳をして。
「なんだ和泉守、さっきまで兎のようだったが」
「だあからうるせえよ長谷部、ふりだっつーの! ふり!」
「長谷部さん、あんまり兼さんを苛めないであげてくださいよ」
「国広!」
 恥ずかしげに吠える相棒に、堀川は場違いなまでに穏やかな笑いを零す。バケモノは既に少女の姿を保っていなかった。多数の腕や足を生やしながら膨張していく身体に舌打ちをし、薬研は青江の名を呼ぶ。思い切り斬り捨ててやれ。その台詞に「流石近侍様」彼はぼやいた。
「主の腹は貫けない臆病者だがなあ……バケモノときたら話は別だ。しっかり頼むぜ、名に恥じぬよう」
「名、ね。僕としてはこういうのはまったく不本意なんだけれど……」
 言葉とは裏腹ににっかり青江は嬉しそうに微笑み、剣を鞘から抜く。鈍く光る白銀をそれは忌々しげに睨みつけた。真っ赤に充血した双眸に彼は躊躇いもなく振り下ろす。
「笑いなよ、にっかりと」
 短い悲鳴が上がったと同時に、最後の行灯が消える。辺りは暗闇と静寂に包まれた。

 明朝、廊下から足音が聞こえてくる。それはぴたりと部屋の前で止まったかと思うと、障子戸をがらりと開けた。審神者が部屋へ入ってくる。
「あれ、みんなどうしたの」
 なんだか眠そうだけど、少女は不思議そうに首を傾げる。刀剣たちは顔を見合わせるも誰も何も言いださなかった。あれから数時間、今から寝入っても寝坊するのが目に見えていると、腹を括って起きていることにしたのだ。それにあの断末魔は耳にこびりついて離れない。夢に出てこられでもしたらそれこそ目覚めが悪くなる。短刀たちの一部は座布団の上で丸くなって寝息を立ててはいるが。
 あぐらをかきながら少女を見上げる近侍が訊ねた。そういう大将こそ昨日は晩飯にも来ないでどうしたんだ。少女は恥ずかしそうに頬を掻くと「書類にまみれていつの間にか寝ていました……」と告白する。それでも早くに目が覚めすべて終わったのだと弁解をつけて。はあ、彼は溜息を吐いた。
「もうお腹ぺこぺこ。誰かが部屋にきてくれるものだとばっかり」
「あの食いしん坊が出てこないから切羽詰まってるのかとみんな思ってたんだよ。朝飯はたんと食えばいい」
「く、食いしん坊!? まあそのつもりだったけど……」
 少女が腕を差し伸べてくる。薬研は一寸何かを考えていたようだが、大人しく厚意に甘える気になったらしい、華奢な腕をしっかりと握った。ふわりと浮く腰、軽く引き寄せられる身体。皆が朝食にありつこうと背を向け出すのがいやにゆっくりと見えた気がした。右耳に寄せられる唇が紡ぐ。
「今度は刺さないでね、薬研」
 少年の世界が反転、した、


mae tugi 10 / 10
aeka