「へへっ、どうです? なかなか背筋がひんやりしません?」
 鯰尾が努めて明るく周りに同意を求めるも、彼の兄弟たちは顔色を真っ青にしていた。粟田口の部屋、というのに一期一振までもがなんだか苦い顔をしている。そんな中薬研は隣にいる審神者をちらりと盗み見た。にこにこ笑っている。彼女がここまで楽しそうに、嬉しそうにしているのは久しぶりであった。胡坐をかきながら仰ぐ。ああ、面倒だなあ。
 鯰尾が部屋を渡って行灯を消してきた。一つくらいでは明るさはさほど変わりはしなかったものの、その往復を十も繰り返せば徐々に仄暗さが増していく。宗三が溜息を吐きながら戻ってきたところで、長谷部が挙手した。
「今度は俺が語ってもいいでしょうか?」
 審神者は頷く。彼の隣に座る、普段は元気の塊のような浦島はこっそりと蜂須賀の手を握りしめた。それを見ていた乱は真似して「いち兄、僕こわーい」なんてわざとらしく背中に抱き付く。股の間には秋田、左腕には前田、右腕には五虎退ともはやいっぱいいっぱいであった。

第十一話 へし切長谷部 「ねえ、開けてよ」

 先月の事です、第二部隊隊長を主に任命された俺は、鶴丸国永らと鎌倉へ遠征に向かいました。見積もって少なくとも二、三日かかるそれにいつも通り宿を一泊とりました。決して有名ではない、寧ろこじんまりとしたとても雰囲気のいい場所です。六人一部屋では流石に狭いとの意見を聞き、二部屋を借りることにしました。一つは俺と燭台切と鶴丸国永、もう一方が大倶利伽羅と乱藤四郎、それから五虎退。早めの夕餉を済ませ各々が好きに時間を使っていました。俺は鶴丸国永と次の日の作戦会議を、燭台切は大倶利伽羅に用があったらしく部屋を出ていました。半刻前には既に太陽が西に沈み切り、時代も時代で電気などはなく、それこそ行灯の明かりを頼りに紙と睨めっこをしていたその時。コンコン、扉を叩く音が聞こえたのです。二人で顔を見合わせました。宿の者が声をかけに来たのか、それとも別の誰かか。なんとなく黙り込んでいれば扉の前の主が声を上げました「ねえ、開けてよ」。聞きなれたその声に張り詰めていた空気が緩むのを感じました。ああ、燭台切じゃないか。帰ってきたのか。そう思い俺は立ち上がって扉の前まで歩こうとしました。しかし、瞬間、引かれた腕に尻餅をついてしまったのです。
「やめとけ、長谷部」
 鶴丸国永はいつもよりもずっと真面目な顔で俺に囁きました。不思議に思い彼の顔を見つめていれば小さく続けるのです。鍵は閉めていない。「ねえ、開けてよ」二度目のどこか間延びしたヤツの声が聞こえます。たらりと背中に汗が伝うのがわかりました。身動きが取れずにいる俺に代わってか鶴丸国永が返事をしました。ああ、開いているよ。けれども外にいる「何か」は何も聞こえていなかったように言うのです「ねえ、開けてよ」。漸く俺はこの声が燭台切のものではないことに気付きました。血の気が引く、とはまさにこの時の感覚を言うのでしょう。とにかく気持ちが悪く、おまけに風邪を引いた時のようなゾクゾクとした寒さを全身に感じました。互いにだんまりの状態が三分は続いたでしょうか。俺には一時間とも二時間とも思えるような長さでしたが。ガタン、扉が大きな音を立てて揺れました。それを皮切りに何かは呪詛を唱えるが如く。
「ねえ、開けてよ開けてよ開けてよ開けてよねえあけてあけてあけてアケテネエネエあけテアケてアケテ」
 今までのどの戦よりも恐怖を覚えました。鶴丸国永の顔色も心なしに青く見えます。
 どれくらいの間自分の両耳を押さえていたでしょうか、突如扉が開きました。思わず刀を構えれば不思議そうな顔をした燭台切が立っているのです。「どうしたの、長谷部くんに鶴さん」その問いかけに全力で脱力したものです。ああ、終わった。その後聞いてみるもやはり燭台切は今の今まで大倶利伽羅の部屋にいたらしく「ねえ、開けてよ」だなんて俺達を怖がらせるようなことは誓ってしていないといいました。いやはやあれはなんだったのか、今でもこの疑問が解決することはありません。それと同時に思うのです。あの時、扉を開けてしまっていたら俺たちはどうなっていたのだろうかと。


mae tugi 3 / 10
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