百物語とは日本の伝統的な怪談会の形の一つである。怪談話を百語り終えたときに、本物の怪が現れる、なんて背筋の寒くなるような噂もついて回っていた。真偽のほどはわからないが。怪談文学も多く書かれており、江戸時代には一種のブームになったとも言われている。にも関わらず短刀たちと揃いの青い顔を並べるのは、和泉守だった。隣で堀川国広がにやにやしている。かっこよくてつよいを自称するだけに、下手に相棒に泣きつけないのだろう。
 偶然かはたまた狙っていたのか、今夜は新月だった。刀剣男士と審神者が集まる部屋は無灯である。襖を大きく開けたその隣の部屋にも灯りはない。しかしL字型の、いちばん奥まった部屋に百の行灯があるおかげか互いの表情を認識できる程度には明るかった。行灯と共に隅っこに設置された黒い机にはご丁寧に鏡が置かれている。最初、帯刀も審神者は良しとしなかったがそれだけは勘弁してくれや、と近侍である薬研藤四郎が言い、それに魔除けの刀を飾る流儀もあると加州が加勢した。彼女は二人に寄られ渋々頷く。随分と本格的なことで、余裕綽々とでもいうようににっかり青江は笑った。
 さあ、最初は誰からにしようか。にっかりとはまた違う、満面の笑みで円になった刀剣たちを見回す女。この本丸には現在審神者を合わせ四十三人がいる。だいたい一人が二、三回を語ればこの会は終わるだろう。静寂を切るように、スッと手を上げた者がいた。
「俺が話してもいいですか?」
「ああ、勿論。よろしくね、鯰尾」
「はい、任せてください!」
「フン、そこの新撰組羽織の奴は耳でも塞いでいた方がいいんじゃないか?」
「長谷部テメェ! 俺の事か!?」
「はーいはい、兼さん落ち着いて」
 どうどう、馬を宥めるがごとく声をかける堀川。ぎりぎりと拳を握りしめていた和泉守であったが漸く落ち着いたのか、半分ほど浮いていた腰を下ろした。

第一話 鯰尾藤四郎 「んーーーーー」

 弟たちのお化けが怖いからという願いで夜中に揺すり起こされ、厠に付き添うことは何回かあったものの、俺自身は特にそういった類のものを信じているわけではありませんでした。けれどここ最近、一人で粟田口の部屋にいると、昼夜を問わずに鼻歌のようなものが聞こえるんです。それは女の低い声のような、男の呻き声のような、どちらにも取れそうな不思議なものでした。「んー、ん〜……」よく耳を澄まさなければ気付かないほどに、遠くから聞こえてくるんですけど、そのまま放っておくと声はどんどん俺の方へと近づいてきます。「ん〜……んーんー……」それでも気にしてはいけないとそのままにしていれば、意識を集中しなくても聴こえるほどに近づいてくる。これはまずいものなのではないかと、怪奇現象に詳しくない俺でもわかりました。こんなに鳥肌が立つのって、検非違使たちと初めて遭遇した以来なんですよ、って言ったら伝わりますかね。とにかく付喪神とされる、妖怪に近い存在でも気分が悪くなるような声でした。だから俺はその声に気付いたら、前に主さんに教えてもらった般若心経……っていうんでしたっけ、あれの最後の部分を繰り返し唱えるようにしていました。これはね、悪いものにはよく利くからねと言われたのを思い出したんです。効果があったのかなんなのかはわからないけれど、繰り返し唱え続けていれば声はだんだん遠ざかっていきました。それか途中で他の兄弟が入ってきて、途切れるんです。なんで俺なんだって話なわけですよ、本当に。えっ、普段の行いだって? えー、戦には真面目に出てるし内番だってそこそここなしてるのに。まあとにかくその声が聞こえ始めるのは完全に不定期なわけで、かといって他の部屋でくつろぐわけにもいかず。早く気付ければいいんですけどね、ぼんやりしてればそいつ部屋にの中にまで入ってくるんですよ。んーって。そういえばこの間、主さんのあいぽっどとへっどふぉんという、音楽を聴く絡繰りを貸してもらったじゃないですか、俺。非番の日に早速聴いてみて、すごい道具だなあって余韻に浸りながら外したんですよ。そしたら耳元で「んーーーーーーーー」って。あの後の事、あんまり覚えてないんですよね。ただ明け方に遠征から帰ってきた骨喰に起こされて。いやあ、流石にちょっと怖かったかなって。ハハハ、相変わらずまだ聞こえてきますよ、勿論。ほら今も、あれ? やっぱみんなには聞こえない?

(出典:洒落怖「んーーー」より)

mae tugi 2 / 10
aeka