蛍丸が懐中電灯を切り、行灯を消してくるとどこからともなく蛍が一匹、部屋へと紛れ込んでくる。小さな明かりを精一杯光らせるそれに一同は暫し沈黙したが、審神者の「次は?」の一言に我に返った様子だった。淡々と怪談話は消化されていく。薬研藤四郎は退屈そうに背筋を伸ばすと輪をぐるり、見回した。先ほどから気になっていたのだが、時折石切丸が何もない空間をシッシと小さく追い払っているのは何故だろうか。予想はつくが脳が考えることを放棄している。まったく、隣にいるやつよりよっぽどそっちの方が恐ろしいなあと心の中でぼやいた。
さて四十三話目を「雅じゃない話なんだが」とわざわざ前置きをし、始めてくれた歌仙兼定の語りが終わった。厨にまつわるものだったせいか、よく鍛錬のあとにつまみ食いで立ち寄る御手杵と同田貫正国が心なしに顔を青く染めている。もし出たとしても刺して斬り捨てればいいものを。自分としては幽霊を見るよりも検非違使に遭遇する方が倍以上背筋がゾッとする。そして四十四話目、不吉な数字が並ぶその回にはたと皆の動きが止まった。面々が口を噤むなか、視線を注がれるのが、一口。彼はやれやれとでも言いたげに首を横に振ってから、スッと双眸を細める。
「こんなに熱い視線を向けられてるんだ、期待に沿う話をしなくちゃね」
「真打登場、ってやつかい?」
「やだなあ。別に大したものでもないよ」
にっかり青江は静かに音を紡ぎだした。
第四十四話 にっかり青江「天井裏の異世界」
そんなに身構えないでほしいなあ、みんなみたいに言うほど怖い話ってわけじゃないから。コホン。遠征も内番も任されなかったある日、脇差部屋で読書をして過ごしていたんだ。ええとなんて本を読んでいたかなあ、主の部屋から勝手に拝借したものだったから題は定かではないけれど、確か推理小説と呼ばれる類だったと思う。僕らの主はなかなかに刺激を求める質みたいで、結構過激な内容だったよ。……と、それは置いといて。半分ほど読み進めてからふと上を向くと部屋の天井板が少しずれているのを見つけたんだ。ぽっかり空いているそこに不可解な気持ちを抱かなかったわけではないけれど、どちらかというと好奇心の方が勝った。懐中電灯を片手に持ち、机と椅子を使って照らしてみたんだけど、広々とした空間が広がっているだけでなんら問題はない。そこで少しばかり冒険心が働いたわけさ。このどこまでも先がありそうな空間にひょいっと登り込んで、四つん這いになりながらずんずん進んだ。そうこうしているうちにあれだけらんらんと光り輝いていた懐中電灯がスッと暗くなってね、いやあ驚いた。電池はこの間変えたばかりだし、なんて考える余裕もないくらいだったよ。なんせ僕ら脇差は夜目が良く効くはずであるのに、一面の闇しか見えなかったんだから。ぞくぞく悪寒が背中を這いあがってくるのを感じたけれど、戻ろうとしても馬鹿だよねえ、進みすぎたのか部屋の明かりさえ見失ってしまった。僕は完全に天井裏で迷子になってしまったようだった、情けないことに。本当の真っ暗闇の中にいたことがある人はわかってくれると思うんだけど、方向感覚ってものが完全に麻痺してしまう。次第に自分がどの方向に向かっているのかもよく分からなくなってしまった。そのままあてもなく……そうだなあ、十分くらいは歩き回っただろうか、だいぶ先の方に何か光を放っているものを見つけたんだよ。ああ、助かったと夢中になって進んだね。でもさ、すぐにそんな気持ちもしぼんでしまったんだ。何故かって? ふふ、何故だと思う? いやあ、今でも信じられないんだけどさ、見たこともない庭の明かりだったんだよね。何を言ってるのかわからない? うん、不思議なことに天井裏に一つの大きな庭があって、僕はその明かりを頼りに進んできたってわけさ。行くあてもないからね、勇気を出して飛び込んだんだ。はい、この話はおしまい。無事に戻れたんだからなにひとつ怖いことない? ふうん、そう思う? 僕が今こう言っても?
「まだそこの庭から出られていないんだよね」
僕の知ってる庭は、本丸は、みんなは……なんてね。
(出典:洒落怖「天井裏の異次元」より)
mae tugi 5 / 10