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融和性アルカディア
- Anastasis -

Caption

・名前N…「ナレーション」および「地の文」としてお読みください。
・配役の関係上、セリフ量にバラつきがある場合があります。ご了承ください。

舞台設定


〈背景〉

此処は大きな時計塔がそびえ立つ、小さな村。
鬱蒼と茂る森の奥──居場所を追い出された者たちは放浪の末、不思議とこの村に辿り着く。
種族も年齢も異なるはぐれ者達が集う此処はいつしか、迷える牧人の楽園……
“アルカディア”と呼ばれるようになった。

そこにあるのは、ひとりの人間と、ひとつの魂の触れ合い。

〈配役〉♂4:♀1 

少女 - Olga / オルガ:♀
アルカディアの教会に修道女として従事する少女。小柄で実年齢よりも幼く見られることも多いが、本人は特に気にしていない。あっけらかんとした性格で、大抵のことをすんなりと受け入れている。誰にでも平等に接するため、人間・魔物の両方から好かれやすい。

人狼 - Ricardo / リカルド:♂
アルカディアで暮らす人狼。狼の姿に自由に变化することができるが、普段は人間の姿で暮らしている。目付きの悪さと口数の少なさ、188cmの図体により、相手に威圧感を与えがち。そんな無愛想な外面とは裏腹に、情に厚い一面がある。

召喚士 - Glenn / グレン:♂
アルカディアの村外れの高原に住む男。極度の人嫌い、頑固者と称されるが、魔物医や召喚士としての信頼は厚い。作業着を兼ねたサスペンダー姿が特徴的。日に焼けた肌と伸びかけの白髪により、精悍な顔立ちが際立っている。

葬儀屋 - Sylvester / シルヴェスター:♂
右目を覆い隠す前髪から覗くのは、威圧的な視線。荒い口調に大雑把な性格が垣間見えるが、葬儀屋としての評価は高い。無造作に伸びた赤い長髪、着崩された正装の内側には、常に煙草と回転式拳銃が収まっている。

死神 - Gilbert / ギルバート:♂
首元で結われた伸ばしかけの白髪の隙間に、金色の耳飾りが揺れる。どこか飄々としており、のらりくらりとした言葉は真意を掴めない。白い作業服を着てアルカディアの墓地に現れるが、彼の姿は他者からは目視できないようだ。

第13話



人狼N:異郷いきょうの果てのアルカディア。その村に一人の少女が住んでいた。信者がいない教会で、信仰深く祈りを捧げる。彼女の務めはシスターだった。ステンドグラスから差し込む月の光が、琥珀色の頭に、そっと円を描いて輝いている。これはそんな一人の少女と、ひとつの魂の物語。  

(間)  

(召喚士、教会にやって来る。)
(人狼、動かない少女を抱えている。)

人狼:オルガ!……っどうして!なんで!俺なんかのために……ッ!

召喚士:! リカルド!

人狼:グレン!オルガが!オルガが……!

召喚士:ッ…、嬢ちゃんか……

人狼:なあ!グレン、助けてくれよ!オルガを死なせたくない、俺はっ……俺は、また大事な人を失いたくない!

召喚士:……わかった、リカルド。少し座って話そう。

人狼:座って?何言ってんだよ、…アンタ医者だろ?…早くオルガを助けてくれよ!

召喚士:この嬢ちゃん、オルガのことで、…俺から言いたいことがある。

人狼:……、……何だよ。

召喚士:この椅子にでも座って、落ち着いて話をしよう。

人狼:……グレン?  

(間)  

(召喚士、人狼は礼拝堂の椅子に腰掛けている。)  

召喚士:…一応、聞いておくが…嬢ちゃんから何か聞かされたか、お前は。

人狼:……何も聞いてない。……ただ俺が見てる目の前で血を吐いて、倒れた。俺はただオルガが弱っていくのを見てただけだ。……ッ畜生、また救えなかった。…俺は、そばにいたのに。今度は死なせないって、思ってたのに……!

召喚士:リカルド、……一回、落ち着け。深呼吸だ。

人狼:落ち着いてられるかよ!また……ッ、また俺は大事な人を、目の前で失ったんだ!

召喚士:リカルド!!

人狼:ッ!

召喚士:落ち着け!…俺の目を見るんだ。自分が不安定な状態であることを自覚しろ。……今、お前は無意識に人変化ひとへんげを解いている。お前が完全に狼になっちまったら、俺ひとりじゃ太刀打ちできねェ。…暴れ回ってもいいが、…この聖堂だって、嬢ちゃんの大切にしてた場所だろ?

人狼:……──ッ…、

召喚士:冷静になれ。いいか、深く呼吸して平静を保つんだ。…俺が今からする話を、受け入れるためにも。

人狼:……話を、受け入れる?

召喚士:ああ。お前がこの先に進むために、俺からしなきゃいけねェ話がある。

人狼:…何だよ、話って……

召喚士:…結論から言う。嬢ちゃんは、死ぬことを自ら望んだ。

人狼:……え?

召喚士:お前が銃で撃たれた時だ。……実はそのとき、お前は一度、死んだ。

人狼:……ああ。オルガが死ぬ前に教えてくれた。俺は一度死んだんだって。だが、死ぬことを望んだって……どういうことだ。

召喚士:それを今から話す。……あの時、男が狙っていたのは嬢ちゃんだった。確かに自分が狙われていた。それをリカルドが庇ってくれたと。

人狼:そうだ。俺は、オルガを助けたかった。だから庇った。なのに……

召喚士:そうだよな。それで身代わりになったお前は、腹に銃弾を喰らって、…死んだ。

人狼:………。

召喚士:自分のせいでお前が死んだと思った嬢ちゃんは、お前を助けたかったみたいだ。どうしても。

人狼:……それも、聞いた。何でも願いを叶える薬をつくってもらったって。

召喚士:俺の連れにな、……その薬で願いを叶えてもらったヤツがいるんだよ。エレノアっつう人魚なんだが、……。……この村以外の人間にも、魔物にも、誰にも言うなよ。……実はココだけの話、ソイツはその薬で異種転生を叶えてる。

人狼:…異種転生?

召喚士:ああ。禁忌と言われている、種族を超越して別の種族に生まれ変わることだ。この世に生を受けたものは、絶対にやっちゃいけねえことになってる。…それを、その薬で叶えたんだ。

人狼:禁忌……。

召喚士:だからエレノアは嬢ちゃんに教えたんだ。薬の話を。その話を聞いた嬢ちゃんは、飛び出して行った。

人狼:……。

召喚士:……で、だ。……嬢ちゃんは、…薬を持って帰ってきた。どんな“状態”も治る薬を作ってもらったと言っていた。…恐ろしいほどに落ち着いていたよ。俺は一目見て、取引が成功したんだろうとわかった。

人狼:取引?

召喚士:ああ、願いを叶えるには、それ相応の対価が必要なんだ。その薬の対価は、…寿命だった。

人狼:オルガは、自分の寿命を売ったってことか…?

召喚士:……蘇生の薬にはどうしても、寿命……生命力が材料として必要らしい。お前は死んでいたから、戻ってくるかどうかもわからない状態だった。それでも嬢ちゃんは、寿命という代償を支払った。払える分だけの命を払って、とびきり強い薬を作ってもらったらしい。

人狼:……!

召喚士:その薬を作ってから嬢ちゃんの余命は……もう数えるほどしか残っていなかった。だから、お前が息を吹き返したときは、……俺は、心底よかったと思った。

人狼:…………ッ…

召喚士:嬢ちゃんは、お前のために命を払った。お前を生かして、自分が死ぬ。それが、嬢ちゃんの「望み」だ。

人狼:………ックソ……!

召喚士:……リカルド。……残されたお前は、辛いかもしれない。…だが嬢ちゃんの気持ち、…庇ったお前なら、わかるだろう?

人狼…ッオルガ……

召喚士:俺が伝えたかった話は、以上だ。……くれぐれも、自分の寿命で薬を作るなんて馬鹿な真似はするなよ。嬢ちゃんは自分の寿命を「使い切った」。蘇生する保証はないんだ。分け与えられた命だ。大事にしろ。

人狼:……、……

召喚士:……リカルド。つらいだろうが……

人狼:…………悪い、グレン。…少し、ひとりにさせてくれ。

召喚士:……ああ。

(召喚士、立ち上がり聖堂を出ていく。)  

人狼:……、……オルガ…。…なんで、アンタが死ななきゃ、いけなかった…?なんで、俺を、助けたんだよ…。…アンタだけが、俺の居場所だったのに……オレは、……アンタに生きててほしかったのに、……あぁッ……、あぁあ…………ぅうあァ゛ァ゛ァ゛!!!  

(間)  

少女N:ふたりの影を残した聖堂、取り残されたひとりの咆哮が、つんざくようにこだました。少女の亡骸は目を閉じたまま、静かにそこに横たわっていた。物言わぬ空はどこまでも、高く、遠く、晴れやかだった。  

(間)  

葬儀屋:ギルー。……オイ、ギルバート!…ックソ、こんなときにいねェのかよ。

死神:呼んだ?

葬儀屋:…あア?いるならさっさと返事しろ!

死神:どうしたの、そんなにせわしくして。アンタらしくないね。

葬儀屋:アァ?俺は常に忙しいんだよ。お前と違って。

死神:時間に追われているなんて、かわいそうに。まるで冥府の役人みたいだ。

葬儀屋:憐れむんじゃねェ。

死神:ハハッ、……ああ、そうだ、冥府で思い出した。アンタに話があったんだ。

葬儀屋:…なんだ。

死神:オルガのこと、確かに殺したんだよね?

葬儀屋:ああ、俺もその話をしようと思っていた。…オルガは死んだ。一時はどうなることかと思ったがな。…あの狼の身代わりになったって話だ。…さっき様子を見に行ったが、確実に死んでいたと思う。

死神:……、そっか。

葬儀屋:……何かあったのか。

死神:いや。……。

葬儀屋:……何だ、言え。

死神:……冥府にいないんだよ。

葬儀屋:え?

死神:ふつう、業の深い魂は、現世を離れたらすぐ冥府行きだ。審判に掛けられるヒマもなく、真っ直ぐ地獄へ落とされる。…オルガは多くの人を自分の手で殺めたうえ、両親も手にかけた。意図的ではないとしても親殺しの罪はかなり重い。…それが冥府に来ていないのは、ハッキリ言って異常事態でね。…アンタはなんか知ってる?

葬儀屋:いや、……俺も心当たりはない。

死神:そうみたいだね。となると、残る可能性は、……。なあ相棒。オレに考えがあるんだけど…

葬儀屋:考え?

死神:それを叶えるためには、アンタの協力が必要だ。

葬儀屋:…今度は何だ。

死神:心配要らないよ。今度はアンタの本業だ、…葬儀屋アンダーテイカー。  

(間)  

葬儀屋:よう。

人狼:!!アンタ…!

葬儀屋:どうどう。怒るなって、…ッ!

人狼:アンタの所為で、オルガが死んだ。…なんで殺した。アンタの目的は何だった?

葬儀屋:…、おっかねェ目。お前が魔物だって話、マジみてェだな。

人狼:はぐらかすな。俺の質問に答えろよ。

葬儀屋:あァ。ちょうど、俺もそれを伝えようと思って来たんだ。

人狼:……あァ?

葬儀屋:凄むなって。話すから……、放してくれ。

人狼:……。

葬儀屋:…お前、冥界の話は知ってるか。

人狼:……冥界?

葬儀屋:……全部話せば長くなる、要はこうだ。冥界の死神達がオルガを狙っていた。……オルガを差し出さなければ、アルカディアを滅ぼすと言われた。

人狼:アルカディアを?……

葬儀屋:だから俺は、オルガを差し出すことにした。

人狼:そんなこと、

葬儀屋:よく考えろ!…オルガひとりと、アルカディア全員の命だぞ。ひとりを差し出せばみんな助かる。誰だってそうするだろ。

人狼:いいや、俺ならしない!

葬儀屋:ッ……

人狼:オルガは俺の、……一番大事な人だ!……アンタのせいで、オルガが死んだ!アンタに……ッ、アンタに殺されたんだ!

葬儀屋:……、そうだ。……オルガは、俺が殺した。

人狼:…ッ!

葬儀屋:それは事実だ。ただ、

人狼:よくも……!

葬儀屋:聞けって!オルガはまだ死んでない!

人狼:──…………、は?

葬儀屋:いや、…まア、推測だがな。

人狼:まだ、…生きてるのか……?

葬儀屋:いンや、どう見ても死に顔だ。息がないのは確実だろう。……しかしどうも、冥府の方で見えねェらしい。

人狼:…冥府?

葬儀屋:細かい話は後でいい。今は手がかりが欲しいんだ。お前、何か知らねェか?

人狼:……何かって、何だよ、……。

葬儀屋:そうか。……もし生き返ったのならお前のところに居るんじゃねェかと、思ったんだが。

人狼:……!

葬儀屋:なあ。蘇る奇跡なんか待ってても仕方がねェ。どうだ、……今からオルガのことを弔ってやらねェか。

人狼:……え?

葬儀屋:弔う。……死者を葬ってやるんだ。土に還すなり、火で燃やすなりしてやらねェとな。魂も逝きたいところに逝けやしねェ。

人狼:燃やすなんて馬鹿なこと、

葬儀屋:礼儀だよ。死者への礼儀だ。

人狼:礼儀?

葬儀屋:死体を放置するのは、死者に対して無礼にあたる。それに、役目を終えた魂は自然に還してやるのが一番だ。火葬が嫌なら、ほかのやり方はいくらでもある。

人狼:……。

葬儀屋:勘違いしねェでほしいのは、別に俺も、オルガを雑に扱ってるわけじゃねェってことだ。オルガは、俺の気の置ける仕事仲間だった。いや、俺にとって、…大切な友人のひとりだったよ。お前と同じように、俺もオルガに救われていた。だから俺たちで埋めるんだ。…彼女が、安らかな眠りにつけるように。

人狼:……、……。……オルガのことは、できるだけ傷つけたくない。

葬儀屋:わかった。なら、土葬にしよう。…俺も本業だ、手慣れてる。傷つけることは絶対にしない。…誓うよ。

人狼:………、……わかった。  

少女N:そうして少女は、ふたりの青年の手によって葬られた。参列者は彼らだけ。棺桶へと納められ、静かに蓋が閉められていく。少女の顔は安らかで、「まるで眠っているようだ」と彼らは思った。そうしてふたりは目を閉じて、眠る少女へ祈りを捧げた。太陽が燦々と照る、とある真昼のことだった。

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