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融和性アルカディア
- Anastasis -

Caption

・本作品は、『融和性アルカディア- Anastasis -』本編の外伝となります。
・名前N…「ナレーション」および「地の文」としてお読みください。
・配役の関係上、セリフ量にバラつきがある場合があります。ご了承ください。
・上演時間目安は約60分です。◆印や前編・後編で分割していただいて構いません。

舞台設定


〈背景〉

此処は大きな時計塔がそびえ立つ、小さな村。
鬱蒼と茂る森の奥──居場所を追い出された者たちは放浪の末、不思議とこの村に辿り着く。
種族も年齢も異なるはぐれ者達が集う此処はいつしか、迷える牧人の楽園……
“アルカディア”と呼ばれるようになった。

そこにあるのは、ひとりの人間と、ひとつの魂の触れ合い。

〈配役〉♂3:♀3 

少女 - Olga / オルガ:♀
アルカディアの教会に修道女として従事する少女。小柄で実年齢よりも幼く見られることも多いが、本人は特に気にしていない。あっけらかんとした性格で、大抵のことをすんなりと受け入れている。誰にでも平等に接するため、人間・魔物の両方から好かれやすい。

人狼 - Ricardo / リカルド:♂
アルカディアで暮らす人狼。狼の姿に自由に变化することができるが、普段は人間の姿で暮らしている。目付きの悪さと口数の少なさ、188cmの図体により、相手に威圧感を与えがち。そんな無愛想な外面とは裏腹に、情に厚い一面がある。

はぐれ人狼 - Eve / イヴ:♀
親とはぐれた小さな人狼の子ども。基本的には物怖じしない性格で快活だが、物事に対する分別は歳相応。褐色の肌に紺色の短髪、薄い細身の骨格、低くも高くもない声色から、一見では活発な男の子のように見える。

店主 - Grandis / グランディス:♂
とある飲食店の店主。

父狼 - John / ジョン:♂
イヴの父親。

母狼 - Mary / メアリー:♀
イヴの母親。

   

フロックスのたより


はぐれ人狼N:異郷の果てのアルカディア。その村のひどく寂れたひとつの教会。人狼は不思議な夢を見て、少女は彼に居場所を与えた。ほかに何処にも行けない二人は、此処でともに生きていた。ただ穏やかに、そこに二人の安寧がある。これはそんな日々に咲いていた、ひとつの魂の物語。

少女:サフラン、フィノッキオ、ヴェルジュ……これで必要なものは全部揃ったかしら。

人狼:ああ、買えたんじゃないか。……ん?

少女:どうかした?

人狼:前に、何か足りないって言ってなかったか。…たしか、クローブ?

少女:そうそう、忘れるところだったわ。よく覚えてたわね。

人狼:スパイスの類は、爺さんによく教えられたんだ。

少女:ひとおおかみさん、料理上手だものね。

人狼:人より少し経験があるだけだよ。オルガの方が上手だろ。

少女:私だって、人より少し経験があるだけよ。じゃあ、最後にお店に寄って帰りましょうか。

人狼:俺が行ってくるよ。

少女:私も行くわ。

人狼:いや、待っててくれ。

少女:待つって、ここで?どうして?

人狼:アンタはさっきも流されてたし、今は荷物も抱えてる。なのに、またあの人混ひとごみに突っ込んで、無事に帰ってこれると思うのか?

少女:……

人狼:何のために俺がついてきたと思ってるんだ。

少女:……そうね。じゃあ、頼んでもいいかしら。

人狼:最初からそう言ってるだろ。すぐ戻ってくるから、ここで少し待っててくれ。

少女:ありがとう、わかったわ。気をつけてね、ひとおおかみさん。

人狼:ああ。

少女N:彼を見送った後、市場の椅子に腰掛けた。中身を転がさないように、慎重に紙袋を横に置く。今しがた回ってきたばかりの市場の方へ顔を上げると、やはり街全体がいつもよりも活気づいているように見えた。アルカディアの新年を祝う祭りが、もう1ヶ月後に迫っていた。その準備の一環で市場に赴いたが、ひとおおかみさんは私よりも二倍ほどの背丈がある。きっと人混みに流されることもないだろう。……これまでひとりでこなしていた量も、彼の手助けによって、随分と楽になった。清掃も、雑用も、日常生活の些細な瞬間に、私は彼に感謝しきりだ。だが彼の存在が大きいのは、それだけのことじゃないだろう。そんなことを考えながら、吹き抜ける初夏の風に目を閉じた、…そのときだった。

少女:あっ、こら、待ちなさい!

少女N:少し目を離した瞬間に、買い物袋の中から、オレンジが盗まれた。私は急いで紙袋を抱え直し、路地裏に入っていく人影の後を追った。

◆◆◆

少女:はぁはぁ……誰もいない……あの子はどこに…、…きゃっ!

少女N:背中に何かが勢いよく衝突した。振り返ると、こちらを見下ろす子どもと目が合った。濃紺の短髪に、鋭い光を宿す瞳。彼か、彼女か。外見から性別は判らなかったが、人間の子どものように見えた。少し息があがっていて、焦りの入り交じるような表情が少しだけ気になった。その子は私にすがりつくようにして言った。

はぐれ人狼:……助けて。

少女:……え?

店主:待てこの野郎──!

はぐれ人狼:!

店主:ハアハア……ようやく追いついた。逃さねえぞ。

少女:……。

店主:ア?テメエはなんだ。そいつの親か?

少女:……いいえ。ただの通りすがりよ。でも修道女シスターとして、見過ごすわけにはいかないわ。

店主:あァ?修道女シスターだ?…何だか知らんが、引っ込んでろ。もしくはソイツをこっちに寄越せ。

少女:この子が何をしたの?

店主:タダ喰いだよ。無銭飲食は立派な犯罪だって、知ってンだろ?修道女シスターならよ。

少女:……だからって追いかけてきたの?こんな路地裏まで。

店主:ソイツが逃げるからだ。いくら子どもでも、客には金を払ってもらわねえと。食ったら払う。それが 常識だろ?

少女:……。

店主:店で客を待たせてんだ。なァ修道女シスターさん、オレも暇じゃねェ。さっさとソイツをこっちに渡せ。でなきゃてめェが代わりになるか?

少女:……いいわ。

店主:……え?

少女:この子が食べた分を、私が払う。それで解決するんでしょう。

店主:な……

少女:いくらなの。

店主:……1800ユリオンだ。

少女:じゃあ、2000ユリオンで手を打ちましょう。…お釣りはいいわ。手間取らせて悪かったわね。

店主:……クソッ。ああ、いいよ。……おいお前、次は無ェからな。

少女:……行ったみたいね。ケガはない?

はぐれ人狼:……ないよ。

少女:怖かったわね。でももう大丈夫よ。貴方のおうちはどこ?

はぐれ人狼:ない。

少女:ない?親御さんとはぐれたの?

はぐれ人狼:親はいない。

少女:いない?

はぐれ人狼:うちもないし、親もいないよ。

少女:……そう。じゃあ、私と一緒に来る?

はぐれ人狼:え?

少女:今から帰るところなの。

はぐれ人狼:いいの?

少女:もちろん。行く宛がないなら、泊めてあげることもできる。あそこに見える教会に務めてるの。これから夕食でも、一緒にどうかしら。

はぐれ人狼:……うん。

少女:決まりね。私はオルガ。あなたは?

はぐれ人狼:名前……ないや。決めて。

少女:私が決めていいの?

はぐれ人狼:うん。

少女:そうね。……じゃあイヴ、はどう?

はぐれ人狼:イヴ?

少女:あの夕陽になぞらえてみたの。

はぐれ人狼:…夕陽?

少女:きれいな夕陽のことを、そう言う国があるのよ。…どこにあるかは、忘れてしまったんだけど。きっと今日みたいに、空がオレンジ色に染まって、風も心地いい国なんじゃないかと思うわ。

はぐれ人狼:……。

少女:イヴは、嫌?

はぐれ人狼:……ううん。イヴ、いいなって思った。

少女:気に入ってくれた?

はぐれ人狼:うん。

少女:よかった。

少女N:イヴの手を優しく引っ張りながら、ゆっくりと市場への道を歩いていく。すれ違う人もいない。ふたりだけの影法師だけが伸びていく。市場から聞こえる喧騒が大きくなって、広場が見えてきたあたりで、イヴが不意に口を開いた。

はぐれ人狼:……オルガ。……あの。

少女:……?あら、このオレンジ。

はぐれ人狼:オルガの荷物から、さっき盗んじゃったの。許してもらえるかわからないけど、……返そうと思って。ごめんなさい。

少女:いいのよ。こうして返ってきたことだし、オレンジに足が生えたと思いましょう。

はぐれ人狼:……オレンジに足は生えないよ。

少女:そう?じゃあ羽が生えた、でもいいわね。

はぐれ人狼:羽も生えないって。

少女:ふふっ。

はぐれ人狼:……何?

少女:貴方にとてもよく似てる人がいるの。その人みたいだなって思って。

はぐれ人狼:似てる?

少女:ええ。私と同じ教会に務めてるの。後で紹介してあげる。

はぐれ人狼:……わかった。

少女:あ、そういえばイヴはさっき、ご飯を食べたばっかりよね。お腹は空いてる?

はぐれ人狼:空いてる。さっきは、あんまり食べられなかったから。

少女:そう。その様子だと、美味しかったのね。あの人の料理。

はぐれ人狼:うん、まあ、味は……結構好きだったんだけど、もう行けなくなっちゃった。

少女:時間が経てばきっと許してくれるわよ。

はぐれ人狼:そうかな。

少女:ええ。このオレンジは、夕食のデザートにしましょうね。好きなんでしょう?

はぐれ人狼:……。うん。ありがとう。

少女:どういたしまして。

◆◆◆

少女N:ひとおおかみさんと市場で分かれてから、小一時間ほど経過していただろうか。イヴを連れて教会に向かうと、ひとおおかみさんもは、すでに戻っていた。外ではぐれたら、相手を待たずに教会に戻る。そういう約束を彼としていた。落ち着かない様子で聖堂の入り口に立っていたひとおおかみさんは、私たちの気配に気づくと、ほっとしたような表情で言った。

人狼:おかえり。遅かったな……って、なんだ、それ。

少女:何って、子ども。

人狼:見ればわかるよ。一体、どこからツッコめばいいんだ?

少女:そうね、まずはこの野菜たちを貯蔵棚に。

人狼:わかった。…手伝うから、しっかり事情を説明してくれ。

(間)

少女:この子とは、路地裏で出逢ったの。

人狼:路地裏?なんでまた。

少女:この子にオレンジを盗まれたから追いかけたのよ。

人狼:ソイツ…盗んだのか?俺たちの荷物を。

少女:ひとおおかみさん、落ち着いて。

人狼:……。悪い。

少女:続きを話してもいい?

人狼:ああ。ソイツにオレンジを盗まれて、路地裏まで追いかけた、ってのはわかった。

少女:そうよ。

人狼:で、なんでソイツまで連れて帰ってきたんだ。

少女:行く宛てがなくて困っていたみたいなの。この子がお店でご飯を食べて、お金を払わずに出たから、追いかけられていたのよ。

人狼:…。そりゃそうだろ……。

少女:逃げていた最中に、この子が私の荷物からオレンジを──っきゃ!

人狼:オルガ!

少女:……支えてくれてありがとう。

はぐれ人狼:どういたしまして。

人狼:…ちか

少女:…地下?

人狼:……いや、何でもない。続けてくれ。

少女:ひとおおかみさん?

はぐれ人狼:…続けてあげたら?話。

少女:あ、ええ……。……この子が店の人に追いかけられたところまで、話していたかしら。オレンジが盗まれたから、私も追いかけたんだけど。この子がお店の人に乱暴されそうだったのよ。だから助けてあげようと思って。

人狼:……。で、助けたソイツに懐かれたから連れて帰ってきたのか。

少女:そういうことになるわね。

人狼:どうやって助けたんだ。まさか代わりに払ったなんて言わないよな。

少女:そのまさかよ。

人狼:いくら払ったんだ。

少女:ええと…たしか、2000ユリオン。

人狼:……結構な額だな。

少女:金額は大した問題じゃないわ。オレンジも、イヴも無事で済んだと思えば、安いほうじゃない。

人狼:イヴ?

少女:この子の名前よ。私が付けてあげたの。

人狼:オルガが?なんで。

少女:ないから付けてあげたのよ。…名前だけじゃなくて、親御さんも、お家もないみたいなんだけど。

人狼:……はぐれたってことか。

少女:そうみたい。

人狼:ハア…それなら先に言ってくれ。捉え方が180度変わる。…なあ、イヴ。アンタ、そもそもなんでオレンジなんか盗んだんだ?

はぐれ人狼:え?あー…なんでだろう。なんとなく?

人狼:なんとなく?

はぐれ人狼:追いかけられるのは慣れてるし、たまたま目に入ったから盗んじゃった。でも助けられたし、悪いと思ったから返したよ。

人狼:…その癖は直した方がいいな。

はぐれ人狼:オルガ。この人がさっき言ってた人?

少女:ええ。このひとは、ひとおおかみさん。

はぐれ人狼:ひとおおかみ?

人狼:人狼なんだ。リカルドでいい。

少女:背が高くて少し怖く見えるけど、でもとってもやさしい人よ。

人狼:……俺を怖いと思ったことが、あるのか?

少女:あると思う?

人狼:ああ。アンタはないと思ってたよ。だがまあ、どうやら俺はひとを怖がらせるみたいだから、イヴの子守りはオルガに任せ──…

少女:どうしたの?

人狼:オルガ、ソイツから今すぐ離れろ。

少女:え?

人狼:人間の子どもじゃない。匂いが違う、……擬態だ。早く、こっちに……──ん?

はぐれ人狼:な、何?

少女:ひとおおかみさん?

人狼:ああ……、コイツもひとおおかみ、……人狼だ。擬態が完璧すぎて気がつかなかった。

少女:……あら。じゃあ、ちょうどいいわね。

人狼:何が。

少女:ひとおおかみさんが、イヴの面倒を見てあげて。人狼同士の方が、きっといろいろ話が早いわ。

人狼:なんで俺が。

少女:いいわよね?

はぐれ人狼:……。

少女:いいって。

人狼:ソイツ、まだ何も言ってないだろ。

少女:イヴ。ひとおおかみさんと仲良くできそう?

はぐれ人狼:……。

少女:ほら。

人狼:さっきから何も聞こえないが。

少女:その通り。「沈黙」は肯定の証よ。

はぐれ人狼:……。

少女:ね?

人狼:……。わかったよ。

少女:助かるわ。夕食ができたら呼ぶわね。

少女N:厨房を出ていく、ふたりの後ろ姿が少し似ているように見えた。エプロンを身に着けて調理台の前に立ち、ひとおおかみさんが淹れてくれた紅茶に口をつける。彼の調合したスパイスは、いつも独特な香りがした。喉を湿らせると、深い甘みがじんわりと身体に染み渡っていくようだった。それから一息吐いて、夕食の準備を始める。厨房の小窓を開けると、夕暮れに濃紺が入り混じり、遠くの空ではすでに星が瞬いていた。

(間)

少女:イヴ、もう寝たの?

人狼:ああ。たった今。

少女:ふふっ……この寝顔、かわいいわね。幸せな夢を見てるといいけど。

人狼:そうだな。…早く落ち着けるといいんだが。

少女:やっぱり、人狼同士で通じ合うことがあるの?

人狼:通じ合う…か。…俺が小さい時、爺さんに引き取られたって話は前にしただろ。

少女:ええ。

人狼:知らない人だったけど、悪い人じゃないと思ったことを覚えてる。さっき、コイツは、俺を見て何も返さなかった。その反応がそのときの俺に似てるとは、思った。…人狼ならではの警戒心とか、そういうのはあると思う。

少女:ああ。たしかに初めて出会ったとき、ひとおおかみさんもそんな感じだったわね。

人狼:なんでアンタみたいなのが、一人で修道女シスターやってんだろうなとは、不思議に思ってた。それが顔に出てたのかもな。

少女:ひとおおかみさんの目つきは、生まれつきでしょ?

人狼:…まあ、そうだが。

少女:……

人狼:……何だよ。

少女:私は…ひとおおかみさんの目、結構好きよ。

人狼:……、そうか。……なあ、もう寝るだろ。明かり、そろそろ消すぞ。

少女:あっ、…ええ。…ありがとう。

人狼:……。おやすみ、オルガ。

少女:…おやすみなさい、ひとおおかみさん。

◆◆◆

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