エピローグ
「じゃ、行ってくるよ」
そしてイルミは、もう教室に来ることは無かった。
七不思議事件の解決が彼のミッションだったし最優先事項であったたためだ。それが終わったのならばもう学校へ登校する必要など無い。また彼は闇の世界に帰っていく。急に姿を消す事について学校側にどう事情を説明するのか尋ねると、「俺のことはまた転校したとかで通せば良い。それに、それはマクレガーの仕事だから」と宣った。現実的な辻褄合わせのことなんか一切考えちゃいない暴君ぶりは相変わらずだ。わずか一週間ほどにも満たない、ギタラクル少年の学校生活は終わった。きっとイルミがまたもや急に転校したのは何故か質問責めにされる私の気苦労や後始末なんかも少しは気にしてもらいたい所だが、イルミは素知らぬ顔でブレア家を出て行った。
「いってらっしゃい」
私はその後ろ姿を、ただ見送った。またいつでも彼に会える。それはわかっている。けれど何かが物寂しく私の心を駆り立てた。しかし私は、彼を引き止めず手を振る。否、引き止めるという言い方は少し違うだろう。イルミ=ゾルディックは、ただ自分の家へと帰るだけなのだから。
しかし、今はまだ小さな彼の背中が、なぜか眩しく思えた。きっとそれはこの世界を照らす陽光のせいだと、私は目を細めた。
✱
休校令が敷かれ、私が次に登校したのはその数日後の事だった。
突然の学校内での事件に生徒達の間では噂話は絶えず、教室に向かうまでの廊下にて幾度もそれが耳に入った。私は、それらには一切触れず、ただ教室までの廊下を歩く。少し重い足取り。何故かはわかっている。いくつもの理由がある。ただ悲しみがどれだけ尾を引くか、その時の私には計り知れなかった。
「ブレア!」
教室に着くや否や、私を呼んだのはエリック=ファントムだった。彼は私に駆け寄り、そして、自分の髪をくしゃっと雑に掻き回した。その顔はいくつもの感情が入り乱れているのが伺えた。焦りと、悔いと、戸惑いと、そして疑心の感情。きっとエラ=シンダーの事を報道で知ったのだろう。行方不明だったエラは、クラスメイトのAにより殺害、そしてAは自死。その虚構の真実を。
「……聞いたよ、エラの事」
「エリック」
「ブレア、こんな事をさせてごめん」
「え?」
「ブレアとギタラクルがエラを見つけた。……そうだろ?」
エリックはあの夜の事を何も聞いていない筈なのに、七不思議事件の経緯を察しているかのようだった。私がそれに何も答えず無言でいると、エリックはそれ以上何も言わなかった。
「ギタラクルは今日は来てないのか?」
「イルミは、えっとその、またお家の事情でもう学校には来ないの」
「……そうかよ。何も言わずに行くのかよ、あいつ。勝手だな」
飛ぶ鳥跡を濁さず。エリックは、何も言わずに去ったイルミに溜め息を濁したが、「でも、そういうとこ、ギタラクルらしいな」と彼を許した。私も確かにそうだと思ったが、エリックには曖昧な笑顔でそれに返した。
「なあ、ブレア。俺、何て言ったらいいのかわからないんだけどさ。俺は一生、このままなのかな。俺は結局何も出来なかった。エラを見つけることも助けることも。こんな事になるなんて思いもしなかった……後悔だけだ。エラは死んで一生歳を取らない。時が止まったままだ。けれど俺は歳を取る。成長していく。けれど俺は一生このまま大きくなるのかな。誰の力にもなれずに、誰も救えずに、誰も助けられない、そんな無力な人間のままなのかな……」
私は確かに、エリック=ファントムのその瞳の中に闇が宿るのを見た。それは一筋の暗闇と暗雲。少しだけ、その闇の光が私を殺そうとしたAのものに似通っていると、感じられた。
「エリック。どうか自分を赦してあげて。責めては駄目」
私は彼を止めた。エリック=ファントムは、こちらに来てはならない。
「ブレア……」
「エリックだけじゃない。私も一緒に歳を取るし、成長するし、大きくなっていく。皆、同じだけの時が流れる。一生このままなんてそんなこと無い。それでも自分が不安なら、怖いなら、それなら一緒に大きくなろうよ」
エラはもう時が進むことは無いけれど、成長していく私たちを、天国があるならそこからきっと見ている。そしてきっと望んでいるはずだ。私達が素敵な大人になれるように、と。しばらく彼は黙っていたが、「ごめんな、泣き言言って」とエリックはいつものように笑った。
「エリックに渡さなくちゃいけないものがあるの」
「渡さなくちゃいけないもの?」
鞄からあの本を取り出した。エラが好きだったシンデレラだ。
エラ=シンダーは何故真夜中の零時に家を抜け出してまで学校へ向かったのだろうか。きっと、その答えは最後のページだ。
「これ、エラが最後に借りた本、だよな」
「うん。エラから、エリックに伝えたかった事が書いてある」
「……俺に?」
「きっとだけど、知って欲しかったと思うから」
あなたが好き、と。
幸せな結末を迎えて微笑み合う、シンデレラと王子様。その隅に記されたエリック=ファントムの名前。その意味がこの少年に伝わるだろうか。エラが最後に読んだ本。エラがあなたに逢いに行く前に読んだ本。一人の少女のその想いが永遠に内緒にされてしまうには、少し切ない。今となっては答えを求めることは出来なくても、その気持ちを最期に知ってもらえたなら、きっと。
「皆さん!」
座喚く教室に響く女性の声。何故か4組のサリーナ先生が、私たちのクラスに顔を出して号令を掛けた。
「知っての通り、今回の件についてこの後全校集会で校長先生からお話があります。急いで集会場へ向かってくださいね。マクレガー先生は少し事情があって、今日から学校には来られません。後でまたその事についてもお話するわ。しばらくは副担任の私がホームルーム等は代行します」
皆、担任のマクレガー先生が教室に来ないことに疑問を持っていたが、大人しく集会場へと足を向ける。近日中に姿を消すと言っていた、アレクス=マクレガー。私は、マクレガー先生ももうこの教室に訪れることはないのだと察した。
おそらく全校集会では、今回の一連の騒動を説明され、七不思議事件の顛末が語られることだろう。
「ブレア、行こう。鞄、置いてこいよ」
「あ、うん」
集会に行かなくてはと、エリックに促された。小走りで自分の席に鞄を置き、そこから何気なく窓から外を伺ったその時だ。
外に、その姿があった。
木陰にまるで隠れるようにぽつんと、誰かが立っている。
男の子だ。少年らしさを残した肩までの黒髪、感情の起伏のない黒い瞳。小等部のブレザーの制服に袖を通し、その白い手は背負った鞄を握っている。
彼は、私の視線に気が付くと、片手を挙げた。
私はその姿を見るや否や、全てを放って走り出した。
エリックが突然教室を飛び出す私に驚き、「え、おい、ブレア!待てって!」と静止をするよう声を挙げた。だが私は、ただ息を切らせて走った。色々な人が私を後ろから呼ぶ声が聞こえたような気がしたけれど、それでも一目散に駆ける。誰が止めても、あの男の子が待っているから。もうここでは会えないと思っていた。もうこちらの世界には来ないと思っていた。だけどまた来てくれた。きっと私のために。だから私も会いに行く。走っていく。
私の大切なあの男の子の元へ。
✱
「イルミ!」
「イヴ」
駆けて来る私を、彼はただ待っていた。
イルミは、この木陰で限りなく存在感を薄く消していたようで「よく気づいたね」と小首を傾げる。そんな彼の様子に、なぜだか私はすごく久々に会えたかのような不思議な錯覚を覚えた。懐かしさとも言える。けれどそれをイルミに言ったとしても、彼にはこの感覚はよくわからないからきっと更に首を傾げる事だろう。
私は荒く枯れた息を整えて、イルミに向き直った。
「イルミ、どうしてここに」
「やり残した事があったから」
「やり残した事……?」
「約束しただろ」
「……約束?」
イルミとの数えきれない約束の中に、今、彼の示すそれはどれだかわからなかった。今度は私が首を傾げる番だった。イルミはそんな私の様子に少し飽きれた様子だったが、彼はすぐに解答を教えてくれた。
「写真」
「写真?」
「撮りたいって言ったろ」
「え?……写真、撮るの?」
「え。撮らないの?」
遺憾な顔をするイルミに、私は慌てて記憶を巡らせた。
そうだ、確かに約束をした。イルミの転校初日だ。彼の制服姿を思い出としてどうしても何かに残しておきたくて、私から約束を迫ったのだ、確か。しっかり指切りまでしたような気もする。
「撮りたいけど……でもイルミ、大丈夫なの?ゾルディック家なら顔写真だけでも懸賞金掛かってるよね」
「何、俺の顔写真をどっかに売るわけ?」
イルミは更にムッとした表情を浮かべ、腕組みをした。私は慌てて「ま、まさか、そんな事もちろんしないけど」とそんな邪な考えなど無いことを訂正するが、彼は「ふーん」と疑ったような反応をするのだった。
「それだけの為にここまで来てくれたの?」
「それ以外に何かある?」
「…………また学校に通ってみたいとか?」
「それは無いと前に言っただろ」
それは万が一にも無い選択肢。イルミが一切を否定した可能性。
ごめん冗談だからと謝ろうとしたが、イルミはそれについては特に何も思わないようだった。そして彼は唐突に「ほら行くよ」と私の手を引く。
「何処に?」
「校内。ここだと学校関係者の目に付く」
「それはわかるけど、でも校内も人の目があるよ」
「今は全校集会だろ」
確かに、集会中の今なら校内といえど人目は少ない。
手を引かれるがまま着いていくと、彼は、人目が確実に無い非常階段を抜け、校内へと入り込んだ。静かな廊下に、上履きの擦れる音が立つ。普段は生徒達の声であれだけ座喚く廊下が、一転して静かにある光景は、鏡の裏の異世界のようだ。姿は何処へ行こうというのか疑問だったが、私は彼の後ろ姿を見つめた。
さらさらと揺れる黒髪。骨ばってきた手。幼い身体に隠された筋肉。細い腰。綺麗だけどごつごつしてきた長い脚。ずっと一緒だと言ってくれた、あの言葉。十二年後もその先も、私は彼と共に在る未来を想像する。この男の子が、一体どんな青年になっていくのか。そしてそれは私もだ。この男の子と、共に大人になっていく。
今はただ、その未来しか見えない。
イルミが私を連れてきたのは、校内の隅にあるプレスルームだった。その部屋は滅多に使われることの無い一室でいつもは埃のかぶった物置だ。いつもならばこの一室もまた、機材管理のために鍵が掛かっているはずだが、扉は難なく開かれた。
「お、来たか。お嬢さん、坊ちゃん」
そこに向かうと、煙草を蒸かしたアレクス=マクレガーその人が私達を待ちぼうけしていた。私たちの姿に気付くと、マクレガーは煙草を灰皿に押し付け消火し、やはり気怠げに手を振った。
「マクレガー先生?どうして……」
「よう。ご機嫌麗しゅう、ブレア嬢」
「もう学校には来ないかと思っていました、先生」
「坊ちゃんに呼ばれてな。お嬢さんのたっての御希望とあらば、だ」
どうやらイルミに呼ばれてここまで来たようだ。
マクレガーは、その手元に持つものを私に掲げるように見せた。それはカメラだ。古めかしくも格調高いそれは、歴史を感じさせる。
「ごめんなさい。私が写真を撮りたいって我儘言ったから、」
「あーいやいや、いいんだ。気にすんな。俺もお嬢さんの姿をこのカメラに遺しておきたかったと思っていたところだ。仕方ねーから坊ちゃんはオマケで写してやるけど」
イルミに振り返ると、彼は後ろ手に扉を閉めて、マクレガーに言った。
「マクレガー。主人に対して随分な物言いだね」
「おいこら、ちげーよ。いつからゾルディック家がそんな立ち位置になった」
「あれ、そうだったっけ」
「俺の主人はお嬢さんだけだ。他にはいない。ゾルディック家はあくまで利害の上に成り立つお得意の取引先に過ぎない、そういう話だったろ」
「そうなの?おかしいな。父さんからはそう聞いてたから」
「マクレガー家は嘗ての誇りを忘れてはいない。血に汚れたゾルディック家の子分になったつもりはねえよ、シルバにそう言っとけ」
「血に汚れたなんて随分だね。専門家と言ってもらいたいな。それに、俺達は別に好きで人を殺してるわけじゃない。専門の事は専門家に頼むのが何事も道理だ、だから“仕事“が来る」
「人殺しの正当化だな」
「マクレガー、お前も俺達のことは言えないだろ。あ、いけない。そうじゃなかったね。転職したんだっけ?教師に」
「おい、ほんっとーにイヤミなお坊ちゃんだな、このガキ」
「本当の事だろ」
「俺の本業は教師じゃねーっつーの。このガキ、協力してやってんのに愛想もねーのか。そういう嫌なところばかりシルバにそっくりなのは一子相伝かよ」
「親子だからね」
「一子相伝なのかよ。そういう事言ってるんじゃねえよ」
イルミの悪びれもなく然とした返しにマクレガーはツッコミ疲れしたのか脱力し、「ゾルディック家に嫁がずにユリさん大正解だったわ、ほんと」と独り言をしたが、それはイヴやイルミには届かなかった。
「イルミ、喧嘩しちゃ駄目だよ」
「わかってるよ。時間も惜しいしね。マクレガー、ほらさっさとして」
「あーもうはいはい、お坊ちゃま。ったくうるせーな」
イルミにせっつかれて、マクレガー先生はプレスルームの奥へと私達を誘導する。奥に向かうと、そこには撮影台と反射鏡が既に設置されていた。思った以上に本格的なセットアップに私は言葉を無くしたが、イルミが私の背中を押した。
「おいで」
イルミの手が、私のそれを絡めとり、撮影台の上へと誘う。
マクレガーは対して、古く格調高いそのカメラの最終確認を行っていた。「さてと。チャンスは一回だ。何せ古いカメラだからな。お嬢さん、ほら笑ってくれよ。じゃないと二人とも仏頂面のとんでもねえ写真になるぞ」と、マクレガーは暗幕の中のレンズを通して彼らを見る。イルミはいつものように無表情でそこに立つが、イヴは緊張を隠せず顔が強ばっていた。写真はあまり得意じゃない。ましてやこんな本格的な撮影は数を数える程の経験しかないから、緊張をしないほうが難しいというものだ。
その時、右手にいるイルミの左手が私の右手を握った。
「イヴ。笑って」
彼の温もりが伝わる。
いつもは意地悪だけど、こうして時々、思いもよらぬところで優しさを見せる。本人はまったく意識しては無いかもしれないけれど、私はそれに幾度となく救われている。
そして今も。
「イルミ、ありがとう」
「何、急に」
「約束を忘れないでくれて、覚えててくれて」
「…………。」
「すごく嬉しかったよ」
イルミはそれには何も答えずに沈黙でいたが、ただ繋がれた手の力が強くなったのが彼なりの返答だ。
その瞬間。瞬きの光の後に、そしてシャッター音が切られた。
写真の中の私は、母校であるパドキア国立学園は小等部の制服を着ている。しかしそれは、写真の中の幼いイルミもそうだ。二人は同じ制服を纏い、手を繋いで立っている。私は満面に笑っていて、彼はこのころからいつもの無表情。この頃、私も彼も髪は同じように肩まで。今では二人とも長く伸ばしているけれど。こう見ると幼馴染みらしくお揃いのようだ。
「お。良いあんばいなんじゃねーの。坊ちゃんの仏頂面は相変わらずだけどな」と、マクレガー先生は私に写真を渡してくれた。
「写真大切にしてくれな、お嬢さん」
「ありがとう。ずっと大事にします」
「……俺もな、写真は好きだ。写真は時を止めてくれる。その時の幸せや悲しみさえ全て閉じ込めて。けどな、それをずっと眺めてると時間っつーのはあっという間に過ぎ去って人を置いてけぼりにするのさ」
「え?」
「大事な人が死と引き換えに産んだその子どもが、あっという間にこんなに大きくなっちまった。十二年は余りにも早かった」
「先生……?」
「……でも、その十二年は無駄じゃなかったかな」
マクレガーは最後にイヴの頭を撫でると、「さあ、行きな。またな、お嬢さん」と手を挙げて二人を送り出した。そのなで肩が、少し寂しく感じられた。アレクス=マクレガー。あまり彼の過去の多くを知ること無く、これがこの話での別れとなる。けれどその気だるげな後ろ姿は、ただそれだけではないのだということをイヴは感じていた。その肩に背負った過去と想いが、きっとマクレガーに伸し掛っていることだろう。けれどそれを尋ねるには、自分はまだ幼すぎるということをイヴは漠然と悟った。
自分はあくまでも十二歳の少女に過ぎないのだと、イヴ=ブレアは理解していた。
「イルミ、この後は?」
「仕事」
「……そっか」
プレスルームを出て、私と彼は人気のない校舎裏のガーデンまで出た。集会中だ、生徒達の声は無い。静まり返る中、木々が木の葉を揺らす音。耳朶を掠める風が、彼の黒髪を揺らすのを少し寂しく思わせた。もう行ってしまう。きっと二度と、彼はここへは来ない。また会えるのだからいいじゃないかと、心の中で私を諭したが、イルミ=ギタラクルとはここでさよならだ。
イルミは私の質問に深い意味を悟ったのか、「どうして?」と尋ねてきたが、私は首を振って「なんでも」と答えた。
「あ。そういえば」
「え?」
「イヴ、俺に聞きたいことがあったんじゃないの」
あの時の会話の続きの事をきっと言っているのだろう。途中で断ち切られてしまったあの問いを、彼にすべきかどうか少し迷う。
『本当の事を答えて。……イルミは、人を殺す時、……』
私にとっては重要な事だ。しかし、彼にとってはどうだろうか。聞きたくても聞けなかった、ずっと昔から思っていた彼への疑問。もしその質問に肯定的に頷かれてしまったら、私の中の彼が崩壊するような気さえするのだ。だから怖くて聞けなかった。
「くだらない質問だよ?」
「構わないよ」
「怒らない?」
「内容によるけど」
「時々、イルミのことが怖くなる時があるの」
「どうして」
「私が知ってるイルミ=ゾルディックという男の子は、ただの私の理想であって、ほんとはそうじゃないんじゃないかって」
「それを確かめる為の質問?」
「そう、かもしれない」
「いいよ。言ってごらん」
イルミは、促すように私に掌を差し向けた。言ってごらん、と優しい物言いのように感じられるが、いいから言えと暗に示す半命令口調の権化に過ぎない。これは言わなけれならないだろう。私はそれでも最後まで迷ったが、意を決して言った。
「イルミは人を殺す時、……何を感じているの?」
それは倫理観の問題だ。
ゾルディック家に産まれた彼への暗殺教育の内容を、私は知らない。彼には温もりもある。無自覚の優しささえある。だから勝手に私の中で、偶像として“イルミ=ゾルディック“という少年を創り出してしまったのなら、それは危険な事だと今回の件でようやく気付いたのだ。
「なんだ。そんなこと?」
暫し虚をつかれたかのような表情を浮かべていたが、「そんなの一つしか無いよ」と、取るに足らない質問だとばかりに解答をした。
「命だよ。俺が人を殺す時、いつも感じているのはそれだけ」
それがイルミ=ゾルディックという、一人の暗殺者の答え。
そこに喜びも悲しみも無い。人の命を奪う時に感じられるものは生命だけだ。それ以外に何かあるだろうか。
イルミ=ゾルディック。
彼らしいその答えに、私が見てきたこの少年は、やはりそのままの彼だった、信じていいのだと、ようやく納得をした。
「それで他には?」
「ううん。それだけ」
「そう。それを聞いてもまだ俺が怖い?」
私はそれに首を横に振って答えた。イルミは、「それならいいけど」と、そのまま私の頬を擦るように撫でた。まるで私の恐れる気持ちを確認するかのようだ。イルミの頬をすべる手に、私は瞼を閉じて受け入れた。イルミはきっとそれに満足したのかもしれない、その手をポケットに突っ込んで仕舞った。
「イヴ、そういえばさ」
「何?」
「もし俺の正体が誰かにバレたらどうするつもりだった?」
「え、……どうしたかな。それが誰かにもよるけれど」
「殺しとく?口封じに」
「いやいや、殺しちゃだめだってば。傷付けるのもだめ」
「……そう。それなら仕方ないね」
「突然どうして?」
「さてね。一応聞いてみただけ」
その意図がよく掴めずにいると、「影が潜んでるみたいだったからね。もうこれ以上は要らないのに」と彼は小さく呟いた。
「どういう意味?」
イヴは、目を丸くしただけだった。
彼女には影がいくつかある。そしてそれは一人、また一人と増えていく。彼女はそれに気付いていない。何故なら、影だから。影は寄り添って当たり前の存在だ。彼女は影を時折切り離しては蝶のように世界を跳ぶ。影はそうして冷たく切り離されてもふたたび寄り添う。その繰り返しを俺はずっと見ていた。何故なら俺もそうだから。わかっていないんだろうなとは思っていたが、やはりわかっていなかった。恋い焦がれるこちら側の思いなんて。
影は重なる。
そしてそれらは重なれば重なるだけ、深く闇を作る。だからこれ以上は必要が無いのに、また彼女は惹き寄せるのだ。
新しい“影“を。
「イヴ、もう行きなよ」
「あ、うん……そうだね」
そろそろ集会が終わる頃だ。生徒達がまた校内に戻り、静けさが失われる。結局集会は抜け出してしまった形となってしまったが、適当に言い訳を考えておくとしよう。
イルミに背を向け、教室へと足を向ける。一度だけ、振り向いた。彼はまだそこにいた。その制服で、その姿で、その男の子はいつものように、私に手を振った。さよなら、そう言われているようだ。そんなはずは無いのに、もう二度と会えないような気がして。
(馬鹿ね。ずっと一緒にいると約束したのよ)
誰かが私の頭の中で呟いた気がした。それは私の声だった。
わかってるよ、と言い訳をするようにその声に言い聞かせる。でも、わかってないのはそっちだ。真実ここで本当にさよならだ。だってもう彼はここへは来ない。
イルミ=ギタラクル。
転校生。
ここでは、少し変わった、普通の男の子。
だがギタラクル少年は、この秋空の下、ここで望んで消失していくのだから。
「イルミ、またね」
私は彼にそれだけ告げた。また約束だ。私たちは約束を重ね続ける。どうせ幾許か日も経たないうちに会いに来てくれるのに。それがギタラクルの彼であっても、ゾルディックの彼であっても。
イルミは頷いてくれた。私はそれを笑って見届け、教室へと駆けて行った。
普通に戻った世界。普通に戻った学校。普通に戻った教室。
もういない人もいる。悲しいし、寂しささえ遺るけれど、私を“普通“に戻してくれる友人達が、きっと私には必要だから。
「さて。隠れてないで出てきたら」
イルミは物陰に視線を向けて、何者かにそう促した。
新しい“影“。
いるのは分かっていた。けれど彼女が殺すな、傷付けるなというから、あくまでもそうするだけだ。本当ならば始末しておきたい。重なる影は深まる闇。それは混沌を生み出すだけだから。
物陰から出てきたのは、一人の少年ーーーエリック=ファントム。
「命拾いしたね、ファントム。イヴが殺すなってさ」
「ギタラクル、お前、……違うんだな」
エリック=ファントムの言うその「違う」とは、様々な意味を示していた。ギタラクルは偽名であるということ、転校生では無いということ、こちらの世界の住人ではないということ、すべて偽りであったということ。
「違う?どういう意味かわからないんだけど」
「全部嘘って事かよ。名前も、実情も、何もかも」
「まあ、そうだね。それが?」
「どこまで本当か知らない。でもブレアの事も騙しているのなら許さない」
「俺がイヴを騙す?」
「ブレアとの婚約は解消しろ、ゾルディック」
イルミはそれに無言でいた。ただ、この間に流れる風だけが急激に冷めきったような感覚がエリックを支配した。しかしそれでもエリックは続けて言った。
「お前はブレアを束縛して満足したいだけだ。それが嘘でも偽りでも。ブレアの気持ちなんか考えず、彼女の優しさに甘えて結果を得ようとしてる。彼女を本当に好きかどうかもわかってない、ただ執着してるだけだ」
エリックのそれは正解の解答だった。だからイルミはそれについて特に否定もすることは無い。けれど、補足がある。
それは執着と形容するには、もっともっと足りない。
「確かにそうだね。イヴの気持ちなんてどうだっていい」
「ゾルディック、お前、」
「好きとか愛しているとかは明確にはわからない。執着といえばその通りだ。別にイヴの遺伝子を求めている訳じゃない。より良い子供を得たいのなら他にもっと適した相手がいるだろう。それなら重婚だって珍しくはないし、今の時代なら子供も体外妊娠が可能だ」
「……最低だな、お前、見損なったよ」
エリックは、下衆でも見るかのようにイルミを睨んだ。しかしイルミは続けて言った。
「でも、それでもイヴがいい」
彼女が欲しい、それだけだ。
隣に在ってくれるだけでいい。
操り人形でもいい、喋らなくなっていい、動かなくなっても、何だっていい。顔が爛れても、肥満になっても、残酷な性格になってもいいさ。それでも俺はお前が傍にいるならその慰めを見出す。例えイヴの何もかもが醜くなったとしてもセックスしたいし、俺の子供を孕めばいい。俺は、世界でイヴ=ブレアだけを対象としたこの感情が、恋とか愛だと思ってる。
エリックは、暫し無言でその意を捉えていたが、やはり顔を顰めた。
「……そうか、そうか、つまりお前は、そんな奴なんだな」
エリックは、その一言を呟いた。世界が違うのだ。理解なんてできない。真反対なのだから。違う愛し方、違う求め方なのに、どうして理解ができるというのだろうか。
「友達になれると思っていたよ、ゾルディック」
「友達なんて要らないよ、ファントム」
真反対だからこそ惹かれ合う。けれどこの場合なら話が別だ。
イルミ=ゾルディック。
エリック=ファントム。
その二人は、世界に唯一人の彼女を求めて共に影となる。
しかし重なる影は深まる闇。それは混沌を生み出すだけだ。
「イヴに生かされているということを忘れないでおくんだね。彼女が赦しさえすれば俺はいつでもお前を殺しに行く」
イルミは、そしてその場を去った。静まり返るガーデンに佇むのは少年一人だけとなった。エリックは、闇の去った太陽の下で、一人呟いた。
「残念だが、ゾルディック、その日は一生来ないよ。お前は俺を殺せない。……ブレアは普通の優しい女の子だからな」
エリックは、そしてイヴのいる教室へと背を向けた。
後の話だが、それが証明されることは無い。彼等は、十二歳。幼過ぎた、少年の日の思い出。生み出された混沌は、今は未だ小さく小さく渦巻くだけ。
しかしその未来に起きる物語に、十二歳の誤ちを深く悔いることとなる。
「あ、エリック?何処へ行ってたの?」
教室に戻ると、イヴはいつものように、エリックに話しかける。その大きな瞳が見つめる輝きに、何故だか平穏が戻ったのだと感じさせられた。
「ブレアこそ、どこ行ってたんだよ」
「あ、えっと、その、頭が痛くなっちゃって。時々声が聞こえたりひどい頭痛があったりして、その……」
イヴが本当はイルミと居たことを知っていたが、知らない振りをした。イヴは下手くそにも嘘をついた。それが少しおかしくて、エリックは笑う。
「な、なんで笑うの、エリック」
「いや、なんでも。それなら保健室行こうぜ。休んだほうがいいだろ」
「も、もう治ったから。大丈夫。ありがとう」
「あっそ、そんならいいけどな」
全校集会では、エラ=シンダーへの追悼が行われたようだ。勿論、Aにも。教職員によってその関係性について簡単に説明されたが、深く語られることはなかった。アレクス=マクレガーの退職。イルミ=ギタラクルの急な転校。この教室では何もかもが目まぐるしく過ぎ去った。その中心に居たのは、イヴ=ブレア。けれどきっと、それに気付く者は、この学校では彼女の“影“となった俺だけだろう。ブレアから渡されたシンデレラの本の、最後の頁。その意味、実を言うとそれ以前からわかっていた。けれどそれをやはり知ったところで、俺の気持ちは変わらない。
揺るぎなく、イヴが好きだ。
イルミ=ゾルディック。お前がそっちの世界でイヴを求めるなら、俺が彼女を引き戻してそうはさせない。
俺もまた、ただイヴ=ブレアが欲しいから。
「なあ、ブレア?ゾルディックによろしく言っといてくれよな。マトモな挨拶出来なかったからさ」
「エリック、ありがとう。ちゃんと伝えとく。イルミ、エリックが友達になってくれてきっとちょびっとでも嬉しかったと思うよ。短い間だったけど、ほんとにありがとう」
俺はそれに曖昧な笑顔で返した。
俺が友達だったのはギタラクル。ゾルディックなんて奴は知らない。ブレアは何も知らない。けれど、ただその陽光のような笑みを絶やさなかった。
✱
「ただいま、イヴ。私の天使は何処だ?」
「父様っ」
「やあ、おいで天使よ。ああ、いい匂いだ」
「お帰りなさい」
「ただいまのキスをしていいかな?」
「だめって言ってもするんでしょう」
「おや、バレていたか」
その日の夜、父が帰ってきた。エドワード=ブレア、パドキア共和国軍総統。国を背負うその体、その胸に飛び込むと、父は私をいつもと変わらず抱き上げ、私の体すべてにキスをした。
「私がいない間、変わりは無かったかい」
「……そ、そうね。どうだったかな」
否、あった。
この一週間は激動といっても過言では無かった。けれど、イルミが来たことは内緒だ。きっと激怒するだろうから。イヴの身辺について最も警戒している人物がこの男だ。
エドワードは、それに目を細めた。
「急な出張といえ一週間も家を空けてしまった。王統支持派の小煩い右翼団体が西部でテロを起こしてね。それを鎮圧するのに少し時間が掛かってしまった」
王統支持派。右翼団体。アレクス=マクレガーの顔が浮かんだ。
もしかしてその暴動は、マクレガーの指示だろうか。一時的にでも父と私を離すため?まさか……。
「どうかしたかい?」
「な、なんでもない」
「イヴ。私は何でもお見通しなんだよ。何でも、ね」
イルミ=ゾルディックの来訪。
アレクス=マクレガーとの接触。
父はもしかしてすべてわかっているのでは、と思考が逡巡した。
「少し見ないうちに身長が伸びたろう。さては成長期だな」
伸びてない。
たかだか一週間だ、そんな急激に成長期は来ない。親バカを発揮した父に少し呆れ顔を向けたが、父はそれはともかくと、次に神妙な顔をした。
「だが、いくつか報告は受けている。……お友達が二人亡くなったそうだね」
学校での騒動はさすがに耳に入っていたようだ。私はそれに頷き、父の首元に頬を擦り付けた。
「仲の良い子だったのかい?」
「うん」
「それは悲しい事だ。葬儀には献花を送ろう」
「ありがとう、父様」
しばらく父は私を抱きながら、背中をやさしく、とん、とん、と叩いてくれた。まるでお子様扱いだが、今の私にはそれが優しく染みた。父の軍服から香る、わずかな煙草の匂い。私と同じ色の茶髪。胸元の最高位の階級章が輝く。けれど国の総統は、今はただ私だけのものだった。
「ねえ、聞いてもいい?」
「何かな、天使よ」
「仮の話よ。……父様は、新しく伴侶を迎えたりはしないの?」
「……驚いたな。まさか、そんな話かい?」
「母様がいなくなって、私と二人だけ。母様の代わりとは言わないけれど、でも、そういう人を欲しいとは思ったりしないの?」
シンデレラの実父は、妻のいない寂しさに堪えきれず新しく女性を迎え入れた。子どもの私にはわからない、何かがあるのだろう。どれだけ子との繋がりが深くとも、それだけではきっと駄目なのだ。つがいとなって生きていくほうが、人間は幸福のはずだ。だから父様も、母様と結婚をした。
「イヴ。お前は新しいお母様が欲しいのか?」
「……そうだと言ったら?」
「それならば再婚しよう」
「えっ」
「誰が良いだろうか。候補はあるか?母親の基準を上回る女が勿論だが、しかし、それでは判断基準として曖昧だな」
「と、父様、違うわ。私の母親じゃなくて、父様の伴侶としてよ」
「ああ、私のか。それならば要らないよ。イヴが新しく母親を求めるのならば再婚なり何なり喜んでするさ。しかし私はその女を好きになったり愛したりは絶対にしない」
父はそして、遠くを見つめるような瞳を私に向けた。
まるで私のなかに誰かを見つけているような、そんな瞳だ。
「ユリだけでいい。けれど、軍の犬だった私を愛してくれた彼女はもう死んだ。そしてユリの命を引き継いでイヴが産まれた。それならばお前だけなんだ」
「……それでいいの、父様は」
「生涯をもってそれでいいと誓うよ、My Dear 。私の恋人はお前だ。恋人で、愛していて、そして死んだ妻によく似た私の娘」
「私は父様似よ?」
「いいや母様にそっくりだ。ああ、食べてしまいたいよ、イヴ」
「父様それはちょっと怖い」
そして父は、私の耳朶に唇を寄せて甘噛みをした。本当に食べる気か、とその感触に目を瞑った。
「大きくなるのは結構だが、その分心配だな。特にシルバの倅だ」
「どうしてイルミ?」
「あいつはシルバに似て性格が悪い」
父は眉をひそめた。イルミに対して大分容赦が無い。
そういえば、アレクス=マクレガーもそのような事を言っていた。シルバさんはとても良い人で、会えばいつも抱っこもしてくれる。昔なじみの間柄だから、良いところも悪いところも知っているのはそうかもしれないが、それにしても強い口調だ。
「でも父様……イルミも良いところあるよ」
「悪いところばかりとは言わないさ。どれ、聞かせてごらん。金だけはあるからな、ゾル家は。土地でも貰ったか?貢いでくれたとか?それとも何か高価な品か?」
父様の良いところの基準がどれもこれも教育上問題のある内容だった点についてはスルーした。
「良いところっていうと、パッとは思い付かないけど。でもイルミ、ちょっと怖い時もあるけど、優しくて、頼りになるよ」
「イヴ……お前という子は……」
「な、なに?」
「よくよく考えてみなさい。ゾルディック家だぞ。暗殺を生業に生きている奴らだ。血も涙もないし無表情で何考えてるかわからんし陰湿だし口答えするし生意気だし理屈っぽいし常識無いし友達もいないお子様だ」
大体事実だが随分な言われようのイルミが少し可哀想に思えてきたところで、「金回りと顔はそれなりかもしれないが」とようやく良いところをボソッと父は呟いた。
「イルミ、友達ならいるよ」
「イヴ以外のか?」
「うん、男の子の」
「奴に限ってそれは友達じゃない」
「えっ」
そんなことはない。エリック=ファントム。イルミは否定するけれど、同年同性の彼がきっとそうだ。
「それは利害関係者か所謂サクラだな」
「そんなことない、と、思うけど……」
「何より、奴が友達なんてものを望んだりはしないだろう」
「どうしてわかるの?」
「言っただろう、嫌なところはシルバにそっくりだと」
私には、それはよくわからなかったが、でも、私は信じたいと思うのだ。絶対的な交友や友情が生まれたとまでは言わないが、イルミとエリックの間に、何か通じるものがあったはずだ。そしてその延長線上に、何かがあると思いたい。
『なあ、ブレア? ゾルディックによろしく言っといてくれよな。マトモな挨拶出来なかったからさ』
エリックはそう言ってくれた。今は、それじゃ足りないだろうか。
「………………あれ?」
「どうかしたかい?」
「あ、ううん……何でも、ない」
ーーーーゾルディックによろしく言っといてくれよな。
どうして、エリックがイルミの真名を?聞き間違いだろうか?私がエリックの前で、もしかして知らぬ間にその名字を言った?
それとも、イルミとエリックの間に、何か?
「さて、イヴお嬢様?」
父の声が私を呼び覚まさせた。上を見上げると、目尻の皺と少しの隈がその疲労を語っていたが、父はその口元に微笑を浮かべながらまたもや額にキスをした。
「もう夜も遅いけれど、一杯だけ付き合ってもらえるかい?」
「え?でも……」
「お前の好きな紅茶を入れて、暖炉の前でお話をしよう。そしてどうかそれを飲みながら、今夜は私の膝の上で眠るといい」
「いいの?」
「私の天使よ。私がそうしてほしいのだ」
それなら、少しだけ、話してしまってもいいだろうか。
この一週間の間に起きた事を。隠し事は好きじゃないし、きっと父のことだ、嘘なんてばれてしまっている。でもそうじゃなくて、どうしても話したい。
十二歳は、大人への分岐点だ。
惑わう噂。傷の痕。初恋。嫉妬。内緒話。反抗心。イタズラと出来心。放課後。そして社会的カースト。残酷性。
本筋の糸別れした部分だ。重要性はない。イブニングティーでもすすりながら稚拙な内容だ、と思ってくれたらそれが正解だ。
でも丁寧に聞いて欲しい。
七不思議事件、そしてギタラクル少年のことを。
✱
「あれから十二年以上か」
そうして、額の中に私達の写真が残った。制服を着た私とイルミ。わずかな時間、一週間という短い間だったけれど、良い思い出もあれば、悲しい思い出もあるけれど、私たちの過去を語る一つの七不思議事件の出来事ということだ。
「その写真、イヴ好きだよね」
「そりゃイルミの貴重な制服写真だもん」
「写真を眺めてどうするの」
「イルミにはわからないかなあ。眺めて愛でる楽しさってやつ」
「眺めるだけじゃ俺は満足出来ないから。でもイヴ、そういうの、視姦って言うんだよ」
「しっ、……そんな事してないし!イルミってほんと、この頃から性格変わってないよね。いろんな意味で」
「そう?ありがとう」
「ほめてない皮肉ったんですけど」
「イヴも変わってないよね。何だかんだトラブルに巻き込まれて面倒事は嫌なくせにど真面目に対処して。そのくせ割と人使い荒いしわがままだし考え曲げたりしないし」
「イルミ。それ悪口だよね、絶対に」
「でも、だからイヴらしいっていうか。変わらないから忘れたりできない。忘れられないから離れられない」
「……どういうこと?」
「はあ」
「なんでため息つくの」
「別に。まあいいけど。約束は約束だし」
ギタラクル少年の事件簿【七不思議事件:終】
「ずっと一緒だよ、イヴ」
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