本編未来番外篇

 
 
 
 
ふう、と息を吐けば心なしか吐息が白く染まる。深い冬でもなければ、秋は過ぎ去った、ディセンバー。街を通れば、アベックらが多く闊歩する。装飾は、赤と緑。ハリボテのサンタとモミの木を何回目にしただろうか。明日にはそれら装飾は全て取り外しゴミに出すというのに、この日1日の為にどうして木を着飾ったりするのだろう。ご馳走を用意したり、贈り物をするのだろう。来るはずのないサンタという存在を待ちわびて眠りにつくのだろう。ゴミの中で育った俺には、ゴミとなった祝福の残骸を幾度となく目にしてきたせいで、季節を祝う価値観は存在しないようだ。けれども別に邪魔をするつもりなんかもなく、ただ乱痴気をしている隣人を遠目に見るような、そんな感覚だ。俺にとってクリスマスはただの平日。普段通りの日。普段通りに、人を殺して、金品を奪って、次は何を盗るか考えるだけの12月24日に過ぎない。
 
 
「あー、さっぶい」
 
 
誰にともなく、そう呟きながら指定されたある地点へと向かう。そんな聖夜に俺を呼び出したのは言わずもがな我らが団長殿だ。こんな人混み雑多返す日に呼び出しなんてなんだよ、と思う反面、幾年か前の事を思い出させた。懐かしいなんて思ったりはしないけれど、雪の散らつくこんな夜だった。静寂の中、夜闇の帳が開き、魔女が生まれたあの日。クロロが彼女を拾い、蜘蛛は彼女を腹の下に隠すように生かした。今日に至るまで色々あったけれど、こうしてクリスマスを迎えている。そしてクロロは今も彼女と共にいる。今はこの街に潜伏しているようだけれど、転々と拠点を変えては潜み生きる。すっかりお尋ね者だけれど、テレサにはその自覚はない。もともと育ちのせいか善悪に疎いせいで、未だ、15歳のままだ。
 
築浅のモーテルの一室。鍵はセキュリティ精度の低い引っ掛け錠だったのでそのまま壊して入り込んでも文句は言われないだろうと思ったが、普段から紳士を心掛けている俺はコンコン、と丁寧に2回ノックをした。しばらくしてから扉の向こうで足音が聞こえ、特に出先を確かめることもなくガチャンと呆気なく鍵が開かれた。
 
 
「遅かったな。シャル」
 
 
そうだろうと思っていたが、顔を出したのはクロロだった。特に仕事モードということはなく、髪を下ろして額の十字を隠すこともなく、シャツとスラックスというラフな格好で俺を出迎えた。確かに遅い時間ではあるが、日付が変わる前に来れたのだから、労いの一言でも欲しいところだ。
 
 
「呼ばれて飛び出てジャーン、って訳にいかないだろ」
「まあ、そうだな。お前は蜘蛛の中でもフットワーク軽いから声を掛けやすいよ」
「……クロロ、俺のこと暇だと思ってる?」
「そんなことはないさ」
 
 
フッと笑って、クロロはモーテルに入るよう促した。俺はコートに張り付いた露を払いながら、そして靴を脱ぐ。
 
 
「クロロからクリスマスパーティーをするから来いだなんて連絡が来た時はビックリしたよ」
「パーティーとは言ってない、“前夜祭”だ」
「どっちでも同じでしょ」
「ニュアンスの違いがある。前者は乱痴気で後者はより厳かだ」
「呼び方なんてなんだっていいよ」
「それに伝統的だと思わないか」
「クロロって意外とそういうの結構好きだよね」
 
 
意外と季節感を取り入れたいタイプなのかもしれない。俺と違って。
クロロは小首を傾げて「そうか?」と疑問に感じているようだった。成る程、テレサがクリスマスを祝いたいと言い出して、クロロは満更でもなく承諾したという流れが見えてきた。元来より敬虔なクリスチャンでもあるテレサは、クリスマスを家族で祝う風習を重んじているだろう。そして今や、彼女にとって蜘蛛は“家族”だ。蜘蛛が腹の下で子種を育むように、そうしてテレサを匿っていたのだ。まるで母親のような感覚かもしれない。家族集まって前夜祭を、か。他の奴らはそういうのは嫌いだろうな。特にフェイタン。
 
そんな事を考えながら、クロロとテレサの潜伏している仮宿に上がり込む。そのモーテルは手頃に広く、リビング、キッチン、そしていくつか部屋があった。玄関からリビングへと上がりこむと、中央には大きなクリスマスツリー。オーナメントを沢山飾り、電飾はないものの、スパンコールが反射してその役割を果たしている。中央に据えたケーキは、これまた3人では食べきれないような大きなショートニング。こんがり焼けたローストターキー。甘そうなマッシュポテト。ドライフルーツやクルミがぎっしり詰まったシュトレン。香ばしいコーンポタージュ。そして中央には、子供でも飲めるお酒と銘打ったシャンメリー。壁にも街で見かけたようなサンタやトナカイの装飾が貼り付けてある。しかもこのモーテル、暖炉付きだ。
 
「何これ」
 
そう思わずクロロを見遣るも、彼は「前夜祭だが」と見当違いの答えを返した。いやそこじゃない。やりすぎなんじゃないかと言いたいんだけど、まあ皆まで言うまい。
 
「まったく、よくやるよ……」
 
リビングは見渡すかぎりクリスマス。皮肉にも思っていた赤と緑の装飾に囲まれている。テレサだけではなく、クロロも手伝わなければここまで扮飾できはしないだろう。と、そういえば、テレサが見当たらない。リビングにはいないようだ。パーティーをしたいが主役がいないとなってはね。
シャルナークはジャケットを脱ぎながら尋ねた。
 
 
「それで、呼び出した当のご本人は?お出迎えがないけど」
「寝てる」
「は?」
 
 
シャルナークは素っ頓狂な声を上げて目を見開いた。思わず脱ぐ手が止まる。クロロは涼しい顔で、「準備をするのに疲れたようでさっき寝た」と答えた。いやそうじゃないだろう。おいおいおい、信じられるか。クリスマスを祝おうとテレサが言い出したものだから、呼び出されてここまで来たというのに。その本人は準備疲れで寝た?
 
 
「今すぐ叩き起こしてくれる?本番はこれからだって言って」
「明日に持ち越しでいいだろう。クリスマスは逃げやしないさ」
「ちょっと、俺が楽しみにしてたみたいに……それなら明日召集でもよかったじゃん」
「まあ、そう言うな」
 
 
盛大にため息を吐いてみたが、クロロはむしろ笑った。なんだかこの人平和ボケしてんじゃないかと思うほどに、今日は雰囲気が柔らかい。これがクリスマスなのか。
 
テレサを探して別室へと向かう。微かに響く吐息が、乱痴気なクリスマスリビングの隣の部屋から聞こえたような気がした。薄暗いその部屋を覗き見ると、キングサイズのベッドにこれでもかと積まれた色とりどりのベッドクッション。そしてフリルであしらわれた肌触りの良いブランケットが、もぞもぞと動くのが見えた。テレサだ。
 
 
「ぐっすりだね、まったく小さな女王様は」
 
 
こんなに幼い彼女が、女王だというのだから。
リトル・ブラック・ドレスを見に纏い、枕を抱えて眠るテレサ。肌は透き通るほど白く、頬の頂点は薄ら赤い。長い睫毛は開くことなく閉じ、寝言なのか口をもごもごさせている。黒檀のような漆黒の黒髪は以前会った時よりもいくらか伸びたようで、肘ほどまで毛先を忍ばせている。そして、黒い衣服の下に覗く、白い肌に深々と刻まれた逆五芒星の印。そして、”15歳“のままの姿。ああ、でも……。
 
 
「少し、大人っぽくなったね」
「そうか?」
「少しね」
 
 
遥か遥か空から降ってきた、奇跡のような罰。魔女の末裔。その血脈。その業罪なのか、彼女の体は、15歳のまま時が止まっている。未だその呪縛からは解き放たれていない。けれどその寝顔を見て、少しだけ体の成長があるように感じられたのは、おそらくその精神。心は、きっと普通の人間のように育っている。体は魔女で、心は人間。相反する善悪。彼女のなかで調和しているその均衡を守っているのは、いったい誰なのだろうか。
 
クロロを窺う。
 
俺の予想では、クロロはきっとこのまま読書に耽るものだと思っていた。が、彼は意外にも次の一言を発した。
 
 
「さて。お子様は眠ったところで、大人だけで一杯やるか」
「シャンメリーで?」
「まさか。本物がある」
 
 
クロロはそう言うや否やキッチンへ出向き、戸棚からシャンパンを取り出した。ヴィンテージ。1975年、確か産業革命があった年。G・H・マム、ルネ・ラルー。確かに本物だ。
 
 
「テレサは酒飲めないの?成年ではあるんでしょ」
「前に葡萄酒を飲んだら5分で寝たぞ」
「そりゃクロロもたまには相手が欲しくなる訳だ」
 
 
リビングに戻り、クリスマス一色となった箱の中で、久しぶりにクロロとサシで年代物のシャンパンを飲み明かす。とはいっても、俺もクロロも酒には篦棒に強い訳ではないから、シャンパンをすべて空にする頃には程良く睡魔が襲ってきた。最後には何を話しただろうか。テレサのことだったろうか、それとも次の獲物の話だったろうか。ソファーに顔を埋めた記憶を最後に、俺は一度すとんと眠ってしまった。
 
 
 

 
 
 
ふと、目を覚ました時には、リビングは真っ暗になっていた。未だ聖夜は明けず、きっと酒の抜け加減から丑三時だろう。明かりを消したのはきっとクロロだ。彼は暗闇を好む。起き上がってもう一つのソファーを窺い見ると、クロロが本を開いて眠っていた。俺が寝た後、酔い覚ましに古書を捲っていたのだろう。しかし閉じずに、その手の中に読みかけのままある。本は大事に手に持っているのに、四肢は投げ出したかのような寝相だ。意外と少し寝相が悪いのは相変わらずのようだ。
 
そっと、ソファーから抜け出す。このままもう一度目蓋を閉じればまた夢の世界へと戻ることができるというのに、俺は何故かそうはしなかった。
 
向かうのは隣室。この乱痴気なクリスマス部屋から抜け出し、廊下を隔てた先にある部屋。静かに扉を開ける。そして、閉めた。キングサイズのベッドに乗り込むと、ギシ、とスプリングが悪い事を咎めるかのように響いた。それに少し心臓が警鐘を鳴らすが、体は止まりそうになかった。
 
温もりの中を、そっと、そっと静かにまさぐる。
 
彼女の体温のせいで温まったベッドの中は、なんとも甘い匂いさえした。一番に到達したのは、テレサの手。子供のように温かく小さな手は、曖昧に開かれ、俺はその小指から触れた。小指、薬指、中指、人差し指、親指。手のひらの皺をなぞると、ぴく、と彼女の体が震えたような気がした。ああ、まだ起きるな。まだ足りていないのだから。白く露わになった首筋から、美しい黒髪を邪魔とばかりに退ける。その合間に鼻先を埋める。まだ、俺の息を感じさせないように。毛先を摘み、その髪の感触さえ得たい。
 
 
「ん」
 
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ただの寝言の一つでさえ官能的に聞こえるのだから。
クロロとテレサの生活はもうどれほどになるだろうか。事情により二人が離れた期間もあったが、その間の彼といったら、一言でいうならば愚図愚図だった。どこか苛つきがあったし、僅かなりとも彼女への執着を垣間見せた。彼女も彼女だ。強がってはいたが、いつだって彼を心の隅から外すことなどなかっただろう。そういう二人が、紆余曲折あっても今でも離れずにいる。男と女。たとえ片方が人間でなくとも、求め合っている。体の繋がりも、心の繋がりも。
 
けれど、たまにはいいじゃないか?
一時の満足感でいいから、俺も彼女が欲しい。
 
無防備にも開かれた膝の間を割って、彼女の太腿に俺のそれを擦り付けた。覆い被さり、逃げないように。テレサは怖がりだから。首筋にキスをすると、甘い吐息が漏れ出る。それをもう一度聞きたくて、今度は反対の首にもキスをした。こそばゆいのか、体を縮こめる。けれど、そこか協力的な体の動きが可愛くて堪らなかった。15歳のままの体。その背徳感も、情欲を煽る。
 
テレサがその感触に、ようやく薄目を開けた。寝ぼけているのか、何も言わない。しかし何故か、目の前にいる俺ではなく、別の方向に顔を向けた。顔を背けたのかと思ったが、其方をただ見つめている。こんな時にまで不思議な反応をするのか、と思っていると、テレサは思わぬ一言を其方に向かって呟いた。
 
 
「くろろさん」
 
 
テレサのその寝言に、どこか頭を砕かれたような感覚を覚えた。彼女の体を弄る手が思わず止まった。何故こんな時にテレサの口から、自然にその名が呟かれるのか。どうしてその声が、どこか甘いのか。考えが一巡する頃には、俺はどこか正気を取り戻したような感覚になっていた。
 
ここで俺は、彼女の呪縛から逃れる事が出来たのかもしれない。そして部屋の何処からか、俺のものでも彼女のものでもない男の声が響いた。そう、恐らく、彼女が見ている方向。
 
 
 
「シャルナーク」
 
 
 
心臓が跳ね返りそうとは、この事だ。
部屋の出入り口を振り返ると、いつの間にか開かれた扉。そしてその影の向こうで、その男が闇に紛れてこちらを伺っていた。顔は見えない。しかし、闇の中でその二つのイヤリングだけが青く不気味に輝いていた。一部始終を静観していたのだろうか、だが殺気は無い。それが余計に恐しいと感じた。
 
 
「テレサに深入りするな」
 
 
低く響く、絶対的な指令。実体の無い声が、部屋に反響する。
 
 
「お前は過去に一度テレサに魅入られた。次は逃れられなくなるぞ」
 
 
それは蜘蛛の頭としてだろうか。それとも、一人の男としてだろうか。
今の俺には、なぜだか後者に聞こえた。
 
 
 
「……わかってるよ」
 
 
 
ようやく絞り出した声が、彼にはどう聞こえたのだろうか。しかしそのまま、不気味に青く光るイヤリングは姿を消した。
 
魔女の血。それがまた俺を“魅了”したのだ。魅了というのは、心を染めるという事。テレサと出会ったころ、自身の意に反して彼女を求めて止まない性欲のような感覚が俺を襲った。それは魔女が持つ“魅了”という異能。俺はその呪縛からもうとっくに逃れる事が出来ていると思っていたのに、クリスマスがテレサの魔力を深くしたのか、俺は再び魅入られようとしていた。
 
 
「っあー……ありえねー、ほんと」
 
 
髪をぐしゃりと掻き乱し、バタンとベッドに突っ伏した。これまで余計な振動ひとつ起こさないよう気配も物音も消していたが、ベッドが間抜けにも大きく揺れた。それでも寝息を止めないテレサに俺は苛立ち、腕の中で眠り続ける女王様の鼻を摘んだ。
 
「うぐっ」
 
そうすると、今度は彼女は器用にも口呼吸を始めた。余計に俺を苛立たせる。口をキスで塞いだら、今度こそ女王様は目覚めるのだろうか。いや、止めておこう。今度こそ彼が俺を殺そうとするだろうから。
 
 
「魅入られてるのはお互い様だろうけどね」
 
 
クロロは認めないだろうけど、俺にはそう見える。だからここで小言を言っておこう。魔女だの何だの理由をつけてテレサを囲うのは、その仮面の下にある貪欲な感情を隠すためだろう、って。クロロはいつからテレサに魅入られたのだろうか。ああ、きっと、出逢った時からだ。
 
 
ヴィアドロローサの教会。満月立ち昇る深い闇。礼拝堂のステンドグラスが鮮烈なまでに輝き、その凄惨な惨状をより輝かせる。その無惨なすべて、八人の死体と血の海。その中には、かつて彼女の兄の死体もあった。壁も、椅子も、机も、蝋燭も、祭壇も、見下ろすキリストさえも、血に塗れたあの覚醒の夜。
 
ーーー人間の少女だったテレサが、魔女として誕生した12月25日の事である。
 
その夜は、テレサの体を抱えて眠りに着いた。15歳のまま歳を取らない彼女は、相も変わらず小さなままだった。
 
 
 
 

 
 
 
 
“Very Merry Christmas!”
 
 
目を開けると、既に日は昇り、腕の中には誰もいなかった。代わりに抱えられていたのは、身に覚えのない包み紙。やはり赤と緑のそれであった。
 
「……マフラー?」
 
包みを破って拡げると、そこに収められていたのは群青色の下手くそな編み物。拡げると、それはマフラーのようだった。きっと手縫いだ。そう思うのは、毛糸だけは立派な物のように見えたからだ。そうで無ければこんな縫製、消費者庁に訴える義務がある。それにしてもマフラーとは妙に古典的だ。そういうところも、まるで作り主の性格を反映しているかのようだった。
 
しかし、長時間の手編みを掛けたのだろう。彼女の匂いが染み付いている。ベッドから起き上がり、群青色のマフラーをぐるぐると首に巻く。そしてそのまま、テレサの気配がするリビングへと向かった。
 
リビングを覗くと、そこにはキッチンに立つテレサの後ろ姿。相変わらずクリスマス一色。違うのは、さんさんと降り注ぐ陽光が一際その名残を強調しているということだけ。クロロは今は居らず、不在にしているようだった。そっと彼女の背後に立ち、不意打ちを狙って「テレサ」と声を掛けた。予想通り、彼女はびくっと肩を揺らして、驚いてこちらを振り返る。
 
 
「し、シャルさん。お久しぶりです、おはようございます、メリークリスマス」
「はは、何それ。挨拶詰め込んでるなあ」
「遅くに来ていただいたのに、私、寝てしまってごめんなさい」
「いいよ。それよりクロロは?」
「買い出しに。御馳走がだめになってしまったので」
「持ち越しクリスマスってところか」
 
 
テレサは、黒いリトル・ブラック・ドレスに不似合いなエプロンを纏って朝食の準備をしていた。まるで新妻だな、なんて思いながら彼女に近寄る。一晩添い寝もしたのに久しぶり、なんて挨拶はおかしいだろう。久しぶり、おはよう、メリークリスマス。どれか一つでいいのに。けれどどれも他愛のない挨拶。会話。そのぎこちなさが、彼女らしいと思った。
 
 
「それより驚いたよ。まさかこの歳でサンタさんからプレゼントが届くなんてね」
「そ、それは良かったですねぇ。サンタさん、来てくれたんですね」
「どうしてサンタさん来てくれたのかな?」
「えっと、一年間良い子にしていたからですよ、きっと」
 
 
どこか恥ずかしそうに顔を赤らめて、服を握りしめる。『サンタからプレゼントが届いた』というスタンスを崩さないようだ。妙に頑固で意固地のあるところも彼女らしい。一年間良い子にしていたから、なんてよく言えたものだ。俺は今年も来年も、人殺しだというのに。
 
 
「似合う?」
「はい、とっても」
 
 
俺の罪なんて梅雨程も頭に過ぎらないのだろう。無邪気にも彼女は笑顔を浮かべる。それもそうか、彼女のほうが業罪を背負っているのだから。自分の罪に精一杯で、きっと人の罪に気付きもしない。そういうところも、善悪に疎い。
 
 
「ねえ、テレサ。悪いんだけど、俺はクリスマスプレゼントを用意し損ねたんだ」
「そんな。プレゼントだなんて」
「でも“こっち”はちゃんと用意してきたよ」
 
 
そう言って、手に隠し持っていた子箱を差し出す。俺の手に収まるほどの小さな箱だけれど、テレサの手に乗せると少しだけ大きくなった。
 
 
「はい。プレゼント」
「え、っと?どういう……」
「Merry Birthday」
 
 
直訳すると、『愉快な誕生日おめでとう』。造語であり、クリスマスを誕生日に持つ人々に、誕生日パーティーがクリスマスと被って気の毒だというからかいも含めてお祝いしてあげる、というニュアンスだ。
 
クリスマスプレゼントは無いけれど、誕生日をお祝いしよう。テレサ。魔女としての数え年、人間としての数え年、どちらで君は時を刻んでいくのだろう。けれど、この日だけは君だけのものだ。イエス・キリストなんて関係ない。クリスマスでも何でもない。12月25日。人間、そして、魔女。テレサが生まれた、唯一の日付。
 
 
「嬉しい。ありがとうございます」
 
 
喜びを隠せないといった表情で、テレサは子箱を受け取り、丁寧に包みを広げる。
 
 
「耳飾り、ですか?」
「そう。テレサに似合うと思って」
「綺麗」
 
 
真っ赤なルビーが一振り深紅に輝く、耳飾り。女王である君に、宝石の女王を。その体の中に流れる罪な血筋を証明するかのような、鮮烈な赤色。
 
 
「でもさ、これピアスなんだ。ピアスホールは?」
「その、いいえ。開けた事ないです」
「なら俺が開けようか。折角だし着けてもらいたいから」
「あ、でも……」
「ん、嫌だ?」
「痛いのが、こわいです」
 
 
ピアスの痛みを想像し、眉を縮めて、体まで縮める。そのおどおどした様子は、なんとも可逆心を煽る。傷つけたくなる。
 
 
「痛くないようにするよ」
 
 
俺はそう言って、テレサの冷たい耳朶を摩った。
 
 
 
「あ……」
「大丈夫?」
「少し、いたい、です」
「そう。でも、もう痛くないだろ」
「……はい」
「少し血が出てる」
 
 
 
彼女の耳朶を氷で少し冷やして、まずは右から。針なんて手頃な物はないから、代用に俺のブラックボイスのアンテナをゆっくりと刺した。針の代わりとしては少し太すぎたかもしれないけれど、テレサはそのぶん身体を捩った。俺の腕の中に収まりながら、ブラックボイスのアンテナを受け入れる。その愚かしさが、ゾクゾクとする。このアンテナがどれだけ多くの人間を殺してきた代物なのか、この嘗ての聖少女は知らない。知ったらどんな顔をするだろう。怒るだろうか。逃げるだろうか。不気味に思うだろうか。教えてやりたい。
 
でもね、もっと罪深いのは君の方だ。
 
 
「あ、シャ、……んっ」
 
 
耳朶から滴る、その悪の血。
落ちて服に染みてしまう前に、俺はそれを舐め取る。甘く芳しいその血の持ち主は、同じように甘い声を上げた。「私の血を舐めてはいけません」と彼女は拒否をしたが、もう飲み込んでしまったよ。テレサの非難を余所に、俺はルビーのピアスをその白い耳朶に飾った。クロロはテレサの体に俺の痕跡を遺したと知ったら怒るだろうか、と頭の隅で思う。けれど、彼女の体も心も手に入れられないのなら、これくらい許してほしい。
 
 
「似合ってる。テレサ。誕生日おめでとう」
 
 
 
美しく、長く伸びた黒髪から煌びやかに覗く深紅のルビー。テレサはそれを、見せびらかすかのように髪を耳にかけ、そして子供のように朗らかに笑った。どうやらルビーも笑っている。小さな女王にお仕え出来て光栄だと、輝きを持って。
 
 
クリスマスの飾り付けは、朝日を浴びて何故か萎びて見えた。クリスマスツリーは、ただのごちゃごちゃしたモミの木。壁に貼り付けられたサンタは役目を終えたとばかりに下を向いて、トナカイはそれでも獣らしく駆けようとしている。机の上の、手に付けられなかった御馳走たちは、干からびてしまっていた。この世で何千回目の、クリスマス。そしてこれからも、何千回ものクリスマスが祝われるのだろう。
 
 
きっと俺は、足早にこの時代を去りゆく。
魔女となり15歳の永遠を生きるテレサのスピードに寄り添う事など、できない。
 
 
それならせめて、彼女の身体に足跡を遺してやろう。このルビーが朽ち果てようと、きっとまた彼女が新しい耳飾りを纏う時、俺の事を思い出す。このピアスホールを刺したのは、誰か。イエス・キリストではなく、テレサの誕生を祝った、一人の人間の男がここにいたのだという事を。そしてエピソードとして、その未来千年を生きていく筈の脳裏にこびり付くといい。否、もう千年は始まっているのだ。彼女が魔女として産まれた、あの奇跡のような夜から。
 
 
 
「さて、クリスマスを祝おうか」