駆けてくる音(フィンクス)


注意:ヒロインはアホの子なのでフィンも連れてアホになってます





「ふぃっ、うっきょーーー!」
「おっ、おい、なまえ!なまえ〜!!」


思い返せば、なんという奇声を発してしまったのだろうと恥ずかしくなるが、この際はまあどうでもよいのだ。問題はなぜあたしがそんな奇声を発したかという過程にあるわけであって、ひとまず奇声は置いておこう。本題に入りたい。変なこと聞くけどお願いだから引かないでね!…フェイタン、フェイタンはあたしにちゅーしたいなんて思ったこと、ある?


「……………。」
「だから引かないでって言ったじゃん!あらかじめ言ったじゃん!」
「……ついに脳みそ腐たか。憐れな女だとは思てたけど、ここまでくると可哀相ね」
「腐ってない!つかフェイタンあたしのことそんなふうに思ってたの!?」
「蜘蛛のメンバー皆そう思てるよ」
「ま、まさかヒソカも!?ヒソカにだけはそう思われたくない!」
「ヒソカとお前、いい勝負ね」


蜘蛛のみんなに可哀相と案じられるくらい憐れられているという事にあたしは涙ぐみそうになったが、いっそのこともうどうだっていい!あたしはフェイタンに牽制をしながらもう一度聞く。フェイタンはあたしにちゅーしたいと思ったことはあるだろうか、と。


「ない」
「なっ……即答かよ!」
「ないもんはないね。くだらないこと聞くな。時間の無駄」
「く、くだらなくないし!すっごく大事なことなんだからそんなふうに言うなフェイタンのすっとこどっこい!」
「ハッ。憐れな女に何言われようとちとも腹立たたりしないね」
「ミニマムフェイタン」
「(カチン)……拷問されたいか」
「腹立たないんじゃなかったの!?」


フェイタンの拷問はまず指の爪を一枚ずつ剥いでいくことから始まる。最初は、精神面も肉体面も追い詰めていくあの作業を、楽しそうに時間をかけてやるフェイタンがあまりにも壮絶でめまいがした。けれどもそれを何度も見てゆくうちに拷問に見慣れてしまって、なんだかこう、今では拷問を見ても飽きというものを感じてしまう。だから今はこう思っている。フェイタンの拷問はすごく地道だ。


「今なに考えてたね、バカ女」
「ひっ、まったく何も考えておりませんのでお気になさらず!」
「……フン」


なんだエスパーか。


「で?」
「え?」
「なぜワタシにそなくだらないこと聞いたね」
「えっ。……いや、その、それは……」
「ささと答えるよ、バカ女」
「……フェイタンだから教えるんだからね?他のひとに言っちゃダメよ!」
「(絶対言い触らしてやる)で?」
「遡ること、昨日の話なんだけどさ……」


―――――――――*


そう、あれはヒソカとのトランプで惨敗したその罰ゲームとして、フィンクスにいたずらしようと彼の部屋に侵入したときのことだ。

『なまえの負け、というか惨敗だね。罰ゲームは何にしようか?』
『くっ!あたしも女よ。罰ゲームは甘んじて受け入れてやるわ!!…あ、でも、あたしの体は求めちゃだめ……!』
『(うん、可哀相なコだ)……じゃあ、罰ゲーム言うよ?』
『なになに?』
『いいかい、罰ゲームはフィンクスの部屋のベッドにこれを入れてくることだよ。バレないように』
『こ、これは、……スライム!?ヒソカの罰ゲームだからどんな恐ろしいものかと思ってたけど予想外!というか無関係なフィンクスが罰ゲームじゃないの!ぷぷぷ!』
『やってきてくれる?』
『もちろん!見てなさいあの強化系単細胞!日頃の恨みつらみを晴らしてくれるわ!じゃあ行ってくる!』
『うん、いってらっしゃい』


そうしてだれもいなかったフィンクスの部屋に忍び込むと、ヒソカの指示通りに大量のスライムをベッドの中に入れて掛け布団でいい具合にそれを隠した。よし、これでフィンクスは怒り狂うに違いない。だからあたしは彼の怒りの矛先がこちらに向く前にシャルとかに付き合ってもらってどこかへショッピングに連れてってもらおうと考えていた。すると欠伸が出た。ちょっと眠かった。そういえば今日はお昼寝をしてなかったなぁ、と考える。フィンクスは仕事に行って帰ってくるのは明け方あたりのはずだからちょっと眠ろう。ほんのちょっぴり居眠りをするつもりでフィンクスのスライムベッドに身をあずけた。フィンクスの男っぽい、いい匂いが妙にここちよくて、いつの間にか眠ってしまっていた。


しかし、それがいけなかった。


けだるさから何とは無しに目が覚めた。目に入ったのは眉毛のないキレーなおでこ、閉じている切れ長の釣り上がった目、唇に触れるか触れまいかの小さな感触。見えるべき天井が見えない。眠いがゆえにしばらくボーっとしていたあたしはそれを理解すると、もちろん、飛び上がった。


『ふぃ、うっきょー!』


これが奇声の過程である。
ちなみに奇声の初めの『ふぃ』はフィンクスの『ふぃ』だ。補足である。



―――――――――*



「(フィンクス、そなことしたのか)」
「…ほんとに誰にも言わないでよ」

「(いや、言い触らす)…で、逃げてきたか。おまえ」

「だってだってだって!逃げるしかないもんアレ!フィンクス突き飛ばして全力疾走だよ!うきゃあああああ!」

「やかましい」

「もう、何なのよ、フィンクス…。そういうの流行ってるのかな?やっぱりあの年頃の男の人って、そういうの誰彼かまわずしたくなっちゃうものなの?」

「そなわけないねバカかお前。いくらアイツの眉毛がないからって女は選ぶに決まてる。で、お前どうするね」

「え?どうするって?」

「"このままでいいのか"てことよ。……フィンクスも憐れね。好きな女がこんなバカじゃなかたら苦労しない」

「…ば、バカ…」

「そう、バカ。バカでアホで鈍感。だからフィンクスも言えなかたよ。そな女が自分の部屋で寝てたら、手出したくなるの当たり前」

「……」

「お前、フィンクス嫌いか?」

「ううん、嫌いじゃない」


はっきりとした答えだった。
フェイタンの言葉にショックを受けながらも静かに話を聞いていた##name_1##だが、『嫌いじゃない』と答えるのには何の迷いもない表情さえしていた。フェイタンはきっとわかっていたのだろう。##name_1##とフィンクス、二人のことを。


「フェイタン」

「何ね」

「フェイタンってもしかして、すごくあたしのことわかってるよね」

「……付き合い長いからね。じゃなきゃ誰がお前なんかわかるか」

「えへへへへ」

「気持ち悪い。その笑い方やめろ」

「フェイタン」

「何ね」

「あたし、フィンクスのとこ行くね!」

「…ああ、その必要ないよ」

「え?」

「耳悪いかお前。…ほら、」



駆けてくる音が
きこえるから。



想い一つ伝えられなかった不器用な奴が焦ったような足取りでこちらへ来るのは、ちょっと笑えるものがあった。さて、言い触らしてくるか。