「せらちゃーん。伏黒せらちゃーん。診察室までお越しくださーい」
待合室で待機していると看護師から名を呼ばれる。びくりと肩を揺らしたせらが繋いでいる兄と母の手をぎゅっと握った。
「行こっか」
「ゃ、やっぱり、やぁ」
椅子から立ち上がった二人の手を引き留めるように引っ張る。少し驚いた顔で母が振り返ると、目にうっすらと涙を浮かべながらせらがこちらを向いていた。
「ここまで来れたじゃない。あとちょっとよ?」
「で、でもぉ、ぐすっ」
「せら、がんばろう?」
「ひっく、ゃぁ〜」
堪えきれなくなってぽろぽろとくりくりとした目から涙がこぼれる。こほこほと弱々しく咳をしながら泣き出してしまったせらの背中を恵が優しく摩った。
「せらけほけほつらいでしょ?」
「だ、だいじょうぶ、だもん、げほゲホッ!」
「せら、」
大丈夫だと言いつつも止まらない咳に少しずつ泣き声も小さくなっていき、呼吸が弱くなってくる。恵がせらの背中をさすり続けるも中々咳は収まらない。
「せら、お母さんの顔見える?」
「げほっ、ゴホッゴホッ!うぇ、」
「せら、!」
二人の声掛けに反応せず、せらの体が前のめりに傾いていく。母が何とか受け止めるも苦しそうに咳を繰り返すだけ。どうしたらいいのか、と母が逡巡した時、診察室のドアが開いた。
「どうしました?」
「すみませんっ、急に苦しくなっちゃったみたいで、!」
診察室から出てきたのはいつも見てくれている医者。慌てた様子の母親に医者は表情を引きしめ、せらを抱っこして診察室へと連れた。
「今日はどんな様子でしたか?」
「朝から咳が出ていてものを飲み込むのが辛いようでした。それと頭痛と発熱が」
「分かりました。とりあえず咳が辛そうなので痛いだろうけどお水飲ませますね」
ベッドに降ろしたせらに看護師が紙コップに入ったお水を与える。ぎゅっと目を瞑って胸を押さえるせらに母と兄は心配が募った。
「せらちゃん、お水飲めるかな?」
「げほげホッ、くるし、ぅ」
「そうね、お水飲んだら少し楽になるかも!」
それを聞いたせらが胸に当てていた手を看護師に伸ばす。看護師が手に持っている紙コップをせらに持たせ、上から支えて飲ませると、なんとかせらの咳が落ち着いた。
「よかった、」
「うん。それじゃあ診察始めますね」
母がせらを抱えて診察椅子に座り直す。咳は止まったが、ぐったりした様子のせらを心配そうに恵が覗いた。
「まずは心音聞きますね」
「服上げるね〜」
「ちょっとぶれるねぇ、」
涙目で咳をするせらは、いつもならぐずる聴診器も舌圧子も耳鏡も、抵抗する気力はなく母にもたれている。母も恵も元気の無いせらに不安が募った。
「喘鳴もあるね」
「げほげほっ、おかあさ、」
「頑張ったね。やっぱり発作も出てますか?」
「うん。今回は不整脈と風邪が原因で喘息が悪化されちゃった感じかなぁ」
固く目を瞑って震えているせらを母は抱えて背中を摩った。
医者がカルテを書き込み、看護師が確認すると診察が終わる。隣の部屋に移されると次は吸入の治療だ。
「じゃあこれをお口に当ててください。タイマーが鳴ったら終了です」
「ありがとうございます」
「はーい」
窓側に取り付けられたカウンターの下にある椅子を引き出して母が座り、膝の上にせらを乗せて看護師から渡された吸入マスクをせらの口に当てた。
「ゆっくり息しよっか」
「ぅん、けほっ」
「恵もこっちおいで」
「うん」
隣の丸椅子を引いて恵を座らせて鞄から出した絵本を恵に渡す。受け取った恵は黙々とその絵本を読んだ。
「読んであげられなくてごめんね」
「ううん。へいき」
恵はそう返事をして絵本を読んでいるがページをめくる手はほとんど動かない。ちらちらと心配そうに妹を見ては手元に視線を戻す、を繰り返しているだけ。そんな恵の頭を母が撫でてあげると不思議そうな顔をして嬉しそうに頬を緩めた。
「おかあさ、けほっ」
「どうしたの?」
「ねむい、の」
「そっかそっか。もうちょっとで終わるから終わったら寝てもいいよ」
「ん、」
「じゃあお母さんとお兄ちゃんとお話しよっか」
「けほっ、する、」
薬が効き始め呼吸が楽になったせらの表情が少し明るくなるが、今までの疲労がきてしまい瞳が重くなる。寝てしまうと薬の効きが弱まってしまうかもしれないため母がお話を提案するとせらも恵も嬉しそうに反応をした。
「病院終わったらゼリー買いに行こっか!せらは病院頑張ったご褒美、恵は着いてきてくれたご褒美」
「やったぁ、」
「ぼくもいいの、?」
「もちろんだよ。恵も沢山頑張ってくれたでしょ?」
そう言うと恵は驚いたように目を見張った。でもすぐ少し恥ずかしそうに下を向いて小さくうん、と返事をした。
「おにいちゃん、ありがと、う」
「お母さんからも。ありがとう」
「えへへ、うんっ」
その後、ピピピっとタイマーが鳴り看護師が来て吸入が終わる。マスクと交換に渡されたホクナリンテープを母がせらの鎖骨下に貼った。
「よく頑張ったね〜。ご褒美のシールどれがいい?」
「えっと、これ」
「はーい。どうぞ」
「ありがとう、」
「良かったね〜」
「うんっ、」
「お兄ちゃんも静かにしてくれてありがとうね。シールどうぞ」
「ぼく?」
「うん!もちろんだよ〜」
「わ!良かったね〜!」
待合室に案内され待っている三人の元に小さめの箱を持ってきた看護師がご褒美のシールを渡す。恵は自分が貰えると思っていなかったのかびっくりしていたがその箱に中に好きなシールを見つけたのか、目が釘付けになっていた。
「これがいいのかな?」
「、うん」
「じゃあはい!どうぞ〜」
「あ、ありがとう」
「良かったねっ。ありがとうございます」
「いえいえ〜。ではお会計に呼ばれるまでこちらでお待ちください〜」
様子は違えどシールを貰ってご機嫌な二人とともに母は笑みを浮かべた。
間もなくして受付に呼ばれ会計を済まし、隣の薬局で処方箋を受け取って車へと戻る。せらはレジ横のおくすり飲めたねグレープ味を買って貰えて満足そうだ。
「じゃあスーパーでゼリー買って帰ろうか」
「けほっ、うんっ」「うん」
両隣の腰丈の頭を撫で車へと向かう。車の中では薬が効き始めて笑顔になったせらとそれに安心した恵がどのゼリーを買おうか話していた。