第一話 五条悟!!

 彼の名前は五条悟!某大手不動産の社長であり、その歳なんとも二十二歳!その有り得ないほどの素晴らしいカリスマ性で一昨年立ち上げた不動産は発展真っ只中だった地域と抜群の相性で、その成績はうなぎ登り!!死角からの新規の企業に大手もそれはそれは驚いた!!あの手この手で封じ込めようとするも素晴らしいカリスマ性と美しすぎる絶世の美貌に人々はみな魅了され、熱にうかされる人も続出したという!そんな訳で彼は瞬く間に羽を羽ばたかせていった!


 そんな彼だが、過去には苦しい思い出もあった。
 高校時代、五条は唯一の親友であった夏油傑に不動産を立ち上げようと思うと相談していた。夏油は君ならできるよと背中を押してくれていたのだが、五条の本当の相談はそこではなかった。彼の本当の願いというのは、他でもない夏油と不動産を立ち上げたいというものだった。だが思春期でもあった彼の言葉はなかなかどうして上手く伝わらず、結局仲違いを起こしてしまった。そういうことじゃないんだと何度も抗議しようとしたのだが、上手く言えず、悉く無視され、そのうち彼も諦めの念が見え隠れし、こいつにこだわる必要は無いと自身に言い聞かせるようになった。
 それから二ヶ月の時が流れ、五条は企業を立ち上げる勉強を始めた。その頃にはもう夏油の事はそこまで気にしておらず、黙々と準備を進めていた。だがそんなある日、五条の耳に聞き捨てならない噂が入った。夏油が子供を庇って事故にあったと。あいつが?そんなわけねえ。と思う反面、心の中では不安が募りつつあった。このままでは準備にも力が入らない、と理由を作り、噂をしている野郎どもにどこの病院に入院しているのかを聞き出し、そのまま直行でその病院に向かった。
 ナースステーションで夏油傑の病室はどこだと言い、聞いたそばから一目散に走り向かった。後ろで看護師達が走るなと怒鳴っていたが、そんなこと気にしてはいられなかった。

「傑!……すぐ、る、?」

 部屋に入り、目に入った光景は信じられないものだった。夏油は右腕がなく、いつも小綺麗に纏められていた髪は散乱し、血の気のない顔で眠っていた。口元には酸素マスクが付けられており、時折白く曇る様子に少し安堵する。だが、気配に聡いはずの彼は自身がここまで近づいても起きる気配が無かった。彼に触れようとするも、ひとたび触れてしまえば消えてしまいそうなその感覚に躊躇い、そばにあった丸椅子に腰掛けた。
 彼の顔を見ながら暫くした時、病室に看護師が入ってきた。その看護師は自分が視界に入った瞬間から懇々と説教をし始めた。だがそんな事聞く気にならず、ひたすらに傑の顔を見ていると傍からため息が聞こえた。

「傑ずっと寝てんの」
「……そうね、運ばれてきてからまだ一度も目を覚ましてないわ」

 看護師の声色が変わる。さっきとは打って変わった静かな声。

「いつ起きんの」
「それは分からない。一命は取り留めたけど、身体の欠損以外にも外傷が確認されてて、いつ容態が悪化するか分からない。最悪の場合、」
「んなことねぇ。こいつは渋てぇんだ」
「そうかもしれないけど、可能性を説明しない訳にはいかないでしょ「ねぇっつってんだろ!」」

 気持ちが昂り、つい声が大きくなる。でも有り得ねぇ。こいつが、こいつがそんな簡単にはくたばらない奴だって、俺が一番知ってる。

「……気持ちは分かる。でも他に患者さんもいるんだから落ち着きなさい」
「……ッチ」

 そんな時、傑の無くなった右腕の根元を見ていた時、微かに開かれる傑の唇が目に入った。

「……さと、る?」
「!傑!大丈夫か!?どこか痛いとこは!?」
「!先生呼んでくるわ!」

 慌てて病室を出ていく看護師の足音など耳に入らず、ベッドに手をつき、傑の顔を覗き込んだ。

「……だい、じょうぶだ、はは、そんな、顔、しないで、くれ、」
「そんな話し方で大丈夫なわけねえだろ!」

 俺に心配かけまいと、笑う傑の笑顔は見た事のないくらい、取り繕われたものだった。
 そんなもん見せてんじゃねぇよ。俺にくらい本当の気持ち見せろよ。だがそんなこと言えるはずもなく、ただただ顔を顰めることしか出来なかった。

 そこへ医者が来て、簡単な自己確認をして、今の傑の症状について説明した。事故により、右腕の欠損、右脚の骨折、その他に頭を強く打っていることから今後何が起こるかわからない為数日は絶対安静、ということだった。

「君が助けた男の子だけど、元気だよ。外傷は見られないけど一応で検査入院してる」
「そう、ですか、よかった」
「……どこがだよ」
「え、?」
「どこが良かったんだって聞いてんだよ!子供なんて助けてんじゃねぇよ!なんでお前が怪我しなきゃいけねえんだよ!」
「さと、る、おちつい、て」
「落ち着けるわけねぇだろ!こんなんなって、こんなの、おかしいだろ!」

 理解、なんて出来なかった。他人を庇って、腕失って、なんなんだよ。他人なんてどうでもいいだろ。お前が死んだら、いなくなったらどうすんだよ!

「さとる、私は、生きてるだろ、?」
「でも、でも!」
「大丈夫だ。怪我したし、腕も……失ってしまったけど、私は、後悔してないよ」
「……」
「あの時、あの子を助けて、見殺しにしなくて、良かった。嘘じゃないよ」

 それでも分からない。俺には理解できない。他人と大切な人、どっちを取るかなんて決まってる。

「……今は安静にすることがあなたの仕事です。何かあればどんな事でも知らせてください。では」
「はい、ありがとう、ございます」

 医者はそう告げて看護師を連れて部屋を出ていった。俺は傑の考えてることが分からない。今だって、なんだってそんな顔してんだよ。

「悟、学校は?」
「んなもんどうでもいいよ」
「はは、そんなことないだろ、私は大丈夫、だから、戻りな」
「……やだ」
「……ふふっ、何かあれば、連絡するよ、」
「……絶対だぞ」
「あぁ、約束するよ」
「安静にしてろよ」
「言われなくても」



 翌日、傑は死んだ。俺が見舞いに行く数十分前の出来事だった。

 事故などの頭部外傷によって脳内に出血が生じる病気。急性的なもので、症状が出始めるのは事故直後に限らず一二日後に発症することもある。例にもれず、傑も発症が確認されたのは死亡するたった数時間前だった。


 俺は傑の両親と面識があり、傑とも特別親しい友人と把握してくれていたので霊安室に入ることを許してくれた。
 傑の両親に挨拶をし、霊安室の傑の顔にかけられた白布をどける。そこには昨日見た時よりも血の気のない顔。頬に触れても、子供かよ!なんて笑いあったあの時の温度は感じられなくて。肩に触れても、手を握ってもどこまでも冷たい。温めたって、自身の体温が少し下がるだけだった。
 傑は最期、苦しんだ末、眠るように息を引き取ったという。やっと苦しみから逃れられたのだろう、その顔は少し穏やかだった。
 傑の横に座り込み、頬を撫で、顔を見続ける。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。そろそろ、という傑の両親の声が耳に入った。

「すみません。お時間を頂いてありがとうございました」
「いいのよ。傑もあなたの顔を見られて良かったと思うわっ、」
「悟くん。葬儀は君にも参加して欲しいんだ。君さえ良ければ、なのだが」
「ありがとうございます。参加させてください」
「そうか、こちらこそありがとう。傑もきっと喜ぶよ。それと、これ」

 そう言って傑の父親に渡されたのは、十一桁数字の羅列が書かれている紙。あぁ連絡先か、と理解するのに数秒かかった。

「葬儀は私達と近しい親戚と君くらいの小さなものなのだが、些細なことでも連絡させて欲しい。すまないね」
「いえ。いつでも連絡してください。待ってますので」
「ありがとうね。助かるよ」

 助かる、といった父親の顔と言葉が傑を思い出させる。あまりにも似ているその顔に胸がぐっと詰まる。そんな所をこの人達に見られたくなくて、少し顔を俯かせた。

「じゃあ、……僕はこれで。失礼します」
「あぁ、気をつけてね」「えぇ、またね」

 頭を下げ、足早に霊安室を後にする。
 いつか傑に、目上の人の前では「私」か最低でも「僕」にしな、と言われたことを思い出す。……せめてもの抵抗だ。



 葬儀が終わり、火葬は親族のみの為、傑の両親に礼をし、自宅へ帰る。
 涙なんて出なかった。どうして子供なんて助けたんだ。わかってる、傑はそういう奴。どうして連絡してくれなかったんだ。急性的なもの、連絡なんて出来なくて当たり前。どうして、……どうして!……先に逝っちまうんだよ。──置いてくなよ、一人にすんなよ……
 言いたいことは山ほどあった。でも僕には伝えられなかった。伝える勇気がなかった。関係が壊れるのが怖かった。
 不動産はただの興味だった。上手く行けば金が大量に手に入る。別に金には困ってなかったが自分で一から何かをやってみようという好奇心。本当にそれだけ。だからだったのかもな。傑は正義感の強いやつだ。僕に正論かまして僕が煽って、何度も喧嘩した。そういえば、傑の将来の夢はなんだったんかな。……そんなことも知らなかったのか。親友ならそれくらい知ってろよ。



 高校卒業後、大学には行かず、独学で不動産について学んだ。先公には狭き門だと言われたが、そんなことは関係ない。不動産とは人の生活に関与する。どんな人でも幸せを掴む権利は与えられる。幸せを、家族を、友達を、大切な人たちを。人との繋がりは人を成長させる。その成長に関われるように。僕はその道に進む。そして実現させる。言ってやるのだ。やってやったと。見てろよ。親友。



 そして数年後、彼は不動産王となる!彼の物語はまだまだこれからである!
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