第五話 出会い!!
少女、旭はいつものように公園のブランコに座り、ゆらゆらと前後に揺れながらとある人物を観察していた。その人物は現在、縁代わりに埋め込まれた赤い木の棒に座り、それに囲われた砂場にいた。
山を作りトンネルを開通させては崩し、を繰り返してかれこれもう一時間が経つ。もちろん旭に時計は読めないが長い時間が経っていることだけは何となく分かった。
「あきないのかな」
旭がぼそっと声を漏らすも少年に届くことは無い。
何故ならば少女は今、透明人間だからである!
数週間前に突然現れた自身の能力。それは自分の存在を他者から隠すもの。無論、彼女なりに戸惑いはしたがそれは一瞬。好奇心旺盛である性格の彼女はいとも容易くその現象を受け入れた。──果たしてそれが本当にその能力のみなのか、はたまた解釈自体が違うものなのかは幼い彼女には分からない。
少年が来て小一時間が経った今、旭はなんとなく少年を眺めているだけのこの時間に嫌気がさし始めていた。
──あのこ、きになる。
一度気になってしまっては彼女はじっとしてられない。旭は少年に声をかけることにした。
「なにしてるの?」
突然背後から現れた少女に恵は肩をびくりと揺らす。声をかけられるまで、少女の気配は一切感じられなかった。これは少し悪戯好きの彼女の仕業であるが、そんな事など露も知らない彼にとっては、もしや幽霊なのでは無いか、と全くもって杞憂である考えが浮かんでいた。
「だれ、?」
「柳旭!あなたは?」
「……ふしぐろめぐみ、」
びくびくと震えた小さな声で正体を問えば、間もなく返答が返ってくる。そんな簡単にこたえが来るとは思っていなかった恵は、ひとつテンポを遅らせて自身の名を明かした。そうして名を知って背後に立ったままの少女は明るく溌剌とした声で「そうなんだ!」と笑った。
「おすなあそびすきなの?」
「……そんなに」
恵は自身の横にしゃがみ込んだ旭から目を逸らして足元の砂を見つめて答える。「そうなんだぁ」とあまり興味が無さそうに返事をした彼女は少年を真似して下を向くと、指で絵を描き始めた。
「……ほ、ほいくえん、いってないの、?」
旭は恵を置いてけぼりにして砂遊びに夢中になっている。会話の内容空間に耐えられなくなった恵が旭に話しかけた。
「わたし?いってないよ!」
「……そっか」
「めぐみくんは?」
「……い、いってない」
名前を呼ばれることは津美紀以外にはほとんどなかった恵は狼狽えつつもなんとも言えない気持ちに包まれて返事をした。
そんな事などお構い無しな旭は砂遊びを一度やめ、恵に向き直った。
「じゃあわたしといっしょだね!」
「、うん」
「あのね、わたし、おともだちいないの」
「……え?」
言葉とは裏腹に少女の表情は暗くはない。自身の隣に座ってる彼女はいたって普通だ。
きょとんとした顔で恵が旭を見つめれば旭はさらに笑顔になってこう言った。
「だからね、おともだちになってほしいの!」
胸の前で手を組んできらきらとした目で自身を見る旭に今度は声も出せなかった。
しかし、恵自身も友達というものには興味があった。如何せん家族は津美紀だけだし、それ以外に話す人がいるとしてもご近所さんのおばちゃんくらいだ。
恵はあまりにも熱い視線にばっとそらしてしまった視線を少女に戻した。旭は先程と変わらぬまま、その髪色に不釣り合いなほどに鮮やかなサファイアブルーの瞳を恵に向けている。
「……いいよ」
その言葉に少女は既にきらきらと太陽の光を受けて光るその瞳をさらに輝かせて大きく笑った。
「やったぁ!ありがとうめぐみくん!」
「う、うん」
「あのねあのね!わたし」
──魔法が使えるの!
出かけた言葉を両手で口を塞いで飲み込む。その様子に恵が首を傾げて自身を見るも、旭はそこまでは気が回っておらず気がついていない。初めての友達ができたという感情に浮かされて、危うく自身の秘密まで漏らしてしまうところだった。
危ない危ない、とひと息ついた旭は仕切り直して、と口から手を外し、恵に向き直った。
「ごめん、なんでもなかった!」
「そ、そっか」
「えっとね、せっかくおともだちになれたから、いっしょにあそびたい!」
「あ、うん、いいけど、」
少女の勢いに負かされて口からするすると肯定の言葉が出てしまい、気づいた頃に後悔しても遅く、ほんとう!?と目を輝かせた彼女に自身の手を取られていた。
いきなり立ち上がった少女に躓きながらも立ち上がる。どこに向かうのかは分からないが、きっとこの公園の敷地内だろうと思案した恵は彼女に手を引かれるまま従った。
「ま、まって、どこいくの?」
「ん?えっとね、こないだみつけたの!」
「なにを、?」
明らかに公園の外へと向かう少女に対し予想が外れた恵は焦って少女に問う。しかし少女からの返答は答えになっておらず、恵はただただ困惑する。そんな様子に旭は自身の返答が余りにも言葉足らずであることには予想打にもしていなかったため首をかしげ不安そうにこちらを向く恵にハテナを浮かべながらも足を進めた。
「じゃーん!ここだよ!」
そう言って連れてこられたのは、小規模の廃工場のような古びた大きな倉庫。舗装されていない道路沿いにいくつも立ち並んでいる。公園の少し離れただけの所にこんな建物があるとは知らず、旭に手を握られたまま立ち尽くした。
そのまま辺りを見渡して呆然としているとくいっと左手が引かれる。今度はどこに連れていかれるのかと少女に視線を向ければ、少女はそれに気づくことも無く砂利を踏みしめて建物の中へと向かっていた。
「ちょ、ちょっとまって」
「ん?」
「いや、だめだろ、かってにはいったら」
「でも、だれもいないよ?」
「だからってはいっていいわけじゃないだろ、」
少女は恵の制止を聞かず、躊躇なくシャッターが上がっている倉庫へと足を進める。恵も負けずと手を引こうとするがどこからそんな力が出てくるのか、結局止められず倉庫に入ってしまった。
「ほ、ほんとにいいの?」
「だいじょうぶだよ!はいったことあるもん!」
あるのかよ、と恵は心の中でつっこんだ。
倉庫は入ってみると少し埃っぽいが、そこまで汚れていたりする訳ではなく、割と居心地は悪くない。恵も大人びているとは言ってもまだ年長。いけないことなのかもしれないと心の中では思いつつも、好奇心には勝てなかった。
「ほら、けっこういいでしょ!?」
「ま、まぁ」
まるでそうでは無いはずがないと言いたげな視線を向けられてしまえば肯定せずにはいられず。恵がそう答えればそうだろうそうだろうと誇らしげに旭は笑った。
「なにしよっかなぁ」
何故か置いてあるソファに腰掛け、両手を頬に当ててゆらゆら揺れる旭はピコン!と閃いたように顔を上げ恵を見た。何やらまだ隠していることがあるそうだ。
「めぐみくん、ちょっとまっててね」
「う、うん」
立ち上がった旭は倉庫の奥の方へと走り出す。置物の裏に行き見えなくなるが程なくして旭が両手に何かを抱えながら戻ってきた。
「じゃーん!みてみて!」
床に置かれた横長の金属箱を旭が開けると、中から色んな玩具が出てくる。物珍しそうに恵が箱の中を覗く様子を見て旭はどこか満足そうだ。
「すごいでしょ!」
「うん、いっぱい」
「どれであそぶ!?」
「え、っと、」
まさか自分が決めるとは思っていなかった恵は戸惑い旭を見る。満足げにこちらを見ている旭は自分で決める気はないようだ。悩んだ末、恵は金属箱のなかでもひときわ光っている沢山の小さな丸いものを指さした。
「これなに?」
「これはね、おはじきっていうの!」
「おはじき、」
「おはじき」と呼ばれるものが箱から取り出され、恵の手のひらの上に置かれる。小窓から入る光に照らされてキラキラと光るおはじきを見れば、自然と表情もキラキラとする。
「きれいでしょ!」
「うん、きれい……」
「これね!あのこうえんでみつけたんだよ!」
張り切って誇らしそうに自慢する旭に、恵は少し怪訝そうな顔をした。そんな恵の表情を見て旭は焦って口早に告げる。
「ち、ちがうよ!?ほかのこのをうばったんじゃないよ!」
「……ほんとうに?」
「ほんとうだよ!さいしょみつけたときだれかのかもとおもったから、ちゃんとわかりやすいところにおいて、よっかまったもん!」
ほんとうのほんとうだよ!と押しまくる旭に恵は次は込み上げてくる笑いを抑えるのに必死だった。なぜか四日待ったことに重きを置いている旭は、(本当は笑っているだけだが)うつむいている恵に訴えかけ、知らぬ間に恵に追い打ちをかける。
「めぐみくんしんじて!わたしわるこじゃないよ!」
「……」
「めぐみくんったら!」
俯く自身に一生懸命話しかける旭が面白可愛くて焦らす様にしばらくそのままでいると、旭の声が少し小さくなった。
「めぐみくん、わたしっ、ほんとうにだめなこじゃないよ、っ」
「……?、!」
刹那、視界に映っている旭の膝に置かれた白いこぶしに、水滴が見える。室内ということにも忘れて雨が降ってきたのかと思って顔をあげれば、目の前にはまん丸の目にたくさんの雫をためてこちらを見る旭がいた。
「えっ?」
「おねがい、わるいこじゃないってしんじてくださいっ、」
恵が顔をあげたタイミングで、旭の目から大量の粒があふれてすべすべのほっぺに伝う。驚いて急いでポケットから出したハンカチで旭の頬を拭うが、吸収が生産に追いつかない。そのうち鼻水も出てきてしまうから、今度はティッシュも取り出す。
「ごめん、なかせるつもりはなかった」
「ううん、かってにないてごめんなさいっ」
「はなみず、これでちーんして」
「っありがとう、」
とりあえず急いで取り出してクシャっとなってしまったポケットティッシュを整えて渡した。歪んだ視界でうまく取りだせない旭を手伝えば小さな声でありがとうと聞こえる。さすがの恵も少し罪悪感が芽生えた。
「べつにわるいこなんておもってないよ。ふつうにわすれてったんだからいいでしょ」
「よかったぁっ」
「だからなきやんで、っふ」
不安から解消されたことによって余計に涙がこぼれる旭に、焦りを通り越してもはや笑ってしまうと、それに気づいた旭はぷくっと頬を膨らまして自身を睨んだ。
「わらわないでっ!」
「ごめん、っおもしろくて、」
「どこもおもしろくないもん!」
ぷんぷんと怒りながらも未だに泣いている旭はもう顔がぐちゃぐちゃである。笑いながらも旭の顔をハンカチとティッシュで拭ってあげれば、複雑な心境でありがとうと口にした。