第四話 冒険!!

 彼、五条悟は現在、埼玉県に降り立っていた!今まで発展地域での不動産ばかりやってきたが、新しいことにも手を出そうと思い、都心部で働く人達の住居、所謂ベッドタウン的なものを考えている。ベッドタウンは高度経済成長期に都心部に企業が集まり、住居をつくれなくなった時に東京郊外に作られた住居のこと。昼間に比べて夜間の人口が大幅にアップするのが特徴的だ。そして今、その住居も空きが少なくなってきているという。そう、つまり、今都心で働きたいけど家がない!という、住居の需要が高まっているということだ!そして、その需要に対応でき得る住居を作る。それが現在の彼の新しい企みであった!


 車に乗りこみ、メモ帳を開く。草加は割と団地があり、建てられる場所は少なそうだ。一度それを記録したら、ナビに川口の文字を入力し、エンジンをかける。有名な某冒険曲をスマホで流し、口ずさみながら駐車場を出た。


「おぉ〜、いいねぇ!」

 車の扉をバタンと閉めて、深く息を吸い込む。心地よいそよ風と広々とした野原が相まって今なら良い日向ぼっこが出来そうだ。

「よし!ここに決めた!」


 ──彼は即決であった!


 早速土地の管理者に連絡を取った。すると今現在暇をしていたそうで、自宅でゆっくりと話がしたいとお家にお招きしてもらえることとなった。直ぐに行きますと伝えて、ナビに教えてもらった住所を入れ、できる限りの菓子折を途中で買い、そこから一直線に法定速度ギリギリで山田さん宅へと向かった。


「いらっしゃい〜わざわざありがとうね〜」
「いえいえ!こちらこそお招き頂きありがとうございます〜こちら、手早に用意させていただいたものですが、良ければ受け取ってください」
「おぉ!これ美味しくて大好きなんだよ、ありがたくいただくね〜」

 紙袋から臙脂色に様々な和柄がプリントされた紙に包まれている饅頭の菓子折を取り出して渡すと、どうやら有名なものだったようで、喜んでもらえた。「どうぞ上がって〜」と、柔らかく落ち着いた声色で部屋へと案内をしてくれる。


「それで早速なんだけど、土地にマンションを建てるのかい?」
「はい。ご挨拶が遅れてしまいすみません、電話でも少しお伝えさせて頂いたのですが、私こういう者でして」

 左内ポケットの名刺ケースから名刺を一枚取り出し、彼に手渡す。ありがとう〜と受け取った彼は、笑顔を絶やさぬまま「こんな若いのに社長さんか、君すごいね〜」とお褒めの言葉を頂いた。

「恥ずかしながら。ありがとうございます」
「そうか社長さんか。色々と苦労もあっただろう、社員の方々は元気かい?」
「はい。少し元気すぎてこちらが困惑するくらいには元気ですね」

 「はははっそれは素晴らしいねぇ」と、彼は目尻に優しい皺を刻み微笑む。和やかな空気がとても心地良かった。

「にしてもマンションとは、だいぶ大きく出たね、それはどうしてなんだい?」
「はい。年々、都心で活動する企業が増加しているのですが、それに比例して住居を建てる土地が不足していまして。昔、高度経済成長期にはその状況を改善するために国は郊外、主には神奈川や千葉、そしてここ埼玉に、都心で働く人のために“夜間に寝泊まりできる場所”、所謂ベッドタウンというものを建設したんです。しかし、今現在建設されている住居だけでは数が足りず、寝床の確保が困難となった労働者が増加しています。そこで我々企業は新たなベッドタウンを建設しようという立案を致しました」
「ふむふむ、なるほどね〜」

 現在の世情と自身の画策の旨を伝えると、山田さんは慎重な面持ちで考え込んだ。
 しかし、数分の沈黙後、山田さんはいきなり顔を上げて「うん、いいよ!」とおっしゃった。

「え、いいのですか?」
「うん!良い考えだね!こんなに判断が早いんだ、頼りになる社長さんなんだねぇ」
「それは山田さんもですが……」

 「うんうん!いや〜、やはり君はすごいねぇ」と満面の笑みで拍手をして僕を讃える山田さんを見て、この人は詐欺に引っ掛からないだろうかと心配になる。

「うん、決定!僕の土地好きに使っていいよ!」
「そんな簡単に……でも、ありがとうございます」
「いえいえ〜君のようなカリスマな方とお仕事が出来て僕も嬉しいよ。ありがとうね」
「!……こちらこそありがとうございます」

 ホワホワとした笑顔のまま僕に差し出してくれている山田さんの右手を両手でぐっと握る。彼の笑顔につられて微笑み返せば、「最初の挨拶でも思ったけど、五条くんはとってもイケメンさんだねぇ」だなんて褒められてしまった。まぁ事実であるし、いつも言われていて慣れてはいるが、やはり心から言って貰えると嬉しいものである。「とても嬉しいです。ありがとうございます〜」と返せば、その笑顔も素敵だ、なんて返してくれる。少し優しすぎるお方だな。やはり詐欺にかからないか心配だ。


「今日はありがとうねぇ。たくさんお話できて久しぶりに楽しかったよ」
「いえいえ。こちらこそこんな長い時間お話に付き合って下さりありがとうございました。」
「それじゃあ気をつけて帰ってね〜。また話そう」
「はい、また。」

 お辞儀をし、車に乗り込む。彼は玄関から、僕が運転する車が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。

 彼が僕を褒め倒してくれてから数時間、仕事の話や日常の話、山田さんの孫の話など、たくさんの話をした。山田さんの奥さんは数年前に他界したそうで、それからは時々顔を出してくれる息子家族だけが暇を癒してくれる存在なのだと話してくれた。特別な存在の人を亡くす痛みは自身もよく知っている。だが、自身はまだ周りに関わってくれる人がいたが、彼はどうだろうか。妻が亡くなって、たまに息子家族が来てくれたとしても、それ以外の時間はほぼひとり。心に空いた穴を埋めるのに、時間と暇を持て余すというのはとても苦しい。それに耐えてきた彼の苦労は自身が理解出来る範疇を超えている。でも、それでも。似た苦しみを味わったことのある自身だからこそ、話せることもあるのではないだろうか。傑のことはあまり自分から話したことは無かったが、彼には話してみてもいいかもしれないと思った。

「苦しさに上下なんてないさ。君もよく頑張ったんだよ。」

 信号待ちで、そう言ってくれた彼の笑顔が脳裏に浮かんだ。窓から射し入る太陽の光が優しく、彼の顔を照らす。その顔が、いつしか傑が自身に向けてくれた笑顔と重なった。

 青信号になり、車を発進させる。ナビに従って右折をすれば黄金色の夕陽が半分、沈みながらこちらを見ていた。その眩しさに温かさも感じながら、天井に備え付いている眼鏡収納からサングラスを取り出してカラーレンズメガネと付け替えた。目の色素が薄い影響で光には弱い。ふぅっと息をついて宿泊するホテルへと向かった。


「ん〜いいね、最高〜」

 駐車場へ車を停めて宿泊用のボストンバッグを手に持ち、エントランスへと入った。
 エントランスはシックなデザインでまとめられており、落ち着きのある音楽がかかっている。やはりここにして良かった。今夜はゆっくり休めそうだ。

「予約していた五条です〜」
「五条様ですね。こちらに記入をお願いします。」

 フロントでささっと手続きを済ませ、荷物を渡せばスムーズに部屋へと案内される。


「こちらお荷物でございます。どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ。」
「ありがとう〜」

 丁寧にお辞儀をするホテルマンから荷物を受け取り、部屋へ進む。おぉ〜広い広い。スイートルームは最高だね〜。会社の経費だけど実質僕のお金だしまあいいっしょ!

 荷物をローテーブル横に置き、鞄のファスナーを開け中から資料を取り出す。

「川口は山田さんのところだけで完了〜。一応他も見ないとね〜」

 pcを開き、今日の収穫をメモ帳と資料を交互に見ながら正確に記録していく。穏やかな方でよかった。話がスムーズに進むから助かった。

「所沢とさいたま、さいたまでいっか」

 とりあえずどの辺に向かおうかとGuugleマップとSahariを開き、画面とにらめっこしていると、プルルルと携帯が鳴った。

「はいもしもし〜」
『お疲れ様です五条さん』
「お、七海か、おつかれ〜」

 画面を確認せず電話に出ると、真面目人間の七海であった。今日も相変わらず声が冷たい。

『全く。いつも画面を確認してから電話に出ると言っているでしょう』
「まぁまぁ〜大体七海か伊地知だしいいっしょ」
『……はぁ。それで、土地は見つかりましたか?』
「あぁ、その事なんだけどね〜」

 今日の出来事を朝の糞の調子から事細かに話そうとすれば、そんなことが聞きたいのでは無いと一蹴されてしまった。

「ごめんて七海。そんなカリカリしないでよ〜」
『……で、どうだったんですか』
「あ、そうそう、川口にいい土地見つけてね〜管理人さんも好きに使っていいよ、って言ってくれたよ〜」
『……は?決まった?』
「そうそう!山田さんすんごいいい人でね〜即決してくれたよ〜」

 そう伝えると、電話越しから七海の大きなため息が聞こえた。「ため息ついたら幸せ逃げるよ〜」って言ったら無視された。ひどい。

『随分と早い決断をなされる方だったんですね。大丈夫ですか?』
「僕も詐欺とかに引っ掛からないかちょっと心配〜」

 机に置いていた携帯電話のスピーカーをオフにして耳に当て直す。一旦pcを閉じてソファに背を預けた。

『まぁいいですが。明日はどちらに?』
「さいたまかな〜。所沢も見ようとは思うけど先にさいたま行くわ」
『了解しました。追加資料などはありますか?』
「んー、今のとこはないかな〜あったら七時までには連絡する」

 よっこらせとソファから立って備え付けのキッチンへ向かう。冷蔵庫にケーキがあるとホテルマンが言っていたことを思い出し、ワクワクしながら向かうと、そばに置いてあったバスケットにフィナンシェやらマカロンやらが入っていた。最高〜と声に出すと、甘いものは食べすぎないようにと家入さんが仰っていましたと、七海が電話越しに言う。お前なんで分かんだよ。怖。

「硝子には内緒にしといてよ、よろしく〜」
『全くあなたは。いいですけど後々バレても知りませんからね』
「バレないバレないって〜。それよりみんな順調〜?」

 早速冷蔵庫に入っていたホールのショートケーキを取り出し、ケトルに水を入れ、並べられている食器からティーセットを取り出す。お湯が沸く前にバスケットからマカロンを取り出して口に放り込みながらその横に綺麗に収まっている数種類の紅茶のティーバックからノーマルのティーバックを取り出した。

『はい。伊地知くんがよく頑張ってくれています』
「ふーん」
『あなた、聞く気あります?』
「あるよ〜」
『……はぁ。それと、あっこらはいb『もしもし五条さん〜!?お疲れ様ですー!灰原です!』はぁぁ……』

 ポットに湯気の出るお湯とティーバックを入れてくるくると回していると電話の向こうで何やら騒がしい音が聞こえた後、声の主が変わる。

「お、灰原〜!どう?頑張ってる〜?」
『はい!頑張ってます!』
「よしよし偉いねぇ〜」

 はい!と電話越しに聞こえる彼の声はいつも通り元気そうだ。出来上がった紅茶を一口飲んでケーキとその他諸々をたくさん乗せたトレーをリビングテーブルへと運んだ。

『五条さんはいつ頃おかえりなされるんですか?』
「ん〜そうねぇ、とりあえず一件決まったし三日四日位で帰れると思うよ〜」

 もぐもぐとケーキを食べながら伝えると、『そうなんですねー!帰りに十万石まんじゅう買ってきて欲しいです!』と言われた。電話変わったの絶対それのためだろ。

「はいはい〜んじゃ引き続き頑張ってね〜」
『はーい!五条さんも頑張ってください!はい七海!……はぁぁぁ』
「七海もよろしくね〜それじゃ」
『ちょっ』

ポチッ

「ふ〜、それじゃっいただきまーす!」

 パクリ、とカットしたケーキの一ピースを一口で食べる。

「んーー!うま!流石三ツ星!頼んどいてよかったわ〜」

 次はこっち!パクリ。これも〜!パクリ。あ、そうだ、あれも!パクリ。
 次々にケーキやら洋菓子やら紅茶やらが消えていく。先程七海に言われた家入の言葉はすっかりどこかへ行ってしまったようだ。


「は〜美味かった!ご馳走様〜」

 ものの数分で平らげられてしまったスイーツ達。その数、ホールケーキ二台、カットケーキ五ピース、マカロン六個にフィナンシェ二個、極めつけはインドから取り寄せてもらったグラブジャムン。常人であれば卒倒するようなその甘いもの集団はいとも容易く彼の胃の中へと消えてしまったのであった。

「虫歯には気をつけなくちゃね〜、ディナー後のデザート何にしよっかな〜」

 多分。いや、もしかしなくても彼は十分イカれていた。
 そそくさと食器を洗い歯磨きを済ましたら、鼻歌を歌いながら風呂へ入る。髪を拭きながらディナーの電話を済ませたらあとはくつろぎタイム。ローテーブルの上の資料をまとめて鞄へしまい、テレビをつける。意外と社長はやることはあっても時間もあるのかもしれない。まぁそれは彼だけなのかもしれないが。

 そんな彼の一日はあと少し続くがほぼ終了!しかし、彼のベッドタウン計画の冒険はまだまだ続く!!