愛を伝えて

午前は座学。お昼は硝子ちゃんと食堂でご飯。そして午後は単独任務。

「っだ〜、疲れた……」

大量の茶色と緑色の引っ付き虫を払いながら、ふもとで待ってくれている補助監督さんの所へ向かう。枝に絡まって髪はボサボサだし、水たまりにはまって靴は泥んこになるし、もう最悪……。此処はそんなに高専から離れてないし山も比較的小さくて、呪霊も準二級。帳も区域を狭目めにすれば自分でに下せそうだったから、補助監督さんにはお休みしてもらって大丈夫ですと言おうとしたけど言わなくてよかった。もし言ってたら今頃、この惨劇に心が折れて帰ることも諦めていただろう。……いや、帰らないとご飯もないしお風呂にも入れないけど。でも今日の何が疲れたって、その呪霊があまりにも臆病だったことだ。見つけるのはすぐだったのに馬鹿みたいに足速すぎて(足かどうか知らんけども)一生逃げられるから、落とし穴作ったり木の上から先回りしたり……もはややってたことは鬼ごっこ同然だった。

「お疲れ様です。……ど、どうしました?大丈夫ですか、?」
「ただいま戻りました……大丈夫です」
「そ、そうですか……取り敢えず車まで行きましょう」

 予定時間を過ぎていたからか、心配してわざわざ様子を見に来てくれてたみたいだ。少し申し訳ない。ことの顛末を話すと、「それは災難でしたね……」と労いの言葉をいただいた。

 夕暮れ特有の日差しが、車窓から入ってきて目を細めた。ぽつぽつとあるだけの家屋を囲んでいる広大な田んぼは、収穫直前なのであろうか。豊富にこさえた稲の穂が浅縹と山吹色のグラデーションをして、空に浮かんでいる太陽に照らされて耀いている。部活帰りの中学生が友達と自転車で並列走行をしながら話しているのが視界に入って、上空の人参色より眩しく思った。

小さい頃、変なものが見えると泣き喚いていた私はそれはもう沢山のいじめを受けてきた。両親にはいじめは隠し通せたものの、やっぱり変なものは怖かった。父に恐る恐る伝えたことを今でも覚えている。しかし両親は蔑ろにせず、呪術のじゅの字も知らないのに、当時──今よりも格段にインターネットも普及していなかった時代で、必死に情報を集めて、何年も掛かった末に高専を見つけてくれた。中学に上がるまでずっと泣き虫は治らなかったが、そんなところも可愛いと親バカを発動させる母と、そんなママが大好き♡と娘にすらも母大好きマウントを取ってくる父がいたからこそ今の私がいるのだろうと、両親には感謝している。その後はいじめなんかに負けるもんかと表面だけの強がりちゃんに一応進化はしたつもりだ。母は「可愛かったのに……」と最初は落ち込んでいたが、すぐ「強がりちゃんもこれはこれで可愛い……!」と親バカを発動させた。それに釣られて父もその切り替えの早いママも大好き♡と母大好きマウントを取りに来ていたが。


いつの間にか一面の稲は背の高い紅葉色に変わっていた。
補助監督さんにお礼を言って扉を開ける。足を下ろした先の空は鬱金色に染まって黄金に耀く夕陽を掲げ、私の足元から大きく細長い影をつくっていた。

「喉乾いたー、」

そういえば今日は水忘れたんだった。あんなに追いかけっこをしたというのに水分を取らないのは、いくら休憩したとしても考えものだな。財布持ってきてて良かった。
そのままその足で自販機に向かうことを決め、ポケットからイヤフォンとウォークマンを取り出す。変わらず聴くその曲を流してヴォリュームを上げる。いつか、一緒に聴くんだって心に決めて。

「もうみんな寮にいるかな」

夏油くんと五条くんは今日は確か合同任務だっけ。休み時間、夏油くんにぼやいていた五条くんを思い出す。昨日桃鉄して4人で寝坊して怒られたばっかだから今日はやらないでおこう、と少し寂しくはあるが一応心に決めた。やはり怒られたくはない。
 スゥっと撫ぜる風で十月に入ったことを思い出す。ホットミルクティーあるといいなと思いながら自販機を見ると、丁度交換があったのか「あったかい」と書かれた赤色のプレートが沢山並んでいた。

「何買うの」
「ビッッ……!」

イヤフォンをしていて足音が聞こえず、急に肩に乗った手に大袈裟に驚いてしまった。ちょっと、お化けかと思ってちびりそうになったじゃんか……

「ビビり過ぎだろ笑」
「聞こえなかったの!!」

はいはーいそんなプンプンすんなってと流されてしまったが、どうせいたずら好きの彼のことだ。気配も足音も消していたんだろう。……どっちにしろ分かるわけがない。いまだぷりぷりしている私に五条くんは、ニヤニヤしながら肩を組んできた。

「どれにすんの」
「え?」
「だから、奢ってやるっつってんの」
「これ」
「はや」

それはそれは目をつけていたミルクティーを指させば、五条くんがボタンを押して私に渡してくれる。確かに280mlしか入っていないけど、五条くんが持つと本当に一口サイズに見えてしまう。そんなに意識しているわけでもないけど、やっぱり五条くんの手は大きいなぁ。

「ありがとう」
「……おう」

 ミルクティーを渡してくれる五条くんの手が少しだけ私の手に触れる。ほんのり温かい男らしい手に、少しだけどきっとしてしまった。

「もうお風呂入った?」
「ああ」
「そっかそっか」

ぽかぽかのミルクティーを飲みながら、そういえば五条くん、制服じゃなかったなと考える。ふわりとしたシャンプーの香りが、近くなった五条くんから感じた。

「何聞いてんの」
「んー、内緒」
「んだそれ」
「今度教える」
「……ふーん」

顔には、出ていなかっただろうか。まさかいつか一緒に聴けたらなんて考えていた矢先に、聞かれるとは思っていなかった。反射で「今度」と言ってしまったけど、その未来はそんなに先じゃない。
前よりも少しだけ冷たくなった風がひゅうと鳴って、何故か少し不機嫌になってしまった五条くんと私の体を撫でた。空はもう日が沈み切る手前で、鈍色に染まりつつある。さっきより寒く感じて、ミルクティーを両手で包み手のひらを温めた。五条くんは寒くないかな、と隣を見るけど両手を両ポケットに突っ込んでいたから、ミルクティーと五条くんを一緒に感じることは叶わなかった。

「今日の夜ご飯なんだろ」
「あー、傑がなんか言ってた気がするけど忘れた」
「ふふっ、何それ」
「……」
「行こ」
「……あぁ」

硝子ちゃんと夏油くんはもう寮にいるのだろう。久しぶりに四人で食べる寮の夜ご飯に、少しだけわくわくしながら寮へ戻る。シャワー浴びたらすぐ食堂に向かおう。

「今日は桃鉄なしね」
「えー」
「私もやりたいけど怒られんのやじゃん」
「逃げればいいだろ」
「逃げられたこと無いじゃん」
「……チッ」

 別に夜更かしして寝坊しなきゃいい話なんだけど、あのメンバーで集まってそれができた試しは一度だってない。というかその考えにいたる人間がいない。無論私も含めて。

「ごっはん〜楽しみ〜」
「……はぁ」
「ため息ついたら幸せ逃げるよ〜ん」

 お昼に硝子ちゃんとご飯食べた時、寮母さんに聞いとくんだったなとちょっと後悔しながら、「誰のせいだと思ってんだよ」と不貞腐れてる五条くんと寮までの道を歩く。……いいこと思いついちゃった。

「……え?……誰だろ……五条クン?」
「てっめぇ!!ちげぇわバカ!」
「あははっ!ごめんって!わぁーー!」
「待てコラァァァ!」
「やだーー!来ないでーー!笑」

 おちょくってみればまさに思い通りの回答が返ってきて頬がにやける。五条くんに貰ったミルクティーはすっかり冷たくなったけど、それよりもっとあたたかいものがそばにあるから、寒くなんてない。

空は暗い。夕方というよりもはや夜だけど、気にせず走り回った。みんなには私の任務が一番遅いし先にお風呂入っててと言ったから、今日の夕飯の時間はいつもより遅めではあるもののあまりゆっくりしてると遅れて硝子ちゃんと夏油くんに怒られそうだ。怒られたら五条くんのせいにしよう。
通常なら本気を出さなくとも五条くんは私を一瞬で捕まえれるだろう。それでも手加減をしてくれている五条くんをちらっと見る。少し不機嫌そうではあるが、楽しんではいる様だった。

──幸せだなぁ。

五条くんと初めて会ったのは高専だったけど、入学式ではない。それは中学1年生の夏休みだった。
両親が高専を見つけてくれた時はまだ小三で、泣き虫で弱虫だった私は両親から一度高専にお話をしに行こうと提案されたけど、愚図りまくって両親と高専の方達を困らせに困らせた。あやふやではあるが一応そうだった記憶はある。
結局高専に行くのではなく高専の方達に家に来てもらって、両親の背中に隠れながらもお話をした。その時は基本的に呪霊を見つけたら無視をすること。もし見つかってしまって緊急の時はこれを呪霊に投げ付けて逃げること。と、対策と一緒に御札を貰って解散した。
それでも、もし呪術に関わっていくのならちゃんと話をしなければならない、という高専の方達の言葉に両親はちょくちょく、お話に行かない?と私に話を持ちかけてくれていたけどやっぱりビビりで、やっと行動に移せたのは泣き虫&弱虫を仮卒業した中学生になってからだった。

両親と一緒に高専に訪れた時、最初夜蛾先生を見た時はモノホンのヤクザと勘違いをし、少しの後悔とビビりを発動仕掛けたが、直後に貰ったブサカワのカッパのぬいぐるみで機嫌を取り戻していた。
その時は呪術に関わっていく上での覚悟の必要性を確認した後、術式の使い方と基礎的な体術と体力を付け始めた方が良いという話をした。近頃思春期に初めましてをした私は、真剣な話にチビりかけながらも両親の前で弱音を吐きたくなかったばかりにやるったらやると強がった。高専の方達はそれが強がりであると見抜いて、まだ時間はあるからゆっくり決めてくださいと私に言ってくれていたが私を疑うことを知らない母は、強がりなところも可愛いなどと言っていたくせにそれには気づかず、成長したね名前ちゃん……などと涙していた。そんな母を見た父は感動してるママも可愛い♡ギュッと周りに人がいるからかチューはしなかったものの、母大好きマウントは抜かりなく取っていた。
そうして話し合いをした後、両親はまだお話があるようで高専の方達と残り、私は少しだけ体術を体験してみようという話になり……そうだ、そこで夜蛾さんと2人で訓練場に向かったのだ。

「お話だけだと思ってたから体操服持ってきてなくて、その、ごめんなさぃ……」
「大丈夫だ。一応運動着が医務室にある。サイズはSでいいか?」
「あ、はい!」
「ちょっとこの部屋の前で待っていてくれ」

申し訳なくて、でも恥ずかしくて謝罪の語尾が小さくなってしまったがなんでもない様に言葉を返してくれた事に少しだけ嬉しくなって大きめに返事をすると、夜蛾さんは少し雑に頭を撫でて違う建物へと歩いていった。

「ここが訓練場……」

外からまわってきた為、靴を脱いで縁側へ上がる。そこには腰付き障子がずらりと並んでいて、真ん中の障子を開けようとした時だった。

「お前何してんの」
「ヒェッ」

振り返るとそこには同じ歳くらいの白髪のサングラスをした男の子が立っていた。

「だ、誰?」
「お前こそ誰だよ」
「え、えと、名前です」
「あっそ」
「え、えぇ」

私は名前言ったのに、その男の子は興味なさげにふいっと視線をずらしてしまった。
こういう時って、お名前言ったらお名前言わないといけないんじゃないの?と思いながら彼を見ると、は?と言って何故かキれている。

「え、な、なんで怒ってるの(泣)」
「は?分かんねえの?」
「わ、わかんないよー(泣)」

あたふたしている私には目もくれずズカズカと近寄ってくる男の子に、私はビビり散らかしていた。もう目の前まで来てしまっていた男の子は、私が縁側に立っているというのにあまり目線が変わらなかった。それが怒っている顔に加えて余計に怖くて、両親のいないいま、強がりは発動するわけもなく、涙腺は役目を放棄してしまった。

「はっえ、なんで泣くんだよ」
「だ、だってぇぇぇうわぁぁぁぁん」
「意味わかんねぇぇ!」
「うぇぇぇぇぇぇん!ゲホッ……わぁぁぁぁぁゴホッ……」
「ほ、ほら泣きやめって」

号泣してペたりと座り込んだ私を見て、男の子がなだめようとしてくれている声だけ聞こえる。だというのに限界に近づいてきた喉は警告を示した。
 多分目の前の男の子だと思うけど不規則に背中をとんとんされ、手にハンカチを持たせられる。

「うっ……グスッ……ヒック」
「泣かなくてもいいだろ……」
「なんで泣いているんだ」
「げっ」

そのとき丁度、私の運動着を取りに行っていた夜蛾さんが戻ってきていて訝しげに男の子を見ていた。

「お、俺は何もしてねぇ!こいつが急に」
「……ハァ」
「本当だよ!!」

こんなんで泣くき出すなんて思わねえだろと小さめに愚痴をこぼす男の子を見て、夜蛾さんの顔はお前じゃねぇかと言っている。その通りですヤクザ先生!!

「名前、運動着を持ってきたから隣の更衣室で着替えてこい」
「グスッ……はぃ」
「悟はこっちへ来い」
「ヤダ」
「ヤダじゃない」

さとるというらしい男の子にハンカチを返し、ありがとうと小声で伝えて夜蛾さんから運動着をもらう。名前を教えてくれなかった事には少し拗ねているものの泣くほどでは無かったと少しだけ、ほーーんの少しだけ、反省しながら止まらぬ涙を引っ込めようと頑張って更衣室へと向かった。


「えと、苗字名前です、じゅ、13歳」
「……五条悟……12」

夜蛾さんに簡単に自己紹介しろと言われたので少し俯き気味だったが名前と歳を言って前を見ると、五条悟くんという彼はこちらを見ずにそっぽを向いていた。さっきあった光景を思い出し少し悲しくなるが、今回はちゃんと名前を言ってくれた事により、悲しみはお空へ飛んでいった。

「小学生なの?」
「違ぇわ!!」
「じゃあ中一?」
「……あー多分」
「?」
「悟は御三家でな、義務教育学校には行ってないんだ」

夜蛾さんが説明してくれてごさんけというのがよく分からなかったが小学校と中学校には通ってないらしい。

「じゃあお勉強分からないの?教えてあげようか?」
「はぁ?!?!分かるわ!少なくともお前に教えられるほど馬鹿じゃねぇわ!!」
「ヒェッ」
「ブッ……ククッ」

通っていないというから勉強教えようか?と優しくしようとしただけなのに何故かブチギレられてしまい、ちびりそうになった。夜蛾さんは何故か後ろを向いて肩を震わせている。絶対笑ってるじゃん!!

「フゥ……今から……ククッ……体術の……ブハッ」
「笑ってんじゃねぇ!!」

ツボに入ってしまったのだろうか、笑いがこらえきれていない夜蛾さんにさとるくんは滅茶苦茶に怒っていた。

「さとるくん、そんなに怒ったら血管プッチンしちゃって頭痛くなるよ?知らないの?」
「グㇵッ」

私がそう言うとさとるくんは顔をリンゴみたいに赤くして般若みたいな顔になっていた。だからさとるくんに般若なの?と聞いてみると、斜め前でウグッと言って夜蛾さんはお腹を抱えて下を向いてしまった。・・・笑ってるんじゃなくてお腹痛かったのかな。さとるくんは赤くした般若の顔をやめて遠くを見つめていた。

腹痛が治まった夜蛾さんと遠くに行ってしまっていたさとるくんが帰ってきて、夜蛾さんが私と五条くんは高専に入るのなら同じ学年になるから仲良くするようにと言われた。さとるくんは呪術界のとても偉い三つの家、もとい御三家出身の次期当主というすごい人と夜蛾さんが説明してくれた。実家は京都にあるみたいで今日此処にいるのは本当にたまたま高専に用事があって来ていただけらしい。一応夜蛾さんが私が此処にいる理由を話してくれてはいたが、さとるくんは今の話にあまり興味が無いらしく、縁側の方を見ていた。

「それじゃあ名前は今から体術、悟は御当主様の所へもどれ」
「ちぇっ、つまんねーの」
「さとるくん、いっぱい泣いてごめんね、ハンカチありがとう!」
「……おう」

さとるくんにちゃんとごめんとありがとうを言えてすっきりしていると、五条くんはそっぽを向いてしまっていたけど、耳がちょっと赤くなっているのを見て照れてるのかなとクスッと笑ってしまったら、耳より赤い顔で睨まれてしまった。

「じゃあまたねさとるくん!」
「!……ま、またな」

さとるくんに手を振って訓練場の中へ戻る。
それから夜蛾さんに体術をちょっと教えてもらって、そこまで頭が良くない代わりなのか運動神経は有名体育大学出身の父に似て優秀だったので、夜蛾さんにも褒めてもらえて機嫌は最高潮だった。

それから、ちょくちょく体術を教えてもらうために月二くらいで高専に通ってたけど、やっぱり五条くんにはあれから一度も会えなくて、再会したのは高専の入学式だった。そこで、硝子ちゃんと夏油くんとも出会って。……嗚呼そうだ。そこで急に五条くんに告白されたんだっけ。


「何考えてんの」
「うわっ、急に距離詰めないでよ」

「びっくりするじゃんか。」さっきまで追いかけっこしてたはずなのに、次の瞬間には肩に腕をまわされていた。

「いーじゃん、教えろよ」
「別にー?ちょっと入学式の事思い出しただけ」
「げっ」
「急に五条くんに告白されてびっくりしたなーって」
「……忘れろよ」
「やだよ、絶対忘れてやんない〜」

入学式後の放課後の教室で、再会して向こうは覚えてないだろうなと思い、よろしく五条くんと挨拶をした。そしたら少し絶望した様な顔で俺の事覚えてねぇの?と言うから慌てて覚えてるよと返そうとしたけど、俺は名前の事忘れられなかった。と言われて数秒固まってしまったのだ。すぐ私も覚えてるよと返すと、嬉しそうな顔をして硝子ちゃんと夏油くんがいる前で、「良かった、俺お前の事が好きだから付き合って欲しい」と爆弾発言をされた。硝子ちゃんと夏油くんは有り得ないほど肩を震わせてた。宇宙を背負っている私に返事してあげなよと夏油くんは私の背中を押してきたし、硝子ちゃんは動画を回していたし。まだ宇宙から帰って来れなかった私は流れのまま肯定をしてしまい、その返事を聞いた五条くんはキラッキラの笑顔で良かった!と言っていた。……と後から見せられた硝子ちゃんからの動画で知った。動画の最後では、硝子ちゃん達は良かったなと五条くんの背中を叩いてるのが映ってた。
何故か私だけが置いてかれていて三人はどこかへ消えてしまい、宇宙からは帰って来れたもののとんでもないことをやらかしてしまったのではないかと頭を抱えながら自室へと戻ったのを覚えている。

翌日、昨日はすまなかったと私が教室に入ってすぐ五条くんに土下座をかまされた。彼は昨日、私が東京で無心で爆買いをかましている間、三人で五条くんの部屋で夜まで恋バナをしていたらしい。そこで先の告白動画を硝子ちゃんに見せられ青ざめたと言う。まさに今後ろで硝子ちゃんが動画を回し、夏油くんが写真を撮っているのだが気付いていない。……五条くん、そういう所だよ。
 五条くん曰く、あの時はまたねと言ってくれたのに覚えていなかった私に絶望して、覚えてるといった私に行き過ぎた安堵を覚えてしまい先の発言をしてしまったそう。人格違いすぎてドッペルゲンガーかと思ったよ。

それからというもの他人に噛みつきまくる五条くんは何故か私の前では大人しく、硝子ちゃんと夏油くんに世話が面倒だと毎度毎度五条くんを押し付けられた。かくいう私も満更ではなかったのだけど。そうして時間が過ぎていき五条くんのキャラ変ぶりは夏頃から落ち着いていったのである。

「名前!悟!もうすぐ夕飯の時間だ!!何をしてるんだ!!」
「「げっ」」
「コラァァァ!待たんかァァ!!」
「五条くんこっち!」
「うおっ」

最悪の事態だ、夜蛾先生に見つかるのは硝子ちゃん達に怒られるよりも面倒くさい。だがこうなってしまっては仕方がない。私は五条くんを引っ張って私の秘密ルートへ向かうことにした。このままではグラウンドのそばだから見晴らしが良い、すぐに見つかってしまうだろう。そのまま木々の生い茂る方へと進み、少し遠回りをする様に秘密ルートへ入った。

「撒いた……」
「流石過ぎる私!」

此処は寮の玄関口の近くではあるため、一応見つからないように二人でしゃがみこむ。腰丈の草たちはいま私たちの顔と同じ高さ。鈴虫が鳴いているのが聞こえた。

「こんなとこあったんだ」
「やっぱ知らなかった?此処私の秘密ルート!」
「俺連れてきたら秘密もクソもねーじゃん」
「あ」

 わ、私の秘密ルートが……秘密ではなくなってしまったが、ま、まぁ致し方ないのだ。諦めよう。それよりも、なかなかに鈴虫が近い気がする。……私はそこまで虫が得意じゃないのだ。気づかれませんようにと祈りながら少しだけ五条くんに身を寄せた。

「ふっ、お前意味わからんとこで少し抜けてるよな」
「こ、これは緊急事態だから仕方ないでしょ!」
「はいはい、ソーデスネ」
「硝子ちゃんと夏油くんには内緒。私達だけの秘密ね」
「……おう」

黙り込んでしまった五条くんを横目に手を離して買って貰ったミルクティーの蓋を開ける。280mlの小さいそれはさっき少し飲んでしまったからかもう半分しか残っていない。それを飲み干して、先生が来ていないかひっそり立って周りを見渡した。

「先生いない、今がチャンスですね」
「それ、ひとくちくれ」
「あ、もう全部飲んじゃった」
「はぁ?有り得ねー」
「だってこんだけしか入ってなかったんだもん!しょうがないじゃん」
「チッ……はぁ、腹減った」
「だね。流石に硝子ちゃん達に怒られそう」
「それはだりぃ」

手を繋ぎ直して二人で寮の入口側へとまわる。私の手と五条くんの手はまるで子供と大人だ。少しだけつながれた手をぎゅっと強く握る。すぐに素直にはなれなくて言葉にできないけど、私はちゃんと五条くんが好き。だから、

「先にシャワー浴びてくるね」
「……おう」

部屋の前まで送ってくれた五条くんが少し名残惜しそうに手を離す。ねえ、と声をかけてもう一度手を取って自分の方へ少し引っ張った。

「!」

名残惜しそうな顔が愛おしくてキスをすると、五条くんは顔を真っ赤にして私を見た。私だって、まだ離れたくない。

「好きだよ悟くん」
「……俺も」
「ふふっ、じゃあまた後でね」
「……ああ」

部屋まで送ってくれた五条くんに手を振って扉を閉める。五条くんはみんなが思っているよりも照れ屋でこういう時は不器用だ。だからあまり五条くんからキスはしない。私の事を想ってくれているのは沢山知っているからこそ、彼のかっこよくはない優しさだなって思う。勿体ないからそんな事夏油くんにも硝子ちゃんにも教えてやんないけど、そういう所も案外好きなのだ。でもやっぱ恋人にはキスして欲しいじゃん。だから自分からしてみたけど、さすがにキスは私も照れる。見られてないといいな。少し赤くなった顔を手で扇ぎながら着替えの準備をする。早くシャワー浴びて食堂行かないと、そろそろみんな集まってくる時間だ。


「おまたせー!」
「遅いよー」
「ごめんごめん笑」

急いで硝子ちゃんの横に座る。待ちくたびれたと口に出しながら言葉とは反対のにやけ顔でこちらを見る硝子ちゃんにちょっとドキッとして、気づいてないふりをした。

「悟が真っ赤な顔で此処へ来たけど何したの?」
「秘密」
「流石だね」

頂きますをした後、向かいの席の夏油くんに小声で話しかけられる。悟くんの可愛い所はいくら夏油くんでもやっぱり教えてあげない。そういう意味で夏油くんに返事をすると意図を見破られたようで、苦笑しながら返された。まだ少し顔を赤くさせながら黙々とご飯を食べる五条くんを見やる。可愛いなこいつ。

その後は四人で他愛の無い話をして、調理師さんにお礼をしたら部屋へ戻る。夜蛾先生から逃げ切った話を五条くんがし出すから五条くんの視界の隅で人差し指を唇に当てて五条くんを見る。すると彼は気付いたようでこちらをちらりと見て何も無かったかのように話を他の方向に持っていった。こういうのはさらっとできちゃうのにね。

女子寮と男子寮の分かれ道で五条くん達と別れ、硝子ちゃんと部屋へ向かう。

「食堂来る前、五条に何したの?私だけに教えてよ」
「えー」
「教えてくれないなら五条にこれ見せちゃおうかな〜」

そういった彼女の手の中のケータイには、硝子ちゃんが私の飲み物をお酒にすり替えた時に私が酔っ払って、下着姿とは言わないものの薄めの部屋着でグラビアポーズをしている時の写真があった。

「言うから!言うからそれしまって!」

どうせ消してと言っても消さないであろう彼女に懇願する。いつまでたっても彼女には敵わないから、早めに諦めないと本当に大変なことになる。

「キ、キスしたの。五条くんが可愛かったから」
「へぇ〜、やるね名前」
「も〜、夏油くんにも言わなかったのに〜」
「私から夏油には言わないから安心してよ」
「本当に?お願いだよ?」
「はいはい〜」

彼女なら本当にやりかねないから心配だ。
硝子ちゃんに釘を刺しまくって部屋へ戻る。まだ時刻は8時過ぎで、寝るまで時間がある。
暇だし五条くんに会いたいなんて考えながらワードローブからパジャマを取ろうとした時、ケータイが鳴った。誰だろと思い開くと五条くんからメッセージが来ていた。

『今日やっぱ桃鉄しねぇ?今日夜蛾センから逃げ切れたじゃん』

彼らしいメッセージに頬が緩む。でも、桃鉄をするときはいつも四人で。正直に言うと本当は二人でがいいけど、五条くんは四人でがいいのかもしれないからOKの返事をしようとする。すると追加のメッセージが来た。

『やっぱFF12』

FF12はいつも二人でしかしない。既読機能はないけど、心が読まれた気がしてドキッとする。でも、やっぱりうれしくて頬が緩んだ。

『やる。今行く』

すぐ返事をして、手に取っていたパジャマとは違う可愛めの部屋着に着替え、付けたまま寝れる化粧品で軽くメイクをする。もう任務帰りに崩れた顔は見られているけど、そんなことは関係ない。香水くらいはつけたまま寝てもいいよね!とシャワーで落としてしまったのでもう一度少なめに纏う。髪もちょっとくらいはいいよね!とヘアアイロンを軽く通す。前髪も軽く巻いて準備完了。姿見で全身を確認してよしっ!と気合を入れて部屋を飛び出した。


「お待たせ!」
「早かったな」

ノックをするとすぐ扉を開けてくれて、部屋に通してくれた。香水でもルームスプレーでもない、五条くんのにおいがふんわり香って、また頬が緩む。早く表情を戻したくて、唇をちょっとだけ強くつぐんだ。

「準備満タン?」
「おうバッチリ」
「それじゃやりますか!」
「おっしゃ!!!」

前回一緒にやったのは先週で、どこまでやったか忘れかけていたけど五条くんが説明してくれて思い出した。前回は私がプレイだったから今日は五条くん。あれこれ言いながらゲームを進めていく。五条くんはよく頭がまわるから私が助言することはほとんど無いけど、もとより私は見る専だ。やるのも好きだけど見るのも案外嫌いじゃない。というか好き。五条くんがサクサクとゲームを進めて、私がそれを見る。最初の方はやっぱ二人でできるやつにしねぇ?と言っていた五条くんだったけど、私が見る専だと毎回言うので渋々やってた。でもそれにも慣れてきたみたいで、最近は器用にゲームを進めて私にドヤ顔するのが日課だった。そんな所も可愛くて好きだ。どうせ口に出すと“可愛い”が気に入らなくてむくれるから言わない。五条くん、可愛いは最大の褒め言葉なのだよ。

「めっちゃ進んだねー」
「今日はいつもより簡単だった」
「いやー、相変わらずスムーズだから見てて楽しい」
「そ?まぁ俺だしな」

 ほめてくれと言わんばかりの期待した顔に、私が笑顔になってしまうのは、必然だと思う。自然と伸びてしまう手に従って、五条くんのふわふわでサラサラな白髪を撫でた。

「自慢げなの?ふふっ、流石だね」
「おう!流石だろ」
「うんうん」

やっぱ可愛いよ。うん。間違いない。
クエストクリアのちょっとしたムービーが流れ、終わるにはちょうどいいキリの良さだったからゲームをやめてテレビをチ地デジに戻す。ちょうど11時くらいで私達の好みのバラエティがやっていた。

「これ、いつまでたっても好きだわ」
「分かる。あの芸人さんが好き」
「趣味合うな。あ、俺この人も好き」
「うわ、めっちゃ分かる。ツッコミキレッキレだよね」
「それな。あと普通に話がおもろい」

二人であの芸人がどうとか、この話がどうとかぽつぽつと語りながら見ていると、あっという間に番組は締めの会話に入っていた。それをぼーっと見ながらあることを思い出す。

「そういやさ、夕方私に何聞いてたのって聞いたじゃん」
「うん」
「じゃーん、持ってきた」
「お、ほんとだ」

 ポケットからウォークマンとイヤフォンを取り出して、五条くんに見せる。ワクワクした顔で見つめられて、私も楽しくなってきた。別に思い入れがあるとか、私の人生を変えてくれた曲だとか、そんなたいそうなことはない。でも、何となく気に入っていて、何度も聞いてしまうのだ。ちゃんと聴けば悲しい歌なんだと気付いてしまうけど、気づかせないようなゆったりした曲調で、それを包みこんで隠してる。切ないけど勇気をくれる、そんなこの唄が何となく好きなんだ。

「じゃあ答え合わせね、誰だと思う?」
「はい!」
「はい五条くん!」
「あ!んー、ちょい待ち」
「いいですよぉ?」

 ローテーブルの前に二人並んで座って、私がマイクを五条くんに差し出してみる。それに五条くんも乗ってくれて、司会者と回答者ごっこをする。よくやるこれも慣れたもんで、今日はどの司会者の真似をしようかと、五条くんが考えている間に私も考えた。

「えっとね、あーいや、こっちだな、ハイハイ!」
「ハイっ!改めまして五条くん!」
「aiko!」

 自信満々にこちらを指さしながら言う五条くんに、片眉をあげながら言ってみた。

「FinalAnswer?」
「いや、ちょっと待って、やっぱドリカム!」
「今度こそそれでいいですね?」
「お、おう、いいぜ……」

 さっきまでの自信はどこへやら。胡坐をかいた足のかかとに手を置いて、前傾姿勢でこっちを見ている五条くん。フフフ、残念だったな。

「答えは……」
「ゴクリ」
「残念!!!YUIでした!!!」
「うわぁぁぁ!!YUIかーー!」

 悔しそうに後ろに反る五条くんを見て、私はおちゃらけ心が擽られた。

「残念でした五条くん、豪華景品獲得ならず!!」
「くぅぅぅ!悔しい!!」
「わたくしも悔しいです……!」

 歯を食いしばって、マイクを強く握る。別にマイクなんてないんだけど。でも、五条くんと私ならではの子のやり取りが楽しいんだから仕方ない。五条くんはいつの間にか反らしてた背を丸めて、机に組んだ腕から上目遣いでこっちを見ていた。それはちょっとかっこかわいいからやめてほしい。

「なぁ早く聴こ」
「そう焦らず!準備はバッチリですから」
「?イヤフォンで聴くの?要らなくね?」
「チッチッチ、分かってないなぁ、イヤフォンで聴くのがいいんだよ!」

そう五条くんに言って曲を流す前に片方のイヤフォンを五条くんに渡す。右側にいる私が右耳、左側にいる五条くんが左耳。五条くんがイヤフォンをつけたのを見て音楽を流す。ゆっくりとメロディが私達に流れ込む。何回も聴いたことのある音を追いかけながらこの瞬間を大切に想う。テレビは付いたままで音量をひとつも下げてはいないけれど、横にいる五条くんを感じるだけで、音は消える。五条くんは曲を聴いたことがなかったようでとても聴き入ってる。そんな彼を視界に入れたまま、たくさんの思い出を振り返る。初めてのデートで五条くんの大好きなカフェに行って、美味しそうに大きなケーキを口をいっぱいして頬張ってた五条くん。合同任務帰りにコンビニで季節限定のスイーツを二つ買って食べあいっこして、間接キスに照れる五条くん。四人で放課後にピザを食べに行った帰りにアイス屋さんに寄って、甘々のアイスクリームを三段にして食べていた五条くん。なんだか、どこへ行っても甘いものが付いてくるな、なんて考えて笑みが零れる。どこへ出掛けるのもとても楽しいけれど、こうやって部屋でゲームしたりテレビを見たりするのもやっぱり好きだ。というか五条くんが隣に居るだけで暖かい気持ちになれる。恥ずかしいからまだ伝えられてないけど五条くんの事愛してるんだよ。まあ些細な事で喧嘩する事もあって(五条くんのプリンを私が勝手に食べてしまったり、私のみたらし団子を五条くんが三本とも食べてしまったり)硝子ちゃんと夏油くんに何度も呆れられて、ちょっと迷う時もあるけれど笑

音が無くなって、テレビの音が少しだけ聞こえる。

「良いでしょ。この曲」
「まぁ、名前にしてはやるじゃん」
「ちょっと、どういうことよそれ〜!」

 何故か上から目線で右腕を私の右肩にかけてくる。最初から近かった距離がもっと近くなって、目が見れない。ごまかしたくてちょっぴり大きめの声で反論した。

「そのまんまだよ。まぁ良いんじゃねぇの」
「でしょ。もうずっと聴いてる」

 私の手の中のウォークマンを覗き込んで、三角マークを指さす五条くん。私も同じ気持ち。

「な、もっかい聴こうぜ」
「お、ハマっちゃった?」
「そんなんじゃねぇし。でも良かった」
「仕方ないなぁ、ほれ!」

直接的じゃなくてもよく伝わってくる。気に入ってくれて嬉しい。こんな幸せがずっと続けばいいのに。
呪術師やってたら温かい場所にずっと浸っている事は出来ない。それなりに覚悟がいる仕事で、危険も沢山ある。最悪だってその辺に転がってる。でもそんな世界に踏み入ったからこそ、五条くんに出逢えたのも事実だ。
だから逃げるなんてことはしない。一生向き合ってやる。でも私だけ独りで向き合うのは寂しいから、どうかこれからも一緒に隣で向き合ってて欲しい。これは五条くんだけじゃなくて、硝子ちゃんも夏油くんも、一緒に。
 いつの間にか二週目も終わっていてイヤフォンを外していた五条くんは、小中校生時代を思い出して少しセンチメンタルな私に気づいても触れてこなかった。ちょっぴり弱気な優しさも好きだよ。私と出逢ってくれて、ありがとう。

イヤフォンを外してウォークマンごとポケットに仕舞い、五条くんの肩に凭れて目を閉じる。すると五条くんが私の頭を不器用に優しく撫でてくれた。ふふっ、かっこいいとこあるじゃん。
なんだか少し弱気になっていた自分が恥ずかしくてふと頭をあげる。五条くんは少しびっくりしていたけどいつも通りだ。

「今日は五条くんの隣で寝たい」
「は、はぁ?急すぎんだろ」
「それが私だもん。今更でしょ!」
「お、おい待てって!」
「早く早く!」

吹っ切れた私には何言っても効かないぞ!なんて言って五条くんを呆れさせる。ぽふんと五条くんのベットにダイブして、うつ伏せで五条くんを見上げれば、仕方ないなと頭をかいて五条くんもこっちへ来た。

「わ!五条くん足冷た!」
「お前も手冷たすぎだろ」
「あははっ!お互い様だね」

ひとりじゃないのは、あたたかい。二人で寝るのは少し狭いからと理由付けて五条くんの胸に顔を埋める。五条くんの香りに包まれて、今日は良い睡眠が出来そうだ。

「なぁ」
「ん?……!」
「隙あり」

五条くんが少し頬を赤く染めてニヤリと笑う。それが、サマになっているから、私の顔が赤くなるのも当然だ。もう見られたけど、恥ずかしいから布団に顔を押しつけた。

「やられた〜」

でも、耳も何となくあつくって、見られたくないから五条くんにギュッと抱きつく。おずおずと私の背中にも腕が回ってきて心地よい圧迫を感じた。トクトクって五条くんの心音が聞こえて、自然と瞼が落ちそうだ。だから、顔を上げた。

「五条くん」
「ん?あ、待って」
「?」
「名前、好き」
「!」

 まさか、五条くんから言われるなんて。たぶんいま、私の顔はびっくりと、うれしいとが、入りまじってる。だって、五条くんは、不器用で、かっこいいのにかっこよくなくて、不器用なのに。くやしいから、私だって

「愛してるよ。悟くん」
「ちょっとずりぃ」
「ええ〜?そんな事ないよ」
「あるったらある」
「はいはい笑」

私は幸せ者だ。両親がいて、先生がいて、同級生がいて、そして五条くんがいる。もう独りじゃない。寂しくて痛くてつらかった頃の事は、これからの楽しいで、上書きする。孤独なんてサヨナラだ。
 五条くんを少し強い力で抱きしめる。「名前、苦しいっ」そう笑いながら言って背中をポンポンと優しく叩かれた。さっきより強い力で抱き締めれば、五条くんも加減して、でも強い力で私を抱きしめてくれる。

「んふふっ」
「なーに笑ってんだよ」
「何でもない」

それがとっても嬉しくて、笑ってしまう。あったかいな。ぽかぽかだ。

「悟くん。おやすみなさい」
「ん、おやすみ」

今日は、いい夢見れそう。五条くんが夢に出てきてくれることを祈りながら目を瞑る。思ったよりも睡魔が早く訪れて、夢か現実か分からない曖昧な場所で五条くんの笑顔が見えて、優しくキスをしてくれる。だから彼に素直に愛を伝えよう。いつもありがとう。出逢ってくれてありがとう。悟くん、大好きだよ。あの唄をうたうときは、私のとなりでね。


────────


「寝んの早すぎだろ」

 既に寝息を立てている彼女の背中に回している腕を緩めて、顔を覗く。幸せそうに眠っている娘に五条は笑みを零し、その唇に同じ薄紅色を当てた。少し頬を緩ませて、悟くん、と呟く彼女はとても可愛かった。普段は恥ずかしくてあまり口には出せないが、寝ている彼女はきっと聞こえないだろうと、五条は彼女の頭を愛おしく撫でながら呟いた。

「俺も愛してる。名前」




その翌朝は二人揃って寝坊した。時間をずらして私だけ先に来たのに、硝子ちゃんと夏油くんにニヤニヤされた。後から入ってきた五条くんは教室に入った瞬間に夏油くんに絡まれ、硝子ちゃんに訝しげな目を向けられていた。夜蛾先生には呆れられて怒られはしなかった。良かったのか悪かったのかは考えない。考えてしまえば、……だってね。


外には今日も、鴨跖草に光り輝く鮮やかな蒲公英色のお日様を浮かべて、私の視界の端で五条くんの白髪を照らす。まだ高専生活は始まったばかりだから。

image song...YUI/Good-bye Days ……の予定だったけど途中で悲しくなってしまったので、歌詞だけお借りしてハピエンに切り替えました。すみません……



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