愛を伝えて

今日はみんなで午前に座学を受けて、午後は単独任務。お昼は意外と時間があったから硝子ちゃんと食堂でゆっくりめにご飯を食べた。

「疲れた……」

丁度いま任務が終わった私は、切れた息を落ち着かせながら山の麓で待ってくれている補助監督さんの所へ向かう。此処はそんなに高専から離れておらず、山だったので帳も区域を狭めで比較的簡単に下ろせそうで、準2級呪霊と比較的簡単だと分かっていたので、補助監督さんにわざわざ送迎等を頼むのも申し訳ないと思いつつ、遠巻きに休んで頂いても大丈夫ですよと伝えようかと昨日から悶々と悩み、結局伝えられず今日に至ってしまった。だが呪霊の発見は割とすぐだったのは良かったもののその呪霊があまりにも臆病で、馬鹿みたいに足(触手)が速く(?)補助監督さんに帷の区域を広げてもらい、落とし穴を作ったり、木の上から先回りして逆隠れ鬼をしたりと、色々なことを試した末にやっとの思いでトドメを指した。
補助監督さんにあれ伝えなくてよかった。こんなヘトヘトで車以外で帰りたくない。

「お疲れ様です。……えっと、ど、どうしました?大丈夫ですか……?」
「ただいま戻りました……大丈夫です……」
「そ、そうですか……取り敢えず車まで行きましょう」

予定時間を過ぎていたからか、心配して少し様子を見に来てくれてたみたいだ。少し申し訳ない……
車へ戻るまでの道のりでさっきあったことを話すと、「それは災難でしたね……」と労いの言葉を貰った。
高専までは二十分程度で着くので休んでいて構わないとの事だったが、どうせすぐ着くのなら、と窓の外を眺めながら帰った。

ぽつぽつとあるだけの家屋を囲んでいる広大な田んぼは収穫直前なのであろう、豊富にこさえた稲の苅安が浅縹と山吹色のグラデーションをした空に浮かんでいる太陽に照らされて耀いている。
そこへ部活帰りの中学生だろうか、友達と自転車で並列走行をしながら話しているのが視界に入って眩しく思う。

小さい頃、変なものが見えると泣き喚いていた私はそれはもう沢山のいじめを受けてきた。両親にはいじめは隠し通せたものの、やっぱり変なものは怖かったので恐る恐る伝えた。だが両親は蔑ろにせず、呪術のじゅの字も知らない、当時、今よりも格段にインターネットも普及していなかった時代で必死に情報を集めてくれて、何年も掛かった末に高専を見つけてくれた。中学に上がるまでずっと泣き虫は治らなかったが、そんなところも可愛いと親バカを発動させる母とそんなママが大好き!チュッ♡と母大好きマウントを取ってくる父がいたからこそ、今の私がいるのだろうと両親には感謝している。その後いじめなんかに負けるもんかと表面だけの強がりちゃんに進化して、母は可愛かったのに……と落ち込んだかと思えばすぐ、強がりちゃんもこれはこれで可愛い……!と親バカを発動させ、それに釣られて父もその切り替えの早いママも大好き!チュッ♡と母大好きマウントを取りに来ていたが。

いつの間にか景色が変わりもう高専のそばだった。
補助監督さんにお礼を言って扉を開ける。足を下ろした先の空は鬱金色に染まって黄金に耀く夕陽を掲げ、私の足元から大きく細長い藍墨茶の影をつくっていた。

「喉乾いた」

そういえば今日水分を忘れたんだった。
あんなに追いかけっこをしたというのに水分を取らないのはいくら休憩したとしても考えものだ。
財布持ってきてて良かった。
そのまま自販機に向かうことを決め、ポケットからイヤフォンとウォークマンを取り出す。変わらず聴くその曲を流してヴォリュームを上げる。いつか一緒に聴くんだって心に決めて。

「もうみんな寮にいるかな」

歩きながら、夏油くんと五条くんは今日は確か合同任務だっけ。と休み時間に夏油くんにぼやいていた五条くんを思い出す。昨日桃鉄して4人で寝坊して怒られたばっかだから今日はやらない、と少し寂しくはあるが我慢することにした。怒られたくはない。
10月に入ったことを思い出し、少し肌寒く感じてミルクティーあるといいな、と思いながら自販機を見ると、丁度交換があったのかあったかいと書かれた赤色のプレートが沢山並んでいた。

「何買うの」
「ビッッ……!」

イヤフォンをしていて足音が聞こえず、急に肩に乗った手に大袈裟に驚いてしまった。

「ビビり過ぎだろ笑」
「聞こえなかったの!!」

はいはーいそんなプンプンすんなってと流されてしまったが、どうせいたずら好きの彼のことだ、気配も足音も消していたんだろう。どっちにしろ分からんわ!

「どれにすんの」
「え?」
「だから、奢ってやるっつってんの」
「これ」
「はや」

目をつけていたミルクティーを指さすと、五条くんがボタンを押して私に渡してくれる。

「ありがとう」
「……おう」
「もうお風呂入った?」
「ああ」
「そっかそっか」

五条くんが買ってくれたミルクティーを飲みながら、そういえば五条くん制服じゃなかったと考える。

「何聞いてんの」
「んー、内緒」
「んだそれ」
「今度教える」
「……ふーん」

……顔には出ていなかっただろうか。まさかいつか一緒に聴けたらなんて考えていた矢先、聞かれるとは思っていなかった。反射で(いや間はあったけど)言ってしまったのだから仕方ない。
前よりも少しだけ冷たくなった風がひゅうと鳴って、何故か少し不機嫌になってしまった五条くんと私の体を撫でた。空はもう日が沈み切る手前で、鈍色に染まりつつあった。さっきより寒く感じて、ミルクティーを両手で包み、手のひらを温める。五条くんは寒くないかな、と隣を見るけど両手を両ポケットに突っ込んでいた。

「今日の夜ご飯なんだろ」
「あー、傑がなんか言ってた気がするけど忘れた」
「ふふっ、何それ」
「……」
「行こ」
「……あぁ」

硝子ちゃんと夏油くんはもう寮にいるのだろう。久しぶりに四人で食べる寮の夜ご飯に少しだけわくわくしながら寮へ戻る。シャワー浴びたらすぐ食堂に向かおう。

「今日は桃鉄なしね」
「えー」
「私もやりたいけど怒られんのやじゃん」
「逃げればいいだろ」
「逃げられたこと無いじゃん」
「……チッ」
「ごっはん〜楽しみ〜」
「……はぁ」
「ため息ついたら幸せ逃げるよ〜ん」
「誰のせいだよ」
「……え?……誰だろ……五条クン?」
「てっめぇ!!ちげぇわバカ!」
「あははっ!ごめんって!わぁーー!」
「待てコラァァァ!」
「やだーー!笑来ないでーー!笑」

空は暗い。夕方というより最早夜だが、気にせず走り回った。皆には私の任務が一番遅いから先にお風呂入っててと言ったから、今日の夕飯の時間はいつもより遅めではあるもののあまりゆっくりしてると遅れて硝子ちゃんと夏油くんに怒られそうだ。怒られたら五条くんのせいにしよう。
通常なら本気を出さなくとも五条くんは私を一瞬で捕まえれるだろう。それでも手加減をしてくれている五条くんをちらっと見る。少し不機嫌そうではあるが、楽しんではいる様だった。

幸せだなぁ。

五条くんと初めて会ったのは高専だったが、入ってからではなくではなく中学1年生の夏休みだった。
両親が高専を見つけてくれた時はまだ小三で、泣き虫で弱虫だった私は両親から一度高専にお話をしに行こうと提案されたが愚図りまくって両親と高専の方達を困らせに困らせた。
結局高専に行くのではなく、高専の方達に家に来てもらって、両親の背中に隠れながらもお話をした。その時は基本的に呪霊を見つけたら無視をすること。もし見つかってしまって緊急の時はこれを呪霊に投げ付けて逃げること。と、対策と一緒に御札を貰って解散した。
それでも、もし呪術に関わっていくのならちゃんと話をしなければならない。という高専の方達の言葉に両親はちょくちょく、お話に行かない?と私に話を持ちかけてくれていたが、やっと行動に移せたのは泣き虫&弱虫を仮卒業した中学生になってからだった。

両親と一緒に高専に訪れた時、最初、夜蛾先生を見た時はモノホンのヤクザと勘違いをし、少しの後悔とビビりを発動仕掛けたが、直後に貰ったブサカワのカッパのぬいぐるみで機嫌を取り戻していた。
その時の話では呪術に関わっていく上での覚悟の必要性を確認した後、術式の使い方と基礎的な体術と体力を付け始めた方が良いという話だった。近頃思春期に初めましてをした私は真剣な話にチビりかけながらも両親の前で弱音を吐きたくなかったばかりにやるったらやると強がり、高専の方達はそれが強がりであると見抜いてまだ時間はあるからゆっくり決めてくださいと私に言ってくれていたが、私を疑うことを知らない母は強がりなところも可愛いなどと言っていたくせにそれには気づかず、成長したね名前ちゃん……などと号泣していた。そんな母を見た父は感動してるママも可愛い!ギュッ♡と周りに人がいるからかチューはしなかったものの、母大好きマウントはしっかり取っていた。
そうして話し合いをした後、両親はまだお話があるようで高専の方達と残り、私は少しだけ体術を体験してみようという話になり、夜蛾さんと2人で訓練場に向かった。

「お話だけだと思ってたから体操服持ってきてなくて、その、ごめんなさぃ……」
「大丈夫だ。一応運動着が医務室にある。サイズはSでいいか?」
「あ、はい!」
「ちょっとこの部屋の前で待っていてくれ」

申し訳なくて、でも恥ずかしくて謝罪の語尾が小さくなってしまったがなんでもない様に言葉を返してくれた事に少しだけ嬉しくなって大きめに返事をすると、夜蛾さんは少し雑に頭を撫でて違う建物へと歩いていった。

「ここが訓練場……」

外からまわってきた為、靴を脱いで縁側へ上がる。そこには腰付き障子がずらりと並んでいて真ん中の障子を開けようとした時だった。

「お前何してんの」
「ヒェッ」

振り返るとそこには同じ歳くらいの白髪のサングラスをした男の子が立っていた。

「だ、誰?」
「お前こそ誰だよ」
「え、えと、名前です」
「あっそ」
「え、えぇ」

私は名前言ったのに、その男の子は興味なさげにふいっと視線をずらしてしまった。
こういう時って、お名前言ったらお名前言わないといけないんじゃないの?と思いながら彼を見ると、は?と言って何故か切れている。

「え、な、なんで怒ってるの(泣)」
「は?分かんねえの?」
「わ、わかんないよー(泣)」

私は思っていたことが口に出ていたとは気づかず、ズカズカと私に近寄ってくる男の子にビビり散らかしていた。もう目の前まで来てしまっていた男の子は、私が縁側に立っているというのにあまり目線が変わらなかった。それが怒っている顔に加えて余計に怖くて、両親のいない今強がりは発動せず、涙腺は役目を放棄してしまった。

「は、え、なんで泣くんだよ」
「だ、だってぇぇぇうわぁぁぁぁん」
「意味わかんねぇぇ!」
「うぇぇぇぇぇぇん!ゲホッ……わぁぁぁぁぁゴホッ……」
「ほ、ほら泣きやめって」

号泣してペたりと座り込んだ私を見て、男の子はハンカチを差し出してくれていた。だというのに肝心の私は目をぐっと閉じていた為全く気づかず、限界に近づいてきた喉は警告を示す。
困惑したままだった五条は縁側に上がり、昔数回だけ乳母にやって貰ったことを思い出し、名前の背中をトントンと叩きながら目を強く擦っている名前の手を退けて手に持ったままだったハンカチを目に優しく押し当て名前の手に持たせる。

「うっ……グスッ……ヒック」
「……」
「なんで泣いているんだ」
「げっ」

そこへ丁度、名前の運動着を取りに行っていた夜蛾が戻ってきていて訝しげに悟を見ていた。

「お、俺は何もしてねぇ!こいつが急に」
「……ハァ」
「本当だよ!!」

こんなんで泣くき出すなんて思わねえだろと小さめに愚痴をこぼす悟を見て、お前じゃねえかと夜蛾は思う。

「名前、運動着を持ってきたから隣の更衣室で着替えてこい」
「グスッ……はぃ」
「悟はこっちへ来い」
「ヤダ」
「ヤダじゃない」

さとるというらしい男の子にハンカチを返し、ありがとうと小声で伝えて夜蛾さんから運動着をもらう。名前を教えてくれなかった事には少し拗ねているものの泣くほどでは無かった為、反省しながら止まらぬ涙を引っ込めようと頑張りながら更衣室へと向かった。

「えと、苗字名前です、じゅ、13歳」
「……五条悟……12」

夜蛾さんに簡単に自己紹介しろと言われたので少し俯き気味だったが名前と歳を言って前を見ると五条悟くんという彼はこちらを見ておらず、そっぽを向いていた。さっきあった光景を思い出し少し悲しくなるが、今回はちゃんと名前を言ってくれた事により、悲しみはお空へ飛んでいった。

「小学生なの?」
「違ぇわ!!」
「じゃあ中一?」
「……あー多分」
「?」
「悟は御三家でな、義務教育学校には行ってないんだ」

夜蛾さんが説明してくれてごさんけというのがよく分からなかったが小学校と中学校には通ってないらしい。

「じゃあお勉強分からないの?教えてあげようか?」
「はぁ?!?!分かるわ!少なくともお前に教えられるほど馬鹿じゃねぇわ!!」
「ヒェッ」
「ブッ……ククッ」

通っていないというから勉強教えようか?と優しくしようとしただけなのに何故かブチギレられてしまい、ちびりそうになった。夜蛾さんは何故か後ろを向いて肩を震わせている。絶対笑ってんじゃん。

「フゥ……今から……ククッ……体術の……ブハッ」
「笑ってんじゃねぇ!!」

ツボに入ってしまったのだろうか、笑いがこらえきれていない夜蛾さんにさとるくんは滅茶苦茶に怒っていた。

「さとるくん、そんなに怒ったら血管プッチンしちゃって頭痛くなるよ?知らないの?」
「グフッ」

私がそう言うとさとるくんは顔をリンゴみたいに赤くして般若みたいな顔になっていた。だからさとるくんに般若なの?と聞いてみると、斜め前でグハッと言って夜蛾さんはお腹を抱えて下を向いてしまった。・・・笑ってんじゃなくてお腹痛かったのかな。さとるくんは赤くした般若の顔をやめて遠くを見つめていた。

腹痛が治まった夜蛾さんと遠くに行ってしまっていたさとるくんが帰ってきて、夜蛾さんが私と五条くんは高専に入るのなら、同じ学年になるから仲良くするようにと言われた。さとるくんは呪術界のとても偉い三つの家、もとい御三家出身の次期当主というすごい人と夜蛾さんが説明してくれた。実家は京都にあるみたいで今日此処にいるのは本当にたまたま高専に用事があって来ていただけらしい。一応夜蛾さんが私が此処にいる理由を話してくれてはいたが、さとるくんは今の話にあまり興味が無いらしく、縁側の方を見ていた。

「それじゃあ名前は今から体術、悟は御当主様の所へもどれ」
「ちぇっ、つまんねーの」
「さとるくん、いっぱい泣いてごめんね、ハンカチありがとう!」
「……おう」

さとるくんにちゃんとごめんとありがとうを言えてすっきりしていると、五条くんはそっぽを向いてしまっていたけど、耳がちょっと赤くなっているのを見て照れてるのかなとクスッと笑ってしまったら、耳より赤い顔で睨まれてしまった。

「じゃあまたねさとるくん!」
「!……ま、またな」

さとるくんに手を振って訓練場の中へ戻る。
それから夜蛾さんに体術をちょっと教えてもらって、そこまで頭が良くない代わりなのか運動神経は有名体育大学出身の父に似て優秀だったので、夜蛾さんにも褒めてもらえて機嫌は最高潮だった。

それから、ちょくちょく体術を教えてもらうために月二くらいで高専に通ってたけど、やっぱり五条くんにはあれから一度も会えなくて、再会したのは高専の入学式だった。そこで、硝子ちゃんと夏油くんとも出会って、、嗚呼そうだ。そこで急に五条くんに告白されたんだっけ。

「何考えてんの」
「うわっ、急に距離詰めないでよ」

びっくりするじゃん。
さっきまで追いかけっこしてたはずが、次の瞬間には肩に腕をまわされていた。

「いーじゃん、教えろよ」
「別に。ちょっと入学式の事思い出しただけ」
「げっ」
「急に五条くんに告白されてびっくりしたなーって」
「……忘れろよ」
「やだよ、絶対忘れてやんない」

入学式後の放課後の教室で、再会して向こうは覚えてないだろうなと思い、よろしく五条くんと挨拶をしたら少し絶望した様な顔で俺の事覚えてねぇの?と言うから慌てて覚えてるよと返そうとしたけど、俺は名前の事忘れられなかった。と言われて数秒固まってしまった。すぐ私も覚えてるよと返すと、嬉しそうな顔をして硝子ちゃんと夏油くんがいる前で、良かった、俺お前の事好きだから付き合って欲しいと爆弾発言をした。硝子ちゃんと夏油くんは有り得ないほど肩を震わせ、宇宙を背負っている私に返事してあげなよと夏油くんは私の背中を押し、硝子ちゃんは動画を回していた。まだ宇宙から帰って来れなかった私は流れのまま肯定をしてしまい、その返事を聞いた五条くんはキラッキラの笑顔で良かった!と言っていた。硝子ちゃん達は良かったなと五条くんの背中を叩いている。
何故か私だけが置いてかれていて三人はどこかへ消えてしまい、宇宙からは帰って来れたもののやってしまったと頭を抱えながら自室へと戻ったのを覚えている。

翌日、昨日はすまなかったと私が教室に入ってすぐ五条くんに土下座をかまされた。彼は昨日、私が東京で無心で爆買いをかましている間、三人で五条くんの部屋で夜まで恋バナをしていたらしい。そこで先の告白動画を硝子ちゃんに見せられ青ざめたと言う。まさに今後ろで硝子ちゃんが動画を回し、夏油くんが写真を撮っているのだが気付いていない。五条くん。そういう所だよ。
それからというもの他人に噛みつきまくる五条くんは何故か私の前では大人しく、硝子ちゃんと夏油くんに世話が面倒だと五条くんを押し付けられた。かくいう私も満更ではなかったが。そうして時間が過ぎていき五条くんのキャラ変ぶりは夏頃から落ち着いていったのであった。

「名前!悟!もうすぐ夕飯の時間だ!!何をしてるんだ!!」
「「げっ」」
「コラァァァ!待たんかァァ!!」
「五条くんこっち!」
「うおっ」

最悪の事態だ、夜蛾先生に見つかるのは硝子ちゃん達怒られるよりも面倒くさい。だがこうなってしまっては仕方がない。私は五条くんを引っ張って私の秘密ルートへ向かう。此処はグラウンドの側だから見晴らしが良い、すぐに見つかってしまうだろう。そのまま木々の生い茂る方へと進み、少し遠回りをする様に秘密ルートへ入った。

「撒いた……」
「流石過ぎる私」

此処は寮の玄関口の近くではあるため、一応見つからないように二人でしゃがみこむ。

「こんなとこあったんだ」
「やっぱ知らなかった?此処私の秘密ルート!」
「俺連れてきたら秘密もクソもねーじゃん」
「あ」
「ふっ、お前意味わからんとこで少し抜けてるよな」
「こ、これは緊急事態だから仕方ないでしょ!」
「はいはい、ソーデスネ」
「硝子ちゃんと夏油くんには内緒。私達だけの秘密ね」
「……おう」

黙り込んでしまった五条くんを横目に手を離して買って貰ったミルクティーの蓋を開ける。280mlの小さいそれはさっき少し飲んでしまったからかもう半分しか残っていない。それを飲み干して、先生が来ていないかひっそり立って周りを見渡す。

「先生いない、今がチャンスですね」
「それ、1口くれ」
「あ、もう全部飲んじゃった」
「はぁ?有り得ねー」
「だってこんだけしか入ってなかったんだもん!しょうがないじゃん」
「チッ……はぁ、腹減った」
「だね。流石に硝子ちゃん達に怒られそう」
「それはだりぃ」

手を繋ぎ直して二人で寮の入口側へとまわる。すぐに素直にはなれないけれど、私はちゃんと五条くんが好きだ。

「一旦シャワー浴びてくる」
「……おう」

寮に着き、少し名残惜しそうに手を離した五条くんにねえ、と声をかけてもう一度手を取って自分の方へ少し引っ張る。

「!」

名残惜しそうな顔が愛おしくてキスをすると、顔を真っ赤にして私を見る。

「好きだよ悟くん」
「……俺も」
「ふふっ、じゃあまた後でね」
「……ああ」

部屋まで送ってくれた五条くんに手を振って扉を閉める。五条くんはみんなが思っているよりも照れ屋でこういう時は不器用だ。だからあまり五条くんからキスはしない。私の事を想ってくれているのは沢山知っているからこそ、彼のかっこよくはない優しさだなって思う。やっぱ恋人にはキスして欲しいじゃん。勿体ないからそんな事夏油くん達には教えてやんないけど、そういう所も案外好きだ。でもさすがにキスは私も照れる。見られてないといいな。少し赤くなった顔を手で扇ぎながら着替えの準備をする。早くシャワー浴びて食堂行かないと、そろそろみんな集まってくる時間だ。


「おまたせー!」
「遅いよー」
「ごめんごめん笑」
急いで硝子ちゃんの横に座る。
「悟が真っ赤な顔で此処へ来たけど何したの?」
「秘密」
「流石だね」
「何の事だろ?」

頂きますをした後、向かいの席の夏油くんに小声で話しかけられた。悟くんの可愛い所はいくら夏油くんでも教えてあげない。そういう意味で夏油くんに返事をすると意図を見破られたようで、苦笑しながら返された。まだ少し顔を赤くさせながら黙々とご飯を食べる五条くんを見やる。可愛いなこいつ。

その後は四人で他愛の無い話をして、調理師さんにお礼をしたら部屋へ戻る。夜蛾先生から逃げ切った話を五条くんがし出すから五条くんの視界の隅で人差し指を唇に当てて五条くんを見る。すると彼は気付いたようでこちらをちらりと見て何も無かったかのように話を他の方向に持っていった。こういう所は顔に出さずにするの流石だな。

女子寮と男子寮の分かれ道で五条くん達と別れ、硝子ちゃんと部屋へ向かう。

「食堂来る前、五条に何したの?私だけに教えてよ」
「えー」
「教えてくれないなら五条にこれ見せちゃおうかな〜」

そういった彼女の手の中のケータイには、硝子ちゃんが私の飲み物をお酒にすり替えた時に私が酔っ払って下着姿とは言わないものの、薄めの部屋着でグラビアポーズをしている時の写真だった。

「分かった!分かったからもうそれしまって!」

どうせ消してと言っても消さないであろう彼女に懇願する。いつまでたっても彼女には敵わない。

「キ、キスしたの。五条くんが可愛かったから」
「へぇ〜、やるね名前」
「も〜、夏油くんにも言わなかったのに〜」
「私から夏油には言わないから安心してよ」
「本当に?お願いだよ?」
「はいはい〜」

彼女なら本当にやりかねないから心配だ。
硝子ちゃんに釘を刺しまくって部屋へ戻る。まだ時刻は8時過ぎ。寝るまで時間がある。
暇だし五条くんに会いたいなんて考えながらワードローブからパジャマを取ろうとした時ケータイが鳴った。誰だろと思い開くと五条くんからメッセージが来ていた。

『今日やっぱ桃鉄しねぇ?今日夜蛾センから逃げ切れたじゃん』

彼らしいメッセージに頬が緩む。正直二人でがいいなとは思いつつも、桃鉄をする時はいつも四人だ。
OKの返事をしようとした所、丁度もうひとつメッセージが来て、

『やっぱFF12』

FF12はいつも二人でしかしない。既読機能はないのに心が読まれた気がした。

『やる。今行く』

すぐ返事をして、手に取っていたパジャマとは違う、可愛めの部屋着に着替え、付けたまま寝れる化粧品で軽くメイクをする。今日は任務帰りに少し崩れた顔をもう見られているけど、そんなことは関係ない。香水くらいはつけたまま寝てもいいだろうとシャワーで落としてしまったのでもう一度少なめに纏う。髪もちょっとくらいはいいよね、とヘアアイロンを軽く通す。前髪も軽く巻いて準備完了。姿見で全身を確認し、よしっと気合を入れて部屋を飛び出した。

「お待たせ!」
「早かったな」

ノックをするとすぐ扉を開けてくれて、部屋に通してくれた。

「準備満タン?」
「おうバッチリ」
「それじゃやりますか!」
「イエス!!!」

前回一緒にやったのは先週でどこまでやったか忘れかけていたけど五条くんが説明してくれて思い出した。前回は私がプレイだったから今日は五条くん。あれこれ言いながらゲームを進めていく。五条くんはよく頭がまわるから私が助言することはほとんど無いけど、もとより私は見る専だ。やるのも好きだけど見るのも案外嫌いじゃない。というか好きだ。五条くんがサクサクとゲームを進めて、私がそれを見る。最初の方はやっぱ二人でできるやつにしねぇ?と言っていた五条くんだったが、私が見る専だと毎回言うので渋々やっていたけど、それにも慣れてきたみたいで、最近は器用にゲームを進めて私にドヤ顔するのが日課だった。そんな所も可愛くて好きだ。どうせ口に出すと“可愛い”が気に入らなくてむくれるから言わない。五条くん、可愛いは最大の褒め言葉なんだよ。

「めっちゃ進んだね」
「今日はいつもより簡単だった」
「いやー、相変わらずスムーズだから見てて楽しい」
「そ?まぁ俺だしな」
「自慢げなの?ふふっ、流石だね」
「おう!流石だろ」
「うんうん」

やっぱ可愛いよ。うん。間違いない。
クエストクリアのちょっとしたムービーが流れ、終わるにはちょうどいいキリの良さだったから、ゲームをやめてチャンネルを戻す。ちょうど11時くらいで私達の好みのバラエティがやっていた。

「これ、いつまでたっても好きだわ」
「分かる、私も。あの芸人さんが好き」
「趣味合うな。あ、俺この人も好き」
「うわ、めっちゃ分かる。ツッコミキレッキレだよね」
「それな。あと普通に話がおもろい」

二人であの芸人がどうとか、この話がどうとかぽつぽつと語りながら見ていると、あっという間に番組は締めの会話に入っていた。ぼーっと締めを見ながらあることを思い出す。

「そういやさ、夕方私に何聞いてたのって聞いたじゃん」
「うん」
「じゃーん、持ってきた」
「お、ほんとだ」
「じゃあ答え合わせね、なんだと思う?」
「はい!」
「はい五条くん!」
「あ!んー、ちょい待ち」
「いいですよぉ?」
「えっとね、あーいや、こっちだな、ハイハイ!」
「ハイっ!改めまして五条くん!」
「aiko!」
「FinalAnswer?」
「いや、ちょっと待って、やっぱドリカム!」
「今度こそそれでいいですね?」
「お、おう、いいぜ……」
「答えは……」
「ゴクリ」
「残念!!!YUIでした!!!」
「うわぁぁぁ!!YUIかーー!」
「残念でした五条くん、豪華景品獲得ならず!!」
「くぅぅぅ!悔しい!!」
「わたくしも悔しいです……」
「なぁ早く聴こ!」
「そう焦らず!準備はバッチリです!」
「?イヤフォンで聴くの?要らなくね?」
「チッチッチ、分かってないなぁ、イヤフォンで聴くのがいいんだよ!」
「そ?名前がいいならいいけど」

そう五条くんに言って曲を流す前に片方のイヤフォンを五条くんに渡す。右側にいる私が右耳、左側にいる五条くんが左耳。五条くんがイヤフォンをつけたのを見て音楽を流す。ゆっくりとメロディが私達に流れ込む。何回も聴いたことのある音を追いかけながらこの瞬間を大切に想う。テレビは付いたままで音量をひとつも下げてはいないけれど、横にいる五条くんを感じるだけで音は消える。五条くんは曲を聞いたことがなかったようでとても聴き入っている。そんな彼を視界に入れたまま、たくさんの思い出を振り返る。初めてのデートで五条くんの大好きなカフェに行って美味しそうに大きなケーキで口をいっぱいにしている五条くん。合同任務帰りにコンビニで季節限定のスイーツを二つ買って食べあいっこして、関節キスに照れる五条くん。四人で放課後にピザを食べに行った帰りにアイス屋さんに寄って、甘々のアイスクリームを二段にして食べていた五条くん。なんかどこへ行っても甘いものが付いてくるな、なんて考えて笑みが零れる。どこへ出掛けるのもとても楽しいけれど、こうやって今みたいに部屋でゲームしたりテレビを見たりするのもやっぱり好きだ。というか五条くんが隣に居るだけで暖かい気持ちになれる。恥ずかしいからまだ伝えられてないけど五条くんの事愛してるよ。まあ些細な事で喧嘩する事もあって(五条くんのプリンを私が勝手に食べてしまったり、私のみたらし団子を五条くんが三本とも食べてしまったり)硝子ちゃんと夏油くんに何度も呆れられて、ちょっと迷う時もあるけれど笑

曲が終わって音が無くなる。

「良いでしょ。この曲」
「まぁ、名前にしてはやるじゃん」
「ちょっと、どういうことよそれ!」
「そのまんまだよ!まぁ良いんじゃねぇの」
「でしょ。もうずっと聴いてる」
「な、もっかい聴こうぜ」
「お、ハマっちゃった?」
「そんなんじゃねぇよ、でも良かった」
「仕方ないなぁ、ほれ!」

直接的じゃなくてもよく伝わってくる。気に入ってくれて嬉しい。こんな幸せがずっと続けばいいのに。
呪術師やってたら温かい場所にずっと浸っている事は出来ない。それなりに覚悟がいる仕事で危険も沢山ある。最悪だってその辺に転がってる。でもそんな世界に踏み入ったからこそ、五条くんに出逢えたのも事実だ。
だから逃げるなんてことはしない。一生向き合ってやる。でも私だけ独りで向き合うのは寂しいから、どうかこれからも一緒に隣で向き合ってて欲しい。これは五条くんだけじゃなくて、硝子ちゃんも夏油くんも一緒に。いつの間にか二週目も終わっていてイヤフォンを外していた五条くんは小・中学校を思い出し少しセンチメンタルな私に気づいても触れてこなかった。ちょっぴり弱気な優しさも好きだよ。私と出逢ってくれてありがとう。

イヤフォンを外してウォークマンごとポケットに仕舞い、五条くんの肩に凭れて目を閉じる。すると五条くんが私の頭を不器用に優しく撫でてくれた。ふふっ、かっこいいとこあるじゃん。
なんだか少し弱気になっていた自分が恥ずかしくてふと頭をあげる。五条くんは少しびっくりしていたけどいつも通りだ。

「今日は五条くんの隣で寝たい」
「は、はぁ?急すぎんだろ」
「それが私だもん。今更よ!」
「お、おい待てって!」
「早く早く!」

吹っ切れた私には何言っても効かないぞ!なんて言って五条くんを呆れさせる。

「わ!五条くん足冷た!」
「お前も手冷たすぎだろ」
「あははっ!お互い様だね」

ひとりじゃないのはあたたかい。二人で寝るのは少し狭いからと理由付けて五条くんの胸に顔を埋める。五条くんの香りに包まれて良い睡眠が出来そうだ。

「なぁ」
「ん?……!」
「隙あり」

五条くんが少し頬を赤く染めてニヤリと笑う。

「やられた〜」

つられて私も少し赤くなる。見られたくなくて五条くんにギュッと抱きつく。おずおずと私の背中にも腕が回ってきて心地よい圧迫を感じる。

「五条くん」
「ん?あ、待って」
「?」
「名前、好き」
「!私も。愛してる、悟くん」
「ちょっとずりぃ」
「ええ〜?そんな事ないよ」
「あるったらある」
「はいはい笑」

私は幸せ者だ。両親がいて、先生がいて、同級生がいて、そして五条くんがいる。もう独りじゃない。寂しくて痛かった頃の事はこれからの楽しいで上書きする。孤独なんてサヨナラだ。五条くんを少し強い力で抱きしめる。「名前、苦しいっ」そう笑いながら言って背中をポンポンと優しく叩かれる。さっきより強い力で抱き締めれば、加減しつつも強い力で抱きしめてくれる。

「ふふっ」
「なーに笑ってんだよ」
「何でもない」
それがとっても嬉しくて笑ってしまう。
「悟くん。おやすみなさい」
「ん、おやすみ」

今日はいい夢見れそう。五条くんが夢に出てきてくれることを祈りながら目を瞑る。思ったよりも睡魔が早く訪れて、夢か現実か分からない曖昧な場所で五条くんの笑顔が見える。優しくキスをしてくれる彼に愛を伝える。いつもありがとう。悟くん。大好きだよ。

こいつ寝んの早すぎだろ。
既に寝息を立てている彼女の背中に回している腕を緩めて顔を覗く。幸せそうに眠っている彼女に笑みを零し、彼女の唇に自分のそれを当てる。少し頬を緩ませて、悟くん、と呟く彼女はとても可愛かった。普段は恥ずかしくてあまり口には出せないが寝ている彼女はきっと聞こえないだろうと彼女の頭を愛おしく撫でながら呟く。
「俺も愛してる。名前」

その翌朝は二人揃って寝坊し、時間はずらしたものの、私は硝子ちゃんと夏油くんにニヤニヤされ、後から入ってきた五条くんは教室に入った瞬間に夏油くんに絡まれ、硝子ちゃんに訝しげな目を向けられていた。夜蛾先生には呆れられて怒られはしなかった。


外の空は今日も鴨跖草に光り輝く鮮やかな蒲公英色のお日様を浮かべて私の視界の端で五条くんの白髪を照らす。まだ高専生活は始まったばかり。


image song:YUI/Good-bye Days ……の予定だったけど途中で悲しくなってしまったので、歌詞だけお借りしてハピエンに切り替えました。すみません……



prev | back | next
main
top