ネタ帳
◎更成り代わりA
「……」
正面にはずっとニコニコと穏やかな笑みを携える金髪の少年。それに思わずイラッとして、手近なクッションを投げつけた。
ぽふっと軽く当たることが想像できるが、投げた本人は純血のヴァンパイアである。ヴァンパイア特有の馬鹿力も相まってクッションは剛速球で投げられ半ば凶器と化し、彼の顔面に命中してしまう。
あまりの速さと、痛みに鼻を押さえ涙を目に浮かべる拓麻は困ったように更を見た。
「更さん…急にどうしたんですか。僕に八つ当たり…「うるさい。別に拓麻がクソジ…一翁に似てるからって思わず手が出たわけじゃないわ」…それを八つ当たりって言うんですよ…」
ボソリとつぶやく彼の言葉に更は鋭い視線を投げかける。それに対し、拓麻は慌てて席を立ち「お茶を淹れてきますね」と逃げ出した。
体制を崩し、カウチへ寝そべる更は拓麻が部屋を出る際に傍らに戻したクッションを手に取り。顔を埋める。
あの日の夜の彼の顔とだぶっただけ。
好きなんかじゃないけれど、どうしようもなく___むなしいだけだ。
ヴァンパイアといえども純血でなければゆるやかに老いる。彼は子を成し年を取り……さらにあの人の若い頃にソックリの笑みを浮かべる孫もできて。
私は何も変わらない。死にもしないし、老いもしない。
ヴァンパイアなんかじゃない、認めるわけがない。
「……人間よ」
「更、さん?」
声をした方を振り向けば、淹れたての湯気の立つ紅茶を乗せた盆を片手の拓麻。
「今のは戯言…忘れてちょうだい」
「…分かりました。でも、更さんは人間が好き…ですよね?人間の学校に通って…彼らと一緒にいる更さんはとても楽しそうですから」
「何が言いたいの」と目を細める彼女に対し、彼はにこりと微笑んだ。
「いえ、その…ただ、僕はそんな更さんが好きです」
ぴくりと肩が揺れる。だが、すぐに冷静を取り戻し「拓麻、紅茶が冷えてしまうわ」と聞かなかった事にする更だった。
「え、あぁすみません」
◎更成り代わり
「更さん!待ってください、更さん!!」
「…うるさい、拓麻」
コートを身にまとい、屋敷の玄関扉を開く。開いた扉の隙間から差す日の光に思わず目を細める。それでも彼女は外に出た。
普段なら日傘を差すのだが、今日は持っていない。それを拓麻は慌てて、日傘を持って追いかけてきたのだ。
「日の光って気持ちいいわね…」
太陽に手を伸ばすように彼女は腕を上げる。視界いっぱいに広がる明るい光。
伝説ではヴァンパイアは太陽の日の下に出ると、灰になって死ぬと言うけれど。実際はそうではないのね。
眩しいだけで体に影響があるわけじゃないし。
それに私は人間だもの。ヴァンパイアなんかじゃない。
「更さん…世界中どこを探しても、日光を気持ちいいと言う純血の君は貴女だけですよ…」
疲れたように言う彼を横目に私は暖かくて気持ちの良い、今この時を楽しんでいた。
(枢といい…なんで純血種ってこんなにワガママなんだろう…)
純血種に振り回される機会が多い拓麻はずっと疑問に思っていたことだ。