「本当に良いのか?もう二度と選手として戻ってこれないかもしれなんだ」
「わかってます、俺は・・・この大会を最期にと決めましたから」
それが俺のコーチとの最後の会話だった。彼は何度も俺を引き留めようとしたけれど、決心は揺るがなかった。三年前のグランプリファイナルを最後に俺は引退を発表した。
そのまま日本へと帰国。当時は、かなり騒がれたけど三年も経っている現在は俺の存在は忘れられていることだろう。あの輝かしい銀盤にはまだ未練はあるが体の調子が良くなる気配は一向にない。
帰国後に病院で診断された病名は"不安障害"だった。この三年もの間、薬物療法で治療しているが一定の成果のみで完治までには至ってない。
俺は"自分"に負け___完治を諦めた。自業自得だ、原因となったスケートと向き合えずに逃げたのだから。
引退後、かつてのライバル達とも連絡は一切取っていない。もちろん、向こうからはたくさん電話やメールが来ていたけれど。
『司さん、僕・・・もうムリかもしれません』と通話先で声のトーンを低くする勇利。彼は勝生勇利、日本の特別強化選手に指定される実力を持つ日本代表の男子フィギュアスケート選手だ。メンタルが弱いのが玉に瑕である。
「なぁ勇利。俺は勇利の決めたことには何も言わないよ、ただな・・・後悔だけはするな」
俺みたいにはなって欲しくないんだ。
『・・・はい・・・』
可愛い後輩の勇利、いつも無理はしてないかと心配ばかりしてた。メンタルが弱さが彼の弱点である。しかし、時にそれは強さとなり逆境を乗り越えることが出来れば彼は更なる高みに行くと確信してる。
(何か、キッカケがあれば・・・だけど)
『また、司さんの滑りが見たい。そっちに帰った時、良いですか?』
「分かってる、いつものことだろ?」
『ありがとうございます』
離れていても、声だけで勇利の雰囲気が良くなる事が手に取るように分かる。五年ぶりの再会だ、ミナコさんと一緒にとことん持て成してやろう。アイスキャッスルはせつにも話を通しておかないと。