36.「日射しのよい人」

「ふぅーん・・・プレッシャー前なら100点台くらい、いくかと思ったぁ」


演技を終えた勇利を出迎えた俺たち。ヴィクトルは手厳しい言葉を投げかけた。


「そうだねえ。ヴィクトルは世界歴代最高点、何回も更新してるもんねぇ・・・」としょんぼりする彼の頭をぽんぽんと叩く。仕方ない、相手は世界王者なんだから。俺もショートは苦手だったから100点台は出したことないよ。


「お疲れさん、勇利。まだ初戦だから明日のフリー頑張ればいいさ」

「司さんはヴィクトルと違って優しい・・・」


「そうだ勇利、明日のフリーなんだけど。ジャンプの難易度下げて演技に集中すること」


「え?」


なるべく失点を回避するためにも難易度を下げるのはどの選手もやることだ。中には演技中に構成を変えて成功させる選手もいるが、あれは例外中の例外。


勇利は負けず嫌いだから納得しないだろうけど。


コーチのヴィクトルと選手の勇利。俺は部外者なのでそっとその場を離れる。ああいう時は二人きりにしたほうがいい。客席に移動して他選手の演技でも見よう。ジャージの俺は会場ではすごく目立つし何より寒い。風邪ひきそうだ。


リンクを出た俺は関係者専用通路を通る。周りには出番を待って試合前の軽いトレーニングをしている選手や、様子を見守るコーチ。試合を終えた選手をインタビューするために出待ちをしているメディアがたくさんいた。


(懐かしいもんだ。俺もこうだったんだよなあ)


選手だった時はそれが当たり前の景色で、今はそれが逆に新鮮で真新しく見える世界だ。


「すみません、ちょっといいですか!?」

「は?」


突然声をかけられて横を向けばマイク___。


「勝生選手たちと一緒にいた方ですよね。少しインタビューさせてください」


見覚えのある顔と声・・・現役時代に何度もインタビューを受けた事がある人、テレビ局スポーツ部のアナウンサーの諸岡久志さん本人である。熱血すぎるところがお茶の間に受けて人気のアナウンサー、フィギュアスケートについてはとくに熱い人だった。


メディア魂をそのまま体現したかのような諸岡さんは、関係者スペースでヴィクトルと一緒にいたところを目敏く見つけたのだろう。


「え、いや・・・あの、「すぐ終わるので!」・・・分かりました」


見事、彼の頼みに押し切られてしまった司は仕方なく取材を受けることが決定してしまのである。


「勝生選手とヴィクトル・ニキフォロフコーチとはどういったご関係で?失礼ですがお名前もよろしいでしょうか」

「ご関係・・・関係・・・ゆう、勝生選手がホームリンクとして使用してる『アイスきゃっするはせつ』で働いてるスタッフの・・・佐藤です。ヴィクトルコーチとは・・・まあ、勝生選手を通じて知り合った程度ですね」


あまり下手なことは言えないし。それらしいことをたどたどしく話す司、しかし相手は取材のプロだ。言葉の端から漏れる情報を一つひとつ聞き逃さずしっかり聞いて瞬時に情報を精査する。


「その、選手がホームリンクとして使用している所のスタッフさんが同行するというのは初めて聞く話ですね。どういった経緯で来ているのでしょうか?」


引き戻されたマイクがまたもや自分に向けられる、終わったと思ったのに!
「経緯・・・!?えぇと、勝生選手とは昔馴染みの関係なので・・・ヴィクトルコーチもまだ来たばかりですし、心配なので付いてきて欲しいと・・・」


強制的に連れてこられたけどそこまで違わないはずだ。


「そうなんですね、佐藤さんありがとうございました」


(よかったよかったよかったよかったよかった!)


ようやくインタビューから解放された安堵感からほっと溜め息が漏れる。差し出された諸岡さんの手を取り握手をして退散する。


「すみません、離して頂けると嬉しいんですが・・・」


にっこりと笑って掴んだ手を離さないアナウンサーに恐怖を覚える俺。いや、誰だってそうだろ!?
そしてずいっと近づいて覗き込んでくる諸岡さんはやはり笑顔のままで。


「今まで何してたんですか!佐久間君」

「え!?さ、ささ佐藤です」


断じて俺は佐藤であって佐久間じゃない。今だけは!
まさかバレてるとは思ってなかった司は素っ頓狂な声を上げて数歩後ろに下がる。メガネも掛けて、前髪も下ろしてる。今までもその格好でバレたことは一度もなかった。


「いや、君は佐久間君だ。今までジュニアの頃から取材してきた子を間違えるわけがないよ」