09.「偽りは時に砂糖菓子のように」
樹里は愛らしく育った。お母様に似て優しげな顔立ちで口元はお父様似である。そんな彼女の手を取って俺は庭園を散歩していた。悠のようにやんちゃをしない、大人しい彼女は日傘から出ることもしない。
できるだけ悠もそうだが、妹の樹里も日の下で育って欲しかったんだ。だからこうして、本邸を抜け出して毎朝彼女と共に散歩を日課にしている。たまに悠も混ざることもあるけど。悠はこの時間は勉強の時間のため、今は僕と樹里だけだ。
柔らかい幼子の手を引っ張って庭園の薔薇を鑑賞中。彼女が手を伸ばそうとしたので、代わりに薔薇を一輪手折り妹の手の平に乗せる。
「李土お兄さま、いい匂いですね・・・」と樹里は手の中にある薔薇の花をくんくんと匂いを嗅ぐと、それはもう幸せそうなほほ笑みだった。
「庭師が丹精込めて育ててくれているからね。とても美しいだろう?」
こくりと妹は頷く。そんな彼女の頭を撫で、その薔薇を彼女の髪に差す。ダークブラウンの艶のある髪に赤はとても栄えた。
「お兄さま?」
きょとんとした樹里がおかしくて思わず笑みが溢れてしまうのは仕方ない。
(・・・妹ってこんなに可愛いんだな)
弟も可愛いけれど、やはり女の子は別格だ。
「樹里、もう戻ろう」
幼い彼女を片手で抱き上げ、屋敷の玄関へ向かおうとした時―――。
「李土!何をしてるの!」
鋭い叫び声と共にこちらに駆けてくる母。焦ったような顔の彼女は近くまでくると、俺の腕の中から樹里を奪い去ると、強い痛みが頬を走る。
「・・・お母様・・・」
頬を打たれたのだ。手を当てればそこは軽く腫れている。
「ごめんなさい・・・。でも、お父様と約束したでしょう?許可が無いと・・・樹里と悠といてはだめよ」
「・・・・・・申し訳ありません」
表情をなくした李土に、彼女は涙目で怯えている樹里を抱いて蹄を返す。お母様の肩越しからこちらを見る妹は寂しそうにこちらへ手を伸ばしていた。
それが彼女との最後の思い出だ。もう何年も妹とは会っていない。
***
「お兄様。樹里は物覚えが良いと先生も褒めて下さってるようですよ」
そう嬉しそうに語る悠。妹とは一度も接触していない。まるで俺から離すかのように両親は別邸へと樹里を遠ざけたのだ。こうして時折、妹の様子を悠が報告しに来ていた。
「そうか・・・。悠、お前もそろそろ此処へは来るなと言われているだろう、大丈夫なのか」
「そうですね・・・・・・でも、家族なのにどうして一緒にいられないんでしょうか・・・。僕も樹里もお兄様の事が大好きなのに。それに、この頃のお兄様へのお父様とお母様の態度があまりにも・・・」
「問題ないよ悠。僕は大丈夫だから、お前はそろそろ屋敷に戻れ・・・樹里が可哀想だ」
きっと小さい頃から聡いこの子は察していたのだろう。俺と両親の関係について・・・。それをはぐらかすように俺は弟へそう言った。
「・・・・・・はい」と彼も素直に頷く。
でも悠は心の内では両親を疑っていた。どうしてそこまで兄に家督を継がせようしているのかと―――。
お兄様の考えは分からない。けれど・・・いつも優しく僕達に笑いかけてくれるから。
お父様とお母様の前では決して見せない表情で。僕と樹里だけの宝物。
戻る / 次へ
合計13ページ