08.「優しいなんて残酷なだけ」


「李土、悠・・・可愛い妹の顔を見てあげて」

俺は二度目であるが乳母に促される悠はそれを抱き上げるのは初めてで、その経験
に緊張しながらも嬉しそうだ。

「お兄様・・・命とはこんなにも重いものなんですね」
「・・・そうだな。僕もお前がその位の時は同じことを思ったよ」

「僕の時、ですか?」

きょとんとする弟に李土は頭を撫でてやる。今では立派な青年であるが、李土からしてみれば彼はまだまだ幼子のうちに入る。悠のその腕に抱かれる小さな命。その重みはしっかりと腕の中で感じられた。俺たちの大切な絆だ―――。

慈しむように悠は腕の中の赤子、樹里をぎゅぅっと抱きしめる。李土はそれを穏やかに見つめて、家族の温もりを感じ取った。

「本当に、貴方達は仲が良いのね・・・。悠が生まれた時に李土、貴方にも言ったけれど兄として家族としてその子を大切にしてあげてね」

嬉しそうに微笑む母はとても美しい。そして悠から俺へと樹里を抱き渡す。慣れたもので、落とさないように気を付けながら己の腕に妹を抱く。

「李土、会える機会は少ないと思うけれど・・・妹を可愛がってあげるのよ」
「・・・はい」

俺はなかなか弟妹達に会う事は出来ない。今日だってようやっと父に許可を得たのだ。だが、これを最後に当主代行業務のためにまたあの本邸に押し込められるだろう。母は同情する視線を投げかけてきたが意図的に無視する。

腕の中の妹。初めて弟が出来た時と同じような嬉しさが心の内を占める。玖蘭家特有の癖のあるダークブランの髪にくりっとしたダークレッドの大きな瞳。赤子は李土の腕の中でバラ色のほっぺで嬉しそうに笑った。
李土の白く細い指が赤子の頬に触れれば嬉しそうにそれを掴む樹里。

「まあ・・・・・・私達が抱いたら泣いてばっかりだったのに・・・ふふ、李土に懐いたのかしら」

お母様のその言葉は彼には全く聞こえていなかった。オッドアイの双眸はじっと腕の中の赤子へ向けられて。

(・・・どうして・・・・・・。どうして、悠の時は自制出来たのに・・・そろそろ限界、か・・・?)

うずく牙。ごくりと鳴る喉に俺はバレないように必死に平静を装った。大切な家族なのに、なんで飢えを感じるんだ。自分の中で何かが駆け巡る。血液錠剤のみでの生活はとうに李土に限界がきていた。体中が熱い。熱に浮かされながらもなんとか意識を保ちこれ以上は危険だと、自ら妹を悠へと預ける。

彼らにくるりと背を向けた。きっと、自分の瞳は赤くなっているだろうから・・・。ああ、ヴァンパイアというものは本当に嫌なものだ。大切な家族を"餌"と見なすなんて最低な兄だ―――。

(お兄様・・・?)

李土の突然の行動に悠は妹を抱きしめながら目を細める。

(心なしか、お兄様の瞳が…赤くなってたような・・・・・・)

「お母様、少し・・・気分が悪くなったので客間へ戻ります」
「大丈夫?李土。無理しないで」

一度、母を抱きしめてから彼は部屋を出て行く。見えた彼の瞳は普段の紅と蒼のオッドアイだった。

***

「お兄様・・・大丈夫ですか?」

シャツをはだけさせ、少しでも体の暑さから逃れたかった。冷や汗を流しながら李土は苦しげに息を漏らす。悠は濡れタオルをそっと兄の額に乗せる。基本的には病気をしない純血種には医者は必要ない。
それでも彼の症状は分からず、ヴァンパイア専門の医者に診せれば、彼にも分からないと匙を投げられてしまった。

(お兄さま・・・)

自分には何を求めているか分かっていました。兄の上に覆い被されば肌蹴たシャツから白い細い首が垣間見える。夜会で李土は玖蘭家でもかなりの能力者だと聞かされた。強き者の血はさぞ美味しいのだろうとも。父にも本邸で力の使い方の手ほどきを受け、父を圧倒するほどだと。確かにお兄様を目の前にすれば吸血鬼としての本能が呼び起こされ、吸血衝動を引き起こすのは感じていた。

悠の口許から覗く二本の鋭い牙。それは李土の首筋に穿たれる。一瞬の痛みに覚醒し、身を捩る兄の手足を押さえ付け僕はその血を啜った。

「はる、か・・・!?なにを・・・」

(本当に・・・・・・お兄様の血は・・・)

甘くあまくどこまでも惹きつけられる血の味。これを口にしてしまえば血液錠剤など受け付けなくなってしまうだろう。それでも良いと悠は続けた。

彼の細い白い指先は自身の首筋に触れ・・・そこへ鋭い爪を立てれば、傷を作った。そこから溢れるアカ。悠から垂れた雫はぽたりと李土の唇へと―――。

「っ・・・おに、いさま・・・」
「悠・・・だめだ、こんな事をしては・・・。部屋へ戻れ」

後ろ手で拘束されベッドにうつ伏せで押し付けられる。拘束したのは弟の血によって飢えの衝動が治まった兄の李土であった。

「悠、お願いだ・・・僕はお前たちをそんな目で見ていない、お願いだから・・・僕を兄としていさせてくれ・・・」

「ですがっ・・・お兄さま・・・・・・分かりました・・・」

お兄様の気持ちを汲めないで僕はなんて酷いことをしてしまったのだろう。いつにも増して弱々しい李土の懇願に、悠は仕方なく素直に受け入れ部屋を出た。一人残された俺はベッドに座り頭を抱える。

「嫌だ・・・もう・・・なにもかも・・・ヴァンパイアだなんて望んでなかったというのに・・・」

(この世界で生きて行こうと決めて・・・。この世界で出来た大切な家族)

何故、彼らを食べてしまいたいだなんて悍ましい想いを持たなければいけないんだ。悠の血の味を思い出せば赤くなる瞳。

ギリィっと歯を食いしばると無意識に発動した力が部屋を荒らす。

「だから、僕は・・・」




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