00.見下ろす景色は愚鈍な革命
悠と樹里は許してくれるだろうか…。俺はきっと、これから残酷なことをする。
望んでいた結末を終えるにはこの道しかないのだ。
玖蘭の家に女児が産まれたと聞いた。そして、その子どもに婚約者がいるとも。俺が起こした、アレだ。どういうわけか子供の姿へ退化したアレは今は悠たちに引き取られ、長男として育てられているとか。
名前は枢___。
カナメにつけられるはずだった名である。
「一条、閑を元老院で保護しろ。邪魔になる……」
性根は悪いが、優しいヤツだ。俺の成そうとする事の足かせになるから。
「よろしいのですか…否、その眼はご覚悟されている目ですね…。御意…」
「……」
元老院に指示して用意させた対ヴァンパイアの檻。純血のヴァンパイアといえど、抜け出すのは容易ではないだろう。
「お前は覚悟はできているか?一条。これから…たくさんの者が、死ぬだろうな。
お前も、お前の息子も___」
「今さら、何を仰られますか李土様…。我々は貴方様の行かれる道の礎となるならば、本望であると…。
それに…李土様がその御身を賭して、変化を与える世界…次代の者には届けたいと…」
「それはお前の孫のことだな…拓麻、だったか」
数えきれないほどの年月を生きた俺達。一条の顔にはシワが増え、昔の若かりし頃は見る影もない。老いのない純血の俺と違って周りの者達は同様に年を取っている。
老いも死にもしないこの躰は便利ともいえるし、逆に苦しいともいえる。
(もしカナメが望むなら、その時に俺の命があったなら…)
人間にしてやりたい。
それが彼への、俺の僅かながらの罪滅ぼしだ。
「手始めに…玖蘭本邸だ」
過去に一度、長子を襲っている。彼らからすれば、二度目の襲撃も力欲しさにまた自分たちの子を襲ってくるだろうと思うだろう。
だから、きっと警戒をしているはずだ。厳重な警備の中、大切な姫を護っているに違いない。
それに幼いといえど枢もいる…。始祖に純血種が二人、かなりの被害は免れないはずだ。
「お前たち…行け」
そうして戦いの幕が開かれる。
純血種の力を使ってヴァンパイアにした元人間。彼らを駒として使役し、屋敷の周りの警備を一掃する。
彼らでも対応できない警護のヴァンパイアには、貴族級の者が仕留めた。
悠達は俺の気配を感じて屋敷の異変に気付いているだろう。
(何時ぶりだろうな)
「悠…樹里」
「お兄様…よく、元老院の監視下から出られたものですね…」
「お前達が大事にしている姫をもらいにきた…」
「李土。また私の子を奪いに来たのか…!」と彼女は李土を強く睨む。その眼には憎しみしか存在しない。久々の兄弟の再会。
彼らからしてみれば、あの優しかった家族想いの兄がどうしてこうなったのか___。
ある日を境にして、突然彼は変わってしまったのだ。
「……お前たちは邪魔だ。獲物は僕が仕留める」
僕達を下がらせ、俺は一条からカトラスを取る。じゅわりと握った右手が焼けるが気にしない。
「樹里、優姫を頼むよ」と悠は妻を促し屋敷内に戻らせる。そして彼らは対峙する。
樹里はまだ幼い姪を守りに行くだろう。今ここで対峙するのは悠か。
(純血種を相手に怪我させないように戦うのは、無謀に等しいな)
「……」
テラスから降りてきた弟。先ほどとは打って変わって彼は物悲しげな表情だった。
「どうしてお兄様は…このようなことを」
「……理由なんて、関係ないだろう」
あれはお母様の武器。なぜ兄が持っているのだろうか。しかし、持ち主としては認められていないらしい。その手はヴァンパイア武器の影響で骨が見えている。
「あんなに優しかったのに、僕達を愛してくれていたでしょう…。お父様もお母様のことも」
「…知ら無かったわけは無いだろうに。なぜわざわざ、僕を元老院の監視下に置いたんだか…」
俺と一条の関係を知っていたはずだ。それなのに、彼は我が子を奪った兄を殺しはせず元老院へその身を預けた。
「…今でも、僕は信じることができません…今でも、まだ…。でも貴方は僕たちから最初の子を奪った事実は変わらない……」
兄の真意を確かめようとする悠は、彼のオッドアイの瞳を見る。昔はあの目が大好きだった、とても優しくて暖かくて。自分たちだけの宝物だった。
(今は、冷たい___)
お父様や、周りに向ける目と同じ。それが今、自分へと向けられている。
「何故、あの晩…お父様とお母様に手を下したのですかお兄様。お母様は僕たちを愛してくれていたのに…」
(優しい…?あの人たちが…?お前たちを別邸に追いやったというのにか)
そして俺へと向けていたあの目。あの人たちの目が昔から大嫌いだった。
「……」
静かにこちらを見据える悠、それに対し李土は命じる。
「お前達、姫を奪ってこい」と___。
両脇から飛び出した僕。素早いが、純血種にしてみれば実に遅い。悠によって全て消された。弟は同じメタモルフォーゼの能力でも、物質を変化させることができる。
殺した僕の頭を掴み、そのまま能力を使って異形へと変化させ。李土も同じく自身の体の一部を牙状へと変化する。
「さあ…お前の飼い主を喰っておいで」
彼の言葉を合図に二人は衝突する。
***
玄関扉を開けて、心配で父の様子を伺う。扉の隙間から見えたのは飛び散る赤。大量の出血とともに対峙する二人の人影。
突然、目に入ったのは___。
「その剣はッ…いけないお父様!」と枢は父の下へ駆け寄る。アレに襲われてしまえば、純血種であってもひとたまりもない。
「そいつの剣はハンター達のモノです。下がってお父様。
こいつを滅ぼすのは僕の最大の義務だから」
負傷する父を背に庇い、前にでる幼子。
(痛みが麻痺して、体の感覚がない…)
目で確認することは出来ないが、子供の声はおそらく俺が起こした始祖のヴァンパイアだろう。俺を屠りに来たか…?
失敗したわけではない。けれど、悠がここまで強かったとは。
「こんな卑劣な者の血で手を汚さないで…ヴァンパイアでありながら、ハンターの武器を一騎打ちの場に持ち込むような男…!」
「…ほう、ハンターの武器を扱っていた母も卑劣ということか…」
クツクツと喉で笑う李土に枢は眉にシワを寄せる。アイツの母ということは、自分の義理の祖母を指す。
「枢…お前が下がりなさい…僕は大丈夫だから。少し、怪我をしただけだよ…それに。我が子の背中に庇われるなんて、親の誇りを打ち砕かないでほしい…」
「…っ違う…お父様…悠…僕は……」と、何かを言おうとする息子に父はそっと微笑む。
「大丈夫…全部わかっていて、言ってるんだよ」
ボタボタと溢れる傷口を片手で押さえて片膝を付いた僕。
「…悠、今の剣で…!!」
心配してくれる可愛い我が子。嬉しい…。かつてのお兄様もこんな気持ちだったのだろうか。
そして、目の前の兄へ視線を送る。
悠の攻撃によって頭を失った李土。見るも無残な姿である、最早体を動かすことはできないのか。それでも死ぬことのない純血種の力は恐ろしいものだ。
彼が使用していたハンターの武器。これならば、今なら兄へ使用すれば屠ることができる。
それを取ろうとすれば、先に枢が掴んだ。
「今、お前のこの対ヴァンパイア用の剣で再生能力を奪えば、その頭の傷は致命傷になる。
できることなら、安楽な死は与えたくないが家族のためにも…今、ここでこの剣でお前には消えてもらう」
息子はお兄様へと剣を振りかぶった。かつては大切だった兄、それを失う瞬間を見ていられずに思わず目を逸らす。
「!?」
「…腕が動くまい。まだ幸せ呆けしているのか…枢、お前は僕を殺せない。そうだろう?お前が力を取り戻し、どんなに僕を痛めつけても…致命傷は与えられない。
僕はゆっくり静養した後…完全な復活のため、濃厚な玖蘭の血を頂きに来るとしよう…。
その時もお前は僕を殺せない…!いい気分だ、最強の化け物に鎖をかけたのは僕だからな」
「お前のような者が生まれたのは、僕の誤算だ…」
眠りについていた始祖へ、贄を与え復活させた李土。両社の関係は実質主と僕。僕は主に逆らうことは許されない。だから、枢が李土を殺そうと剣を振りかぶった時も寸前のところで体が動かないのだ。
「枢……もういい。お兄様、次は……貴方とは、最期になるでしょう」
「悠…?」
困惑する枢に対し、悠は痛む傷に顔を顰めながら立ち上がり。血に濡れたその手を実の兄へと翳した。
「…さようなら」
「……」
一瞬のことだった。李土の体は粉々に砕け散り___その場から兄の気配は消えた。