(……あの人は本当に厄介な事をしてくれた)
思わず溜め息が漏れる。彼の記憶はおぼろげでしか僕の中には残っていないけれど。もう一人の同じ名前を持つ彼が脳裏に浮かぶ。
「枢センパイ…?」
「どうしたの、優姫」
僕の様子がおかしい事に彼女は気づいたらしい。優姫は首を傾げてこちらを見ていた。
「すごく難しい顔をされてたので…」
「なんでもないよ。でも優姫、二人の時はセンパイ呼びしないって約束したよね」
「う…」と困ったような表情をする彼女に枢はさらに悪戯心を刺激される。
「優姫?」
「っ…分かりました、枢お兄様」
観念したように息を付いて兄の言う事を素直に従う。この人には勝てる気がしない。
私とお兄様は純血種同士で婚約者同士で___兄妹だ。
今でもちょっと気恥ずかしいけれど。彼はヴァンパイア達が所属するナイトクラスで月の寮の寮長もしている。そして私は、人間の人達と生活したくて両親の許可を得て特別にデイクラスへ通うことを許されてる。ただ、お兄様と同じ姓だとややこしい事になるからと表向きは黒主理事長の義娘ということで黒主の姓を名乗っていた。
「ずっと思ってたことがあるんです。でも確証はなかった___お兄様は…消えてしまった私の十年前のあの日の記憶について関わりがあるんですね…。ヴァンパイアには記憶を操るが力があるのは知ってます」
ずっと疑問に感じていたことだ。どうして私だけに十年前のあの日の記憶だけがないのかと。
(でも誰も何も教えてくれなかった…)
「……」
「そうなんですね。どうして、お父様もお母様もッ…誰も何も、教えてくれないんですか?教えて下さい!
きっとこれから何か悪い事が起こる気がして…皆が何かを抱えているのに、私だけ…何も知らないまま守られるなんて嫌なんです!ちゃんと知って、私は強くなりたい…!!」
「……バカな子だね。このまま、少しでも長く箱庭の中で幸せでいればいいのに…」
枢はスッと彼女の頬に触れる。そして自らの腕の中に閉じ込めた。
「…いいの?隠された真実が望まないことでも…今、この時も誰かの犠牲の上で立っているのだと知っても…それでも、知りたい?」
とても追い詰められたような物悲しい目をするお兄様。
「はい、枢お兄様」と答えれば彼は優姫の方に顔を埋めて口を開く。
「僕は…ただ一人の、僕に温もりをくれる存在が___君が真実を知れば僕を嫌うかもしれないとずっと怖かった。本当の事を知ったら別の者を好きになるんじゃないかって…」
今でも言いたくない。彼はそう呟いた。
「嫌いになんて絶対ならないです」
そう断言する優姫は顔を上げてこちらを見る兄の優しい手に触れ真っ直ぐと見据える。
「だったら…その証拠を見せて…。僕の、恋人になって?」
「私達はもう婚約者同士でっ「違う、親に決められたからじゃなくて。君が正面から僕に向き合ってくれたから、僕も本気で言ってるんだ。だから優姫、知りたいなら言う事を聞くべきだよ」」
(どうしてこんなこと……私はもう、お兄様のことずっと昔から好きなのに…)
ぎゅっと拳を握りしめる。
「…良い子だね」
大切に手放さないように枢は優姫の事を抱きしめた。
同じ名を持つ彼には…渡したくない。