HiMERUくんに靴を買ってもらう
酒飲みの靴持って三ヶ月、しかし一ヶ月で壊れた。
手の中にあるポッキリと折れてしまった八センチメートルの細い棒は、ヒールの踵に鎮座して地面を踏み締めないと、存在意義がないのだ。
「お気に入りだったのになぁ……」
まぁ悪いのは自分の不注意である。自業自得。
ネット通販で一目惚れしたエナメルの黒地に金や銀の細かいラメが散るこの靴は、一ヶ月前に買ったばかりで、それ以外の靴を箪笥ならぬ下駄箱の肥やしにしてやるぞと言わんばかりにしまい込んで履いていた。
そして三日前、久しく顔を見ていなかった学生時代の友人とばったり出会って飲みに行って、帰りに漫画でも今どき見ないような転び方をし――踵の接合部をぐらつかせてしまったのだ。そうしたらこの有様。
酒癖の悪い私は今までにも何足かのヒールをゴミに変えてしまっていた。この靴は大切にしたくて酒を飲む日には履かないようにしていたのに、舞い上がった私はすっかりと履いていたことを忘れてしまっていた。
♢
「だからあれほど気をつけろと言ったのに」
今日はHiMERUくんは午後からオフの日で、先程自宅にやってきた。壊れてしまったヒールの話をしたら、予想通りばっさりと切り捨てられる。
ううと返す言葉もなく、踵の支えを失ってしまったヒールに視線を落とす。
「貴方は飲みすぎてしまうから、いつも気をつけろと言っていたのです」
こんなに痣を作って。HiMERUくんの手が、膝から脛にかけていくつかついた痣をなぞるように私の足を撫でる。
酔った時の怪我で痛みも今の今までなかったし、全く気にしていなかった。そんなことよりも、ぐらついた末に折れたヒールの方が余程ショックだったから。
「酔っ払って無防備になんかなって他の男性に言い寄られたりされたらと思うと……」
「ないないない!HiMERUくんにしかついて行かないもん」
はあ、と眉をひそめてこちらを見る彼に、全力で手のひらを向けて否定する。表情の変わらない彼にはきっと言い訳のように伝わってしまったのだと思うが、私は本当にHiMERUくんにしかなびくつもりは無い(それこそどんなにかっこいい芸能人だって、HiMERUくんのほうがよっぽどかっこよく見えてしまう)し、間違ってはいないのだ。
「まあ、信じてあげます」
脚を撫でていたわたしよりいくらか大きい手のひらが、ぽんと頭に移動する。髪を梳くように、指が移動する。
「それより靴の方がショックだったの」
「新しいものなら、HiMERUが見繕ってプレゼントしますよ」
いや私が悪いしそれはいいよと間髪入れずに返すと、好きな人になにか贈りたいと思うのはいけないことですかと降ってきた。そう言われるとなんだか断り続けるのも悪いような気がしてきてしまう。
「……じゃあ、HiMERUくんの気が向いた時にでも」
「ふふ、任せてください」
次は壊さないでくださいねと目が細められた。彼は普段着ているものから見てもとてもセンスがいいから絶対に以前のものよりも気に入るのは間違いないし、なによりどんなものだろうと彼が贈ってくれるのだ。今度こそ大切に履こう。
心に誓ったと同時に、そういえばと彼が何かを出したように口を開く。なんだろう。疑問に思い顔を上げると、こちらを酷く優しく見つめるかんばせと視線がかち合う。
「男性から女性に靴を送る意味は、一緒に歩んでいけるようにといった意味もあるそうです」
はちみつ色のガラス玉から、目が離せない。
そのまま、左手に人肌を感じる。HiMERUくんの指だ。男性にしては華奢な手に見えるのに、男女の差か、私よりも大きな手。するりと指に触れ、絡み合う。
「指輪も一緒に送った方がわかりやすいかもしれませんね」
「き、急にそんなこと……」
「HiMERUは本気ですよ」
嬉しい半分驚き半分、何を言っていいかわからずに、絡み合った指を見つめるしか出来なかった。
後日、ブランド趣味のない私でも知っているような有名なシューズのメーカーの紙袋と、これまた手の届かないような代物であるはずの指輪の箱を手にしたHiMERUくんが自宅に訪ねてくるのは別の話だ。