今日は図書館。
昨日は資料室。

最近自分が本まみれになっていることに、ふと気付いた。
志望していた学部に入ったら一安心って訳でもないのだ、と改めて感じる。

大学は人生の夏休み、だなんて誰が言ったのだろうか。授業と課題で一週間を追われるように過ごしている私が、そいつに重いチョップをかましてやりたい。

溜め息をついてから、手元の本に集中。ぱらぱらと本を捲る。
しかし、私の目は、その活字を追わない。

…そう言えば、最近ろくに遊んでいないな、と思った。授業が終わったら、図書館か資料室で本たちと睨み合い。それから集めた資料でレジュメやゼミ論作成。何やってんだろ、花の大学生なのに、と口のなかで呟いた。何が花なのかは、良く分からない。

小難しい横書きの分厚い本を、ばさっと置いた。
資料室には、誰もいない。
きっと友達はみんな、所謂世間一般の愉しい大学生活を送っているのだろう。

「・・・・・・」

自分が1人なことに改めて実感をもって、急激に勉強する気がなくなってきた。

もう、やめよう。


すでにもう、私個人のモノと化した机。その上に広げられた山積みの本を台車に移し替えた。



「やばいおもいおもいやばい」



台車に移し替えてもこの重さ。集めた本が、少し多すぎたかなと思ってみても、後の祭り。私はこれを、元に戻さなくちゃならない。
なんて肉体労働、とため息を吐きながら台車を押す。錆びついた車輪は、私が動かすと同時にギィギィ音を鳴らしながら動き始めた。





馬鹿高い本棚を見上げる。誰が、何の為にこんな天井まで届きそうな本棚にしたんだろう。そのお陰で隅に備え付けられたハシゴを使わなくては、本を返せない。ん、脚立っていうべきなのかな?まあ、いいや、ホンシツを見ないと。

「さ、さ、さ行の682…684…あ。あった」

全ての本を元の場所に戻す。これが電動にならないかな、と毎回思う。その度に使えそうなシステムを頭の中に浮かべてみるが、どうにも上手くいかない。もしちゃんと機能しそうだったら、司書さんに相談してみよう。


「あ、あ、あ行の59と、86と75と…。あ、最悪。一番上だったな」

よりによって一番上の『あ行』。なんてことだ。だるーっと例のハシゴに近寄り、それをがらがらと目的の場所まで持ってくる。気合いを入れて、しまう本を片手でしっかり脇腹に固定。慎重にハシゴに足を掛けていく。


「おもいおもいおもいおもい」


落ちないように一歩一歩確かめながら登っていく。本を積み上げているせいで、体は斜めでバランスは悪い。腕はぷるぷる。

落ちそうだ。
そう、落ちるのは、時間と私の踏ん張れる筋肉の問題。日頃は運動なんてしていない私のふくらはぎが、早くも悲鳴を上げ始めた。くそう、こんなことなら、体育を座学にするんじゃなかった。

一歩ずつ足を動かし、ようやく天井近くまで来れた。わりと満身創痍。安心感からか、何となく身体の力が抜けた。

そのとき。
脇腹から、するりという感覚。
私の二の腕の筋肉が疲れで、感覚が麻痺し、本を支えきれなくなっていたらしい。
反射的に、落ちていく本を掴もうと、咄嗟に出た手。
しかし、宙を掴む。
そのちからの反動で引っ張られる身体。

「あ」

バランス。
唯一の繋がりの右手が、離れる。
やばい、と思って咄嗟に手摺に手を伸ばす。
しかし、つるりと滑る。
薄情な手摺。
私の身体のRが更に増していく。
傾きは戻らない。
重力。
万有引力。
体感速度は、幾分かスロー。
私の目は、床、天井、何を写しているのか、さっぱり分からない。
もがく両腕は、何も掴まなかった。



 


-Suichu Moratorium-