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声がする。
次第に声が、大きくなる。
「…大丈夫?」
ようやく聞き取れた声に、驚いた。
あまり高い場所から落ちた訳ではないのに、少し、気を失ってたみたいだ。
身体が痺れている感覚が、まだ残る。
「大丈夫…?」
また聞こえた声の方向を見る。
人だった。
男の人。
「…正直言って、動けません」
ここに人がいるということ。こんな状態を人様に見られたということ。頭の中は、恥ずかしさと驚きで一杯だったけど、どうにか平静を装う。じゃないと、恥ずかしさで気が狂いそうだ。
どうしたの、と不思議そうにしている彼に、今までの経緯を何となく説明する。
その後、彼は困ったように笑った。
「それは大変だったね。怪我は?」
正直言って、全身痛い。鈍痛。でも、恥ずかしくて言えない。
「どうにか、大丈夫、です」
そう言いながら、そっと立ち上がってみる。が、激痛。鈍痛だなんて全くの嘘じゃないか。立ち上がりきれなくて、思わずその場に尻餅をついてしまった。
「だ、大丈夫?…じゃ、ないみたいだね」
「うう、捻挫だ。足首が…」
「ああ、ほら」
その人は、手を差し出していた。
「え」
「はは。ぼくにだって、女の子一人くらいなら支えられるよ」
目の前の手。
知らない男の人の手を取るのはちょっと躊躇われたが、人の好意を踏みにじるのはよくないと思って、手を重ねる。
あー恥ずかしい。
まるで一生分の恥ずかしさを、今この瞬間に凝縮したようだ。絞りたて恥ずかしさ100%。無添加。
照れながらも、どうにか彼の手を借りて立ち上がることができた。
「ありがとうございます…」
右足を庇いながら立つと、どうにもバランスが取れない。彼は、何回かふらつく私を支えながら、心配そうな顔で私を覗き込んできた。
「どう?」
「あ、はい。やっぱり足が…」
「うーん、痛そうだね」
「…うう」
「うーん、病院に行くべきかな。やっぱり」
何やってるんだ私。急に、我に帰った。
こんな、知らない人を自分の事故に巻き込むだなんて。しかも心配させすぎ。なんてやつ。迷惑だってかけすぎ。
「なんだか、すみません…」
私がいきなり謝ったからか、その人は少しびっくりした顔になってから、ちょっと笑った。
「大丈夫だよ、謝らなくても」
「いや、でも…」
「…うーん、それにしてもよく転ぶね」
「私も気を付けては、…え、あ」
頭の中で、彼の言葉を反芻。
…よく、転ぶ。
よく、とは一回では使わない。
ということは。
なんだ。
ニコニコしているその人はさらりと言ってのけた。
「2回目、だね。お久しぶりで」
止まる思考。
きっと、とんでもない間抜けな顔をしていただろう。
「…えええと、すみません、覚えが…」
「うーん、あそこまで派手に転んでおいてね」
ラフなトレーナーを着た彼は、おかしそうに肩を揺らした。本当に楽しそうに。それと比例するように、私が恥ずかしくなっていくのを、この人は分かっているのかな。
「…うう、そんなに笑わないでくださいよ…。どこで転びましたか?私」
グレーのトレーナーのその人は、近くの椅子に私を座らせてから、自分も隣に腰を下ろした。すごく笑顔で、楽しそう。
それから数秒たっても返答はない。
私の恥ずかしさを知ってやってるとしたら、相当な意地悪。
「教えてくれないんですか」
「ああ、ごめんごめん。どこから話そうかと思ってね」
絶対嘘だ、と思ったが、指摘するのも怖かったからそのままにさせておく。
「そうそう、あれはね」
漸く整理がついたのか、彼はぽつぽつと話し始めた。