▼▲




「そういえば、そんなこともあったかも…」

「思い出した?」

机にヒジを着いてにこにこする、この人。
変わりすぎだ、と思った。
あのときは、こんな雰囲気じゃなかった。
こんなラフな格好なんて、してなかった…。
あの時は、そう、もっとピンクで、確か、変なハートのセーターと、赤のマフラーで、…。



「眉間に、シワ」ビシッと効果音が付きそうな程の鋭い指摘。

「あ、すいません」

よく分からないけど謝っておく。
しかし、謝っても考えてしまう、この人の変わり様。
きっと、何かあったんだ。服装だけじゃない。顔つきもなんだが、何かを越えたような、不思議な…。


「…そっか、気になってるんだね。あのときのぼくと、違うから」

「い、いえ!」

ビックリ。慌てて否定しても、それは肯定と捉えられる。当たり前か。

「気にするなって方が無理だよね」

「いや、本当に、気になってませんよ!」

「ま、そのうち分かるよ」

「そ、その内ですか」


うん、と笑顔で頷くその人。
暫くの沈黙があってから、彼が椅子に座り直した。


「ぼくは、芸術学部3年の成歩堂龍一だよ。よろしく」

「あ。私は法学部の3年、もふもふこです。よ、よろしく、です」

「え、同い年!びっくり!」

「ですね、私もびっくりです。成歩堂さんの方が、年上だと…」

「ひどいなあ」

「あ、いや、良い意味で!」

「まあ、良いけどね。じゃ、敬語はナシで」

うんと頷いた後に、一瞬、年齢を訊こうと思ったけど、なんだかデリカシーに欠けると思い直してやめておいた。


「此所には、よく来るの?成歩堂さん」

「呼び捨てで良いよ。ぼくは、たまに来るだけかな」

「よよ、呼び捨てはやめておく。…から、なるほどくん、でいい?」

「もちろん。じゃあ、ぼくは、もふこちゃんで」

そう言ってにこっとしたなるほどくんは、(なんかどこかがこそばゆいけど)何かを思い出した様に急に立ち上がった。


「本を借りに来たんだった」

「あ!ごめん、私のせいで!」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて…」

「何の本?言ってくれれば、分かるかも」

「ええと、マレー・クーパーの…」

「美術書ね、ならあっちだよ」

先程よりは痛みの引いた足を庇いながら、思い当たる本棚に向かう。図書館四階の主だと、明日から名乗ろうか。


「あ、これかな?…他には無さそうだけど…」

「それそれ!ありがとう、助かったよ」

「いえいえ、こちらこそ」

本当に、こちらこそだ。とんだお世話をさせてしまった。先程の救出劇が脳裏を過るが、恥ずかしくなって考えないことにした。


本を一通り捲った後に、なるほどくんは、じゃあぼくはこれで。と微笑んで言った。


「うん、勉強頑張って。助けてくれてありがとう」

「こちらこそありがとう。じゃ」


ぱっと手を降って、ガラス戸を押し、階段を降りていくなるほどくん。
彼が履いていたブルージーンズが見えなくなった。
途端に、身体から力が抜けた。
復活する鈍痛に、現実が見えてくる。
もしかして。
ああ、これ、



「一階に、戻れないかも」








     θは笑ってくれたよ




(紳士なのか、そうじゃないのか)
(ロジカルなのか、抜けているのか)
(下に運んでもらいたかった、なんて贅沢、言える訳ない)





20091008   20121022      





森博嗣すき。
角度の意味のRは良いとして、θはなんなんだろう。角度を求める問題に使われることが多いから、角度のイメージが強いなあ、と。それだけ。
(実は、矢張の件は捏造だらけ)




 


-Suichu Moratorium-