あれは秋が終わりそうな時期のこと。


「なあー成歩堂ー。お前、アレ、どうすんだよー」

大学のキャンバスは、綺麗に色づき始めていた。少し肌寒いキャンパス内を、友人と二人で歩いていた。

「え、あー。あれか。まだテーマ決めてないんだよなぁ」

話題は、「現代美術とデザイン」の授業のレポート。気まぐれな担当教授が、一番重要視している課題であり、テストの点より、出席点より大切なモノ。
隣をぼてぼて歩いている矢張は、それはキツいぜと言ってきた。

「あんま時間無いから、急いだ方がいいぞ」

オレンジ色の男は、それじゃあなと言い残してぼくの知らない女の人とどこかへ行ってしまった。
あいつはもう、終わらせたのだろうか。いや、アイツに限ってそんなことはない。大方、例の美大のカノジョがやってくれでもしたんだろう。
忠告してくれるんなら、いっそ手伝ってくれれば良いのに。と考えるが、相手があの矢張だから、それは不毛な願いというやつだ。るんるんと軽い足取りで去っていくヤツの後ろ姿を軽く睨んでから、自分のレポートテーマを考えた。

提出期限は、あと一週間。
今日中に始めないと、即席レポートでも確かにキツい。
ぼくは思い直して、大学の正門に向かっていた足を図書館方面に向けた。



だいぶ古びた建物。レンガ造り。ノスタルジックとか、そういう雰囲気を通り越した古めかしさを感じる。芸術的か、と言われれば否定は出来ない。そんな曖昧な建物だ。

軽い音をたてて開いた自動ドアから、温かい空気が流れてくる。ここの図書館は広い。多分、普通の私立図書館より。人は、多い方だと思う。調べ物、というよりかは自習をする為の机として使っているみたいだ。

入り口近くにある検索用パソコンで、テーマにした芸術家の名前を入力する。機械は苦手だけど、この位ならできる。…はず。

無事に出てきた結果を印刷して受付に聞きに行く。広いこの図書館では、自分で探すより聞いた方が何倍も早い。特に、図書館のシステムに疎い人間なんかは。

カウンターの人はこの文字の羅列を見て、こちらは四階の書架になります、と言って閲覧許可証を手渡してくれた。
図書館四階の書架。
そこは、あまり読まれない資料達が所狭しと並んでいて、一階の開架とは明らかに雰囲気が違う場所だ。下手すれば高く売れそうな洋書なんかも出てきそう。一階と違って人が少なく静かで、ぼくが好きな場所の一つでもある。

資料請求番号が並んだメモ用紙を片手に、古びた階段を一つ飛ばしで登っていく。
薄暗い階段を上りきると、少しだけ明るいガラス戸。
ぐっとその重いガラスの扉を押す。
ふわっと本の匂いに包まれた。
瞬間。
がたん。
という音と共に小さな悲鳴。
なんだ?

そちらに向かう足が無意識に早まる。


「だ、大丈夫…?」



本の山。
に、埋もれた、人?

ぼくの声に気づいて、その山はもそもそと動いた。その動きに合わせるように、ぱたぱたと本が床に落ちていく。

「うう、」

苦痛の表情で歪んだ女の子の顔が出てきた。


「立てる?」


ぼくが差しのべた手と ぼくを見比べるようにして動く、驚いた顔。
あ、赤くなった。


「すすすすいません…」


戸惑いながら、僕の手に彼女の手が重ねられる。力が入る手を引っ張ってやると、よいしょ、と彼女が立ち上がった。まだ上に乗っていた本がばさばさと落ちる。


「どうしたらこんな大惨事になるのかな…」

ぼくが軽くからかうと、彼女はまた赤くなって今までの経緯を少しムキになりながら軽く話してくれた。
どうやら、目の前が見えなくなるほど本を抱えて歩いていたら、そこの椅子につまずいて大転倒、と。

それにしても、ここまでとは。



「おーい、もふこー?」


下から大きな声が聞こえた。


「あ、はいはーい!行くから!」

それは、どうやら彼女を呼ぶ声らしく。

「あ、ありがとうございました!」


彼女はにこっと笑い、そこらへんの本を抱きかかえると、いそいそと行ってしまった。







 


-Suichu Moratorium-