私が部屋に戻ろうと思ったのは、自分だけでゆっくりと状況整理をしたかったからだ。
一人になって、自分がいま何をすべきなのか、冷静に考えたかった。 

それで、家主に対しての去り際の挨拶。
世間話と、お世辞紛いの労い。
やつれたように隈を蓄えた奴に向かって、そんな軽い言葉を掛けた、それだけだったのに。


私は今、真顔より強張った表情をしている目の前の男に、捕まっている。
容赦なく腕を、先程までゆったりと座っていたソファに押し付ける様にして掴まれている。

「もう一度、言ってください」
「な、なんで、ですか」
なんなんだ、このリアクションは。そう考えるだけで頭の中はいっぱいいっぱい。
「何故もふさんがこの人物を知っているのか。その事についてであれば何でもいい、話してください」
そう言いながら彼は、先程の個人情報の書かれた紙をローテーブルに叩きつけた。
口調は幾らか捲し立てる様で、強く、彼も驚いている事が十分に伝わってくる。
思わず怯んでしまった。ついでに驚きで涙が出そうだったが、口にしなくては、と頭が回る。

「ニュースで、やってたじゃないですか!み、三日前くらいの、たしか…強盗殺人事件の…あの容疑者として捕まったって、そう何回もしつこく放送してるし、顔写真だってほら、何回も…」


そこまで言って、はっとした。
そうか、ここは、パラレルワールド。違う世界。
もしかしたら、私の世界と、ここの世界では。


私の思い至った顔を見てか、竜崎さんもそれとなく頷く。
「…恐らくもふさんの考えは正しい。起こっている事件が、ここと…あなたのところでは、異なっているようです」
「どういうことですか…」
「あなたの言った事件が起きて解決した、なんて出来事はこちらでは無かったんですよ。つまり、そのような報道は一度もされていない」
「え、その…、ああ…」
目の前の人の顔は確信に満ちていて堂々としている。嘘を吐いてるとは到底思えない。
ましてや冗談だなんてことも考えられない。
 
私は、昨日も散々コテンパンに説得されたくせに、"ここはパラレルワールド"、"世界が違う"、ということを明確に認めていなかったから、ここでは報道なんてなかったという事実を聞いて、途方にくれた。
現実を突きつけられる、というのはこういうことを云うんだろう。無意識に項垂れたときに、頭上から声が振りかかる。

「詳しく説明しますと、発生した事件の種類が違うんです。そちらでは、強盗殺人。こちらでは、傷害と殺人。通り魔事件というやつですね」



 




-Suichu Moratorium-