おねーさんと高校生
◎仙道
あは、と思わず笑ってしまった。
大丈夫、周りに変だとは思われる心配はない。
誰もいない静かな坂道だ。こんな春を通り越えたみたいな暑さの日に、わざわざスーパーで大荷物買い込んで坂道をうんうんと上がっているのは、私くらいしかいないのだ。
あーあ重たい、たまんない。
自然に呆れ笑いが出てくるけど、そんなんじゃちっとも楽にならない手元。
ぐいりと引き寄せるけど、重みで両肘が軋んでる気がする。
安い安い珍しい!のノリひとつで大量買いをして、バス停から家までの道程のことを考えなかった馬鹿は私。
でも良いじゃない。良い買い物をしたもの。
そんな二つの想いの真ん中にいる私は、ちょっと笑いながら、ちょっと前から坂道に苦しんでる。
このあたりは地形的にものすごく坂道が多くて、ひとつ越えたと思ってもまた次があったり、海に面した崖だったりするから日陰も少なくて困ってしまう。
ふとカーブの先に、ようやく見つけた木陰。少し休むことにする。
やっぱり此処にも人通りはなくて、今の私にとっては好都合だ。
心地よい風を感じながらアスファルトに下ろしたビニルを掴んだままに、はるか上に感じる坂道の終わりを見据えた。
「遠い、なあ、」
思わずそう呟いたけれど、辿り着かない訳じゃなし。天気がよくて海とか空とかの眺めが良いことを唯一の楽しみに、上っていくことにしよう。
そう気合いを入れてから、よっ、と大量のビニルを掴んだ手に力を入れた、そのとき、ふと軽くなった袋。同時に、私の横に、大きな影。
「持ちましょーか」
さら、と聞こえた声に驚いて顔を上げれば、予想に反して知らない人。あ、制服だ。
「ええと、」大丈夫です、と言おうとしたところ、気の抜けたような彼の笑顔によってか、私の片手は既にビニルを掴んでいなかった。
「そっちも」
え、と彼の視線の先を見ればもう片方の荷物群。
「あいやいや、悪いです!」
「じゃ、その代わりに、これ、持ってもらえます?」
はい、とにこやかに差し出されたのは丸い袋。ボールかなにか入ってそうな…。そう、いかにも軽そう。
受け取らなきゃいけない雰囲気に押され、思わずそれをもらうと、また大きな影が私の残りの荷物を取り上げた。
「この坂の上でいいんですか?」
「そう、ですけど…いいんですか?」
見ず知らずの高校生。よく見ればなんかつんつんした髪型に優しそうに整った顔。それがくしゃりと微笑んだ。
「だって、おねーさんじゃ大変でしょ」
「それは、そうなんだけど…」
歩き出した彼に付いて、なんとなくそのまま並んで歩けば、ふと彼の背中にはエナメルのバッグ。あんな大きい荷物担いどいてさらに重い私の荷物を持たせるなんて酷いことしてるかも。
「重そうなバッグも背負ってるのに…すみません」
「いーんですよ、ほら、トレーニング」
おちゃらけた顔でそう言われて、思わず笑ってしまった。
体育会系なのかな、と思って少し前を歩く彼のエナメルバッグを見れば、知った言葉を見つける。
「"陵南"」
「あれ、おねーさん知ってるの?」
「そりゃ知ってますよ、この辺じゃ有名でしょう」
そうなの、と疑問らしい言葉を呟いた彼は、そんなことどうでもよさそう。
確か運動部が有名なんだよな、と考えてから、彼は何部なんだろうと気になったけれど、初対面で訊くことじゃないかもと思い直して、坂を上ることに専念した。
○
「こっちですか?」
ようやくきつい坂が終わったところで、分かれ道で訊かれた。何の気なしにそうですよーと答えてから荷物を受け取ってお礼を言おうとしたところ、またまたにこりと笑顔をくれた。
なんだ、と思っているうちに、そのまま私の行く先へと進んでいく。
「え、え、もう此処までで大丈夫!」
引き続き運んでくれようとしてくれる彼に、慌てて近づく。
「…ちゃんと運べるんですか?」
「坂がきつかっただけだから、あとはもう平気!本当にありがとう」
そう言うなら、という感じでその子は眉をハの字に下げた笑顔で、大量の荷物を渡してくれた。私も軽かった彼の荷物を渡す。
「実は俺んち、その辺なんで、またなんかあったら運べるかも」
「それは、ありがたいな」無邪気な笑顔につられて、思わず私もにこりとしてしまう。
じゃあまた、と爽やかな挨拶を残して歩き去っていく大きな高校生。
これは、私にとって良い景色と同じくらいにこの道を通りたくなる理由になるな、となんとはなしに感じて、今日の私を少し褒めてあげたくなった。
160517
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-Suichu Moratorium-