「どう、したらいいんですかね…私、私、もう……どうやって、生きていったらいいか、」
声が震える。
受け身だった私は、幼くして家庭が潰え、十何年両親を殺した男の陰で生きてきて、自分で稼いだことも自分一人で生活したこともない。
一人になって、家もなくなって、どうしたらいいか皆目見当がつかない。
酒も煙草も嗜むことが出来るようになって数年経った良い大人が、情けない。
「山崎さん…私、どうしたら、いいと思いますか…」
ほら、今だって目の前の彼に自分の身を委ねている。
考えても考えても、自分一人で生きていくのに役に立つような知識は私の軽い頭には入っていなくて。
頼るしかない無力な自分が恥ずかしくて、でも、それ以外に方法を知らない。
「お願い…っ、教えてください…私、なにも、わからない…っ」
彼の私服に縋りついて、みっともなくそう懇願する。
以前までの私と何一つ変わっていない。
懇願して、身を委ねて流されて……こんな、こんな私は。
「ごめんなさい…ごめんなさい、私、一人じゃ生きていけない…」
あんな人でも、人を殺すような犯罪者でも、少なくとも金銭面では自分を支えてくれていた。
自由とは言えなかったけれど決して不自由ではなかった。
汚れたお金だったのかもしれないけれど、私はそれで十何年も生きていた。
「でも、でもっ生きたい…死にたくない、生きていたい…っ!」
黙って私の話を聞いていた山崎さんの目は今にも泣きだしそうな程に揺れている。
堪えきれなくなったらしいそれは、彼の頬を滑り落ちた。
「咲さん…こんなの、月並みな言葉かもしれないけれど、こんな薄っぺらい言葉では貴方を安心させるには足らないかもしれないけれど」
そう前置きをして、彼は涙を拭わないまま真っ直ぐこちらを見つめる。
ずっと恋しかった小さな黒目と目が合った。
「人間は一人で生きていけない、そういう生き物なんです。それに、貴方が思っているほど、周囲の人間は綺麗じゃない。だから、だから、自分だけ汚れてしまっているみたいな顔を、声を、しないでください。貴方は汚れてなんていない。現に、」
彼は、にへらと笑いながら続ける。
「貴方にこんなに頼ってもらえて、喜んでいる俺がいるんです」
「…山崎さん」
「それに貴方が家を失った原因は俺たち真選組にもある。だから、えっと」
言い淀む彼に首を傾げた。
「あの、咲さんって…家事は得意ですか?」
「…え?」
質問の意図がわからず思わず聞き返してしまう。
だが、真面目そうなその視線に狼狽えながら頷いた。
「えっと、人並みには。でも、どうして…?」
すると彼は一瞬口を開き、閉じて…決心したようにまた開く。
「俺たち真選組の屯所、男所帯なもんだからあんまり綺麗じゃなくって…掃除とか料理とか洗濯とか、家事をしてくれるお手伝いさんが丁度欲しいって思ってたんです。あー、えっと、むさ苦しい空間に、女の子が一人で飛び込むなんてたぶん怖いだろうから、無理にとは言わないけど…で、でも何かあっても、俺が守ります!だから、その」
「…いいん、ですか?」
思わず肩に添えられていた彼の手を握った。
「本当に…?」
「はい。咲さんが良ければ。…今更、でも悪いし、なんて理由で断らないでくださいね。俺、もう結構期待しちゃってるんで」
新しく買う布団の模様はどうしようかとか、調理器具はメンテサボって錆びてるから新調しようとか…ね、と彼は恥ずかしそうに微笑む。
「山崎さん…えっと」
「あ、待って。ごめん、俺、無神経でした、よね? その、咲さんは、あの人に、無理やり……そんな貴方に、男所帯に飛び込めなんて…すみません、今の、忘れてください。明日までに一先ず貴方の住む部屋を探しておくので…」
「いいえ。大丈夫です」
「え?」
慌てて病室を出ていこうとする彼の袖をつかんだ。
「えっと、大丈夫って?」
首を傾げる彼の袖をそっと引き寄せ、再びベッド脇の椅子に座るよう促す。
彼は従順に再びすとんとパイプ椅子に座り込んだ。
「私の住む部屋、探して頂かなくて結構です。私、屯所に…あなたと、山崎さんと一緒に居たい」
そう言うと彼は目をまん丸くして深く息を吐きながら項垂れる。
「ど、どうしたんですか? どこか具合でも?」
パイプ椅子の上で項垂れたままの背中を摩った。
だが彼はふるふると首を横に振る。
「すみません…安心しちゃって。俺、言ってから失礼だったなって思ったから」
「大丈夫ですよ。失礼だなんて思ってません」
「そ、そうですか?良かったあ」
彼は顔を上げると、きゅ、と目を細めた。
つられて此方の口角も上がる。
「じゃあ、俺そろそろ戻りますね。明日は検査って言ってましたよね? 異常なければそのまま退院って。俺、実は明日から長期任務が入ってて。明日非番の局長とかに迎え頼んでおくんで一緒に屯所まで帰ってくださいね」
「…そう、なんですか。わかりました」
こくりと頷く。
山崎さんしばらく居ないのか…仕方ないのだけれど。
そう思っていると顔に出ていたのか、山崎さんが申し訳なさそうに眉を下げる。
「すみません。で、でもっ、すぐ終わらせて帰ってくるので!」
「ふふ。はい。お気をつけていってらっしゃいませ」
それじゃあ、と軽く頭を下げて出ていった彼の背を、手を振って見送った。