離れにある倉庫。
転がるように飛び込み、志村くんがドアを勢いよく閉めた。
沖田さんに床に降ろされて力なく座り込んだと同時に少し遠くから悲鳴が聞こえる。
恐らく、坂田さんと土方さんのだろう。
「やられた…今度こそやられた」
志村くんが頭を抱え、小さくなってそう呟く。
確かに今の悲鳴を聞いた限りだと無事とは言えないだろう。
「しめたぜ。これで副長の座は俺のもんだ」
「言ってる場合か!」
こんな状況でさえ志村くんはツッコミを忘れない。うん、彼は必要な子だ。
「無事でいてくれると良いんですけれど……」
「おい、誰か灯り持ってないかィ?」
「え?すみません、生憎と手ぶらで」
そう言うと沖田さんは周囲を漁りはじめ、奥から何か持って戻ってきた。
「お、蚊取り線香があった」
「…蚊取り線香って灯りになるんですか?」
「無いよりマシだろィ」
彼は蚊取り線香を持ったまま座り込むとポケットからライターを取り出す。…灯りあるじゃん、とは言わないでおいた。
「何だよアレ、なんであんなん居るんだよ…」
「新八ぃ、銀ちゃん死んじゃったアルか?ねえ、死んじゃったアルか?」
二人は不安そうに縮こまっている。
当たり前だ。あんなのを見たら怖いに決まっている。今までの被害者たちは今のところ寝込むだけで済んでいるけれど、これから死人が出ないとは限らないのだから。
「実は前に、土方さんを亡き者にするため外法で妖魔を呼び出したことがあったんでィ。ありゃあ、もしかしたらそんときの…」
「何してるんですか沖田さん…」
冗談のように見えて、割と本気で狙っているっぽいので怖い。
きっと相手が土方さんだから何とかなっているのだろうけれど。
「アンタどんだけ腹ン中真っ黒なんですか!」
「元凶はお前アルか!おのれ銀ちゃんの仇ィー!」
志村くんが突っ込むと同時に、神楽ちゃんが沖田さんに飛び掛かった。ただでさえ埃っぽい蔵の中が大暴れした二人によって埃が舞い踊る。この暗い中でも目視できるほどの量に思わず咳き込む。
「あーもう!狭いのにやめろっつーの!咲さん咳き込んじゃってるでしょ!」
神楽ちゃんと沖田さんとはお互いの髪やら頬やらを引っ張ったりとまるで子供の喧嘩のようだ。
その様子に志村くんはため息を零す。
舞い上がる埃から少しでも逃れようと思わず後ろ、つまり蔵の入り口がある方に視線を移す。
ぎょろり、と。
こちらを見下げている赤い瞳と目が合った。
「全くお前ら何で会うといっつも……」
「し、志村くん」
震える指先で志村くんの服の裾を引っ張り、上手く震えない喉で名前を呼ぶ。
どうしました?と振り向いた彼は、
「ギャアアァアアァア!!!」
「ひいっ」
百点満点の悲鳴に思わず肩が跳ねた。
少し後ずさった彼は、次の瞬間勢いよく頭を下げる。
「す、すすすスンマセン!とりあえずスンマセン!マジスンマセン!テメェらも謝れバカヤロー!」
彼は数度頭を下げ、両隣に居た神楽ちゃんと沖田さんの頭を掴んで固い床に叩きつけた。
がん、と痛そうな音がする。
「ちょ、志村くんっ」
「人間心から頭下げればどんな奴にも心通じんだよバカヤロー!」
「落ち着いてっ、志村くん?!」
「あのホント靴の裏も舐めますんで!勘弁してよマジで!僕なんか食べても美味しくないよ!僕なんか食べても美味しくないよ!僕なんか食べても…あれ?」
ふ、と見上げた志村くんはやっともうあの赤い着物の女が居なくなっていることに気が付いたようだ。
本当は結構前から居なかったんだけれど…止められなかった……。
「もういないよ志村くん」
「え、な、なんで?」
神楽ちゃんと沖田さんは気を失ってしまったのか土下座をした状態から起き上がってこなかった。
一応脈を図ってみる。うん、大丈夫、無事とは言えないけど生きてる。
安心して床に手を置いたその時、指先にじゅく、と痛みが走った。
「痛っ」
「ど、どうしたの咲さん?!」
「蚊取り線香の燃えてる部分触っちゃったみたい…火傷しちゃった」
指先がじゅくじゅくと痛みを増していく。
とりあえずひんやりとした床を触っていることにした。
「…蚊取り線香、か。ねえ、志村くん」
「? なんですか?」
「私、気になってることがあるんだけど。付いてきてくれる?」
流石に沖田さんたちを連れていくことはできなかったので、とりあえず蔵に神楽ちゃんと沖田さんを残したまま、私は志村くんを連れて屋敷に戻った。
隊員たちを寝かせている部屋の障子をそっと開ける。
相変わらず彼らの顔色はあまり宜しくない。
「一度土方さんに相談したときは偶然だと言われて、私もそう思ってたんだけど。でも、やっぱり不自然だよね。倒れた人全員、"似たような場所に虫刺されのような痕がある"なんて」
首筋、胸元、肩。失礼だとは思いつつ、一人ずつ着物をずらして、その痕を志村くんに確認してもらう。
一人…二人、三人と確認していくたびに不確定だった要素は確定に徐々に近づいていく。
「咲さん、きっとあれは幽霊なんかじゃないです」
「ええ。私もそう思う。……あれ?でも、山崎さんだけ虫刺されの痕がない…?」
魘されている様子もない。そういえば寝言も言ってなかったような。
不思議がって振り向いて志村くんを見上げるが、目線を逸らされてしまった。
その時。
「……咲さん」
山崎さんの目が薄っすらと開いた。慌ててずらした着物を元に戻す。
まだ寝ぼけているのかその目はふわふわと揺れていて、夢でも見ているようだった。
「山崎さん、大丈夫ですか?お加減は?」
何かご用意しましょうか、と言い終わらないうちに彼の手のひらが私の頬を包み込む。
寝込んでいたからか妙に熱を持った彼の手は、頬から側頭部に移動し、髪を指先で摘まんだり梳いたりと遊び始めた。
「えっと、山崎さん…?」
少しずつ艶めかしくなっていく指の動きに心臓が暴れる。
耳朶を摘ままれ、軟骨を撫でられ、肩が震えた。思わず吐息が漏れる。
「も、もうっ寝ぼけてらっしゃるんですか?」
彼の手を引きはがし、顔を覗き込みながらそう言うと彼は満足そうに眼を細め、
「咲さん、好きだよ」
「……え?」
それだけ言い残して、また眠ってしまった。
暫し、訳が分からず黙する。
だが直ぐに真後ろに志村くんがいたことを思い出して振り返った。耳まで真っ赤にした彼はこちらを凝視している。
「えっと、お二人って」
「忘れて…志村くん……」
彼は激しく首を上下に振ってくれたが、きっと難しい要求だったろう。
恥ずかしさに身を焼かれながらとりあえず目の前に転がっている問題を解決するため、志村くんと共に部屋を後にした。