彼女が攫われてから数日。
焦っていた俺たちの前に突然現れた桂は、こう言った。
「俺が彼女を助け出す。貴様らは攘夷浪士の人数を減らせ」
正直、信用したわけではない。
この数日間、俺は殆ど飲まず食わずで彼女の痕跡を追いかけたが、何も得られなかった。
だが桂は彼女の居場所がわかるという。奴ら独自のネットワークでもあるんだろうか。
初めは断った。
局長も副長も沖田隊長も、信用できない、と。
当たり前だ。穏便派とはいえ奴も攘夷浪士。いつ裏切られてもおかしくはない。
それに奴らに従わないと彼女の身に危険が生じる。
とは、言うものの、もうそろそろ限界だった。
俺たちが何もしないということはテロや犯罪を野放しにするということ。
もちろんそれを上層部や世間が許すはずもなく、数日後、犯行声明が出された場所を叩くことになっている。
たとえそれが成功したとして敵中にある彼女の身柄が安全になったわけではない。寧ろ危険に晒してしまう可能性の方が高い。
見せしめなんかにされてしまったら、最悪だ。局長が必死に訴えているらしいけれどやはり取り合ってくれないようだ。
現状に苦虫を噛み潰したような顔をする俺たちを見て桂は苦笑いを浮かべる。
「彼女を失いたくないのは俺も同じだ」
なぜそこまで彼女を。
問い詰めると、桂はこう言った。
「迷子になっていたところを、助けてもらったのでな」
* * *
憎らしいほど澄み渡った青空の下。
攘夷浪士たちのテロを押さえる部隊とは別に、数人で桂に指示された場所に足を運んでいた。
物陰に隠れながら、桂が攘夷浪士の拠点だと主張する建物を見上げる。
飾り気のないコンクリートで出来たそれは最上階は10階くらいだろうか。ただ一つの窓だけに鉄格子がついていることだけが気になった。
「本当にこんなところに咲がいるんですかねィ?」
沖田さんはそう言い、ぎち、と刀の柄を握る。
目の下には隈が出来ていてここ数日まともに眠れていないことが分かった。
当たり前だ。彼は今回の件に負い目を感じているのかほんの少しでも空いた時間があれば調査を手伝ってくれたり潜入の護衛をしてくれたりしたのだから。サディスティック星から来た皇子とは思えない行動だ。
一方、副長も普段の彼なら絶対に吸っているはずの煙草に手を伸ばそうともしていない。
「もし嘘だったら、野郎、絶対に叩っ切る」
恐らく全員の意見が一致したその瞬間。
頭上で爆発音が響いた。
見上げると地上から6階ほどの高さの壁が吹き飛んでいるのが見える。丁度先ほど気になった、鉄格子がついている窓のあたり。
「ッ?!」
建物の中で怒号が飛び交い始める。
かと思えば、それに背を押されるようにしてもくもくと粉塵が舞い上がっているぽっかりと空いた穴から、人影が飛び出すのが見えた。
人影の正体は髪と背格好から桂だとわかる。そして、それに大切そうに抱えられているのは、
「咲さんッ!!」
思わず物陰を飛び出した。周囲にはクッションになりそうなものは何もない。あのままでは…!!
間に合うかどうかギリギリの距離。間に合ってくれ、と祈るように走っていたその時、左脇を丸いシルエットのものが追い越していった。
残像が見えそうなくらいのスピードを保っているその物体は余裕をもって桂と咲さんの落下地点に到着し、その柔らかそうな身体で二人を受け止める。
ぶにゅ、と音が鳴った。
地面にそっと降ろされてぽかんとしている彼女に駆け寄る。目に見えて窶れ、元から細かった手首がもう一回り細くなっているような気がした。
「あ…山、崎さん……?」
掠れた声で彼女が振り向くと、真っ赤に染め上がった右肩が見え、思わず息を呑む。
もともと綺麗で涼し気な水色だった着物は悲痛なほど紅い。
抱きしめようと両手を広げたが、先を越されてしまった。畜生。
「咲…ッ」
「わっ、お、沖田さん」
俺の先を越した沖田さんは咲さんを抱きしめたまま動かない。
咲さんもぽかんとしていたが、すぐに薄く微笑んで彼の背を撫でた。
広げた両手をどうしようか悩んだ末にそっと元に戻した俺の脇を副長が歩み出る。
「総悟。嬉しいのは分かるが今はイチャついてる場合じゃねェ」
「…なんでィ、土方さん。ヤキモチですかィ?」
「違ェよ。来るぞ」
副長がそう言うと殆ど同時、爆破されたビルから攘夷浪士達が飛び出してきた。全員目がギラついていて、手に持った刀が陽を反射する。今いる隊士の倍は人数が居るだろう。あまりいい状況とは言えない。
「おい、真選組。逃げるぞ」
桂がそう言うが、咲さんを放して立ち上がった沖田さんはにたりと口元を歪ませる。彼がすらりと抜刀するのに合わせて、他の隊士も刀を抜いた。
「逃げるだァ?そりゃできねェな。コイツ等にはうちの女中に手ェ出したらどうなるか思い知らせてやらなきゃいけねェ。ですよねィ、土方さん」
「何を…?! 明らかに分が悪い!一度ここは退いて体勢を立て直して…!」
「総悟の言う通りだ。女に手ェあげるような雑魚に俺達が負けるかよ」
撤退する様子のない俺達に桂は頭を抱える。
「〜〜ッ!! 馬鹿ばかりか!!」
そうして、観念したように刀を抜くのだった。